第15話 間違ってねぇよ

 無事にバイクの元へと辿り着いたマコトとアンジー。

 マコトはバイクにキーを差し込み、エンジンに火を入れる為の準備を整える。

 続けてキックペダルに足を置き、キックスタートを試みるのだが……



「くそっ! くそっ! やべぇな……力が入らねぇ」



 想像していたよりも、マコトに余力は残されていなかったのだろう。

 力ない踏み込みではエンジンに火を入れることが敵わず、ガチャン、ガチャンといった、空振った金属音を幾度となく鳴らす羽目になる。

 

 

「くそっ……こいつとは此処でお別れかよ……」



 今現在、周囲に追手の姿は見当たらない。

 とはいえ、今のマコトではキックスタートを成功せることすら難しく、成功するまで挑戦した場合、追手に追い付かれてしまう可能性がある。

 

 そして、追い付かれてしまった場合。

 マコトを「化け物」と呼び、殺そうと考えているような連中なのだ。

 応戦はやむなしで、最悪の場合、血が流れるどころか人死にが出てしまう可能性だってある。


 そうなることを避ける為にも、マコトは愛着のあるバイクとお別れすることを決め、この場所から脱出する別の方法を模索し始めるのだが――



「どれ、儂に任せみるのじゃ」



 そんなマコトを他所に、バイクへと歩み寄ったアンジー。



「確かマコトはこうやっていたか――のう! おっ、できたできた! ほれ! 褒めるのじゃ!」



 マコトの動作を真似てキックスタートを試みると、一発でエンジンに火を入れる。



「は、初めてで一発成功かよ……あ、ありがとうなアンジー」



 マコトは自慢げな表情を見せるアンジーに対して、お株を奪われたような悔しさを覚えてしまう。

 が、今はそれどころではない。

 そのように気持ちを切り替えるとマコトはバイクへと跨ろうとする。


 しかし――



「あがっ!? だっせぇ……立ちごけかよ……」



 キックスタートの一件で、余力が無いことをマコトは理解していたが、マコトが理解しているよりも余力は残されていなかったらしく、バイクへと跨ろうとした瞬間、バイクごと横転してしまう。


 

「まじで……ここでコイツとはお別れかもな……」



 今の自分では、アンジーを後部席に乗せてバイクを操縦することは敵わないだろう。

 マコトはそのような結論を出すと、改めて愛着のあるバイクとお別れすることを決め、越えやすそうなバリケードが何処に在ったのかを思い出し始める。



「確か、幾つか越えやすそうなバリケードがあった筈だなんだが……」


  

 続けて、越えやすそうなバリケードの場所を思い出し、そこに辿り着くまでの道のりを頭の中で思い描いていると――


 ガチャ、ガチャン。ギュルルン。


 バイクを起こし、エンジンを吹かすような音がマコトの耳へと届く。



「ほれ、マコトよ。後ろに乗るのじゃ?」


「の、乗れってお前! お前は運転なんかできな――」


 加えて、少し大人びたアンジーの声が耳へ届くと、マコトはゆっくりと立ち上がり、視線をアンジーへと向けたのだが……



「……誰だお前?」



 そこに居たのは見知ったアンジーではなく――金髪赤眼。

 出るところは出て、締まっているところは締まっている、大人の女性の姿だった。



「!? ま、まさか横転した拍子に頭でも打って記憶を無くしたのか!?

儂じゃよ! アンジーじゃよ!」


「俺が知っているアンジーと違う」


「こ、この姿は儂が魔力を使用して一時的――で、ではなく! これが儂の本当の姿なんじゃよ!」


「これが本当の?」


「う、うむ! そうなのじゃ!」



 マコトは、その話が嘘であると確信する。

 まあ、大人の姿へと形を変えたことは事実ではあるのだが、アンジーが「一時的に」という言葉を口走ってしまった所為で、「本来の姿」というのが嘘であり、魔法を使用し、大人の姿へと形を変えたのであろうことを察してしまう。



「な、なんじゃその疑いの目は!? は、はよ後ろに乗るんじゃ!」


「乗るんじゃ。って……お前、運転できないだろ?」


「できるわい! なにせ、後部席でマコトの動きをじっくり観察しておったからのう!

それに先程、儂が見せた技を忘れた訳ではないじゃろ?」


「技って……エンジンをかけたことか?」


「うむ! その技じゃ!」


「……ま、まあ言いたいことは幾つかあるんだが……本当に運転できるのかよ?」


「くどい! はよ! はよ乗るのじゃ!」


「わ、分かったよ」



 マコトは不安に思いながらも、アンジーの指示に従い後部席に跨る。

 本当、不安で不安で堪らなかったが、それでも敢えて後部席に跨ったのは、僅かながらに期待を抱いていたからだ。


 それもそうだろう。

 見よう見真似でキックスタートを成功させたこともそうだが、アンジーは僅かな時間で日本語すら修得してみせたのだ。

 その飲み込みの早さがあれば、見ただけで運転技術を習得した可能性も高く、見事に操縦して見せるのではないか?

 マコトがそのように思い、僅かに期待してしまうのも当然の帰結だと言えなくもない。



「マコトよ! 儂しっかり捕まっているんじゃよ!」


「お、おう! 任せたぞ!」



 加えて、アンジーは手慣れた手つきでエンジンを吹かすのだから尚更で、そのこなれた動作を見たマコトは、見事にバイクを操縦するアンジーの姿を確信を持って思い描くのだが……



「あだっ!? ちょっ!? バイク殿!? 儂達を置いていくでない!」


「あがっ!? いってぇッ!! お前ベタな真似してんんじゃねぇよ!?」



 ……現実にはそうは成らなかったようで、バイク殿は二人を置き去りにしたまま、ウィリー状態で独走することになる。



「ったく……ちょっとだけ期待した俺が馬鹿みたいじゃねぇか……」


「い、今のは無しじゃ! も、もう一度、儂に機会を!」



 独走し、横転してしまったバイクを起こしながら懇願するアンジー。

 本来のマコトであれば、にべもなく断り、バイクを手放すことを提案する場面なのだろう。


 しかし、今のアンジーは大人の姿であり、その胸元へと視線を向けてみれば……



「プリントされた猫がひび割れてんじゃねぇか……」



 Tシャツにプリントされていた猫が横に伸び、ひび割れて新手のクリーチャーへと成り下がっている。

 

 要するに、今のアンジーは男を骨抜きにしてしまうような武器を携えており、一応はマコトも男――と、いうよりかは、スズネにも豊満な武器があることからも察することができるように、マコトは小さいよりも大きいよりの趣向なのだろう。



「……俺が指示に従って運転するって言うなら、もう一度だけチャンスをやる。

それでも駄目なようなら……ここでバイク殿とはお別れだ」



 今のマコトは、少しだけアンジーに甘い。



「し、指示に従うのじゃ! ほれ! 指示に従うからはよう乗るのじゃ!」


「あ、ああ。それじゃあまずは――」



 そして、後部席へと跨り指示を出し始めようとした瞬間――



「おい! 居たぞ!」


「どこだ!? どこに居る!?」


「あそこだ! バイクに乗って逃げようとしていやがる!」



 グダグダとしたやり取りを交わしている間にも追手に追い付かれてしまったようで、荒々しい人々の声がマコトとアンジーの耳へと届いてしまう。



「ちっ! アンジー! 左ハンドルのクラッチ――金具を握れ!」


「う、うむ!」


「そうしたら金具を緩めながら、同時にゆっくりと右のハンドルを回すんだ!」


「こ、こうじゃな!」


「ば、馬鹿! 一気に回し過ぎだ!」



 バイクは勢いよく排気音を響かせると、再び前輪を持ち上げ始める。

 が、先程の失敗を経験したことにより、失敗してしまった場合、バイクがどのような挙動を示すのかをアンジーは理解していたのだろう。



「バイク殿は中々の暴れ馬じゃのう! 少し落ち着くのじゃ!」



 アンジーは腰を浮かせ、重心を前方に掛けることで、持ち上がり掛けた前輪を無理やり押さえこむ。

 そのことにより、どうにかバイクを走り出させることに成功するのだが、問題はこここからだ。


 ギアチェンジの方法やブレーキのかけ方、マコトには教えなければいけないことが幾つもある。



「逃がさねぇぞ! この化け物めッ!」


「おい! アイツらを追うぞ!」



 更には、追手の中にはバイクに跨っている者も数名混じっており、そんな追手連中から逃げ切れるよう、運転初心者のアンジーに指示を出すのは至難の技だろう。


 そのように考えたマコトは、後方から迫る排気音を聞きながら、どのようにアンジーをサポートするべきか頭を悩ませ始めるのだが――



「うはははははは! 一速! 二速! 三速!」


「ちょっ!? お前!?」



 マコトの運転を観察していた。

 と、いったアンジーの言葉に嘘偽りは無かったのだろう。

 アンジーはサポートなど不要。

 そう言わんばかりに教えていないギアの切り替えを行い、見事にバイクを走らせて見せる。



「くははははっ! 楽しいのう! こいつは実に楽しじゃのう!」


「む、無茶な運転するんじゃねぇ! ――って言いたいところだが、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇな! アンジー! 次の角を右だ!」



 初心者なら怯んでしまうような速度でバイクを走らせながら、高笑いを上げるアンジー。

 引き攣った笑みを浮かべるマコトの頬を、生温い風が叩いていく。

 マコトはそんなアンジーを制止しようと考えるものの、後方を確認すると、制止するという考えを改める。


 何故なら――



「殺す! 化け物の仲間は殺してやるッ!」


「彼女の! 沙織の仇打ちだッ!!」



 後方から届いていたバイクの排気音は距離を詰めて始めており、バイクを操縦する者達の表情を確認すれば、誰しもが憎しみや悲しみの表情をマコトに向けていたからだ。



「ははっ……覚悟は決めたつもりだけど、やっぱりきついもんがあるな」


「じゃろうな? じゃが、マコトを理解してくれた者も何名かおったじゃろ?」


「ああ……それで少しは救われたけどよ……立石課長……」



 マコトは吉岡やマユキ、ゲンジロウが庇ってくれたことを思い出すのだが、それと同時に、慕っていた上司――立石の態度と言葉を思い出してしまい、胸にズキリとした痛みを覚えてしまう。



「いや、あれで良かったんだ……いくら恨まれようと、立石課長が生きているんだから……」


 

 とはいえ、それは自らが買って出た悪役であり、恨まれることを覚悟した上での選択だ。

 マコトはそのようにして自分に言い聞かせると、無理して笑顔を作る。

 そして、下手くそな笑顔を浮かべ終え、再度後方を確認しようとすると――



「貰ったッ!!」 


「なっ!? つッ!」



 振り返ろうとした瞬間、金属バッドがマコトのこめかみを掠めた。



「い、何時の間に距離を!?」



 そのような疑問を口にしたものの、マコトはすぐさま理解する。

 追手のバイクへと視線をやれば、目に映ったのは400ccのオフロードバイク。

 続けて乗り手へと視線をやれば、オフロードジャージにプロテクターで身を固めている。

 言うなれば本格的なオフロードバイク乗りの出で立ちをしており、バイク自体の馬力や、アンジーとの運転技術の差を理解したマコトは、「道理で詰められる筈だ」と納得の言葉を吐く。


 ともあれ、状況を鑑みれば納得しているような場合ではない。



「クソッ! やっぱりやり合うしかねぇのかよ!?」



 先程放たれた一撃には明らかな殺意が込められており、頭部に当たっていた場合、マコトの意識を狩る結果となってたに違いない。


 その事実を理解しているからこそ、マコトの頭の中に応戦という言葉が過り、応戦した最悪の結末を想像してしまったからこそ、躊躇いを覚えてしまった訳なのだが――その瞬間。



「み、見つけたぞ化け物ッ! ぶっ殺してやる!」


「なっ!? トラック!?」


「馬鹿野郎! 邪魔すんじゃねぇッ!!」



 タイヤを擦り鳴らせながら、軽トラックが横道から飛び出してきたことにより、応戦するという考えをマコトは霧散させることになる。

 その理由は急なトラックの出現に驚いたことに加え――



「ひ、引き殺してやるよ!!」


「よ、吉岡……」



 トラックの運転手が――並走する運転手が、同期の桜である吉岡であったからだ。



「吉岡……お前もそうなのかよ……」


「う、うるせぇ! 化け物ッ!!」



 マコトの胸が、再びズキリと痛む。

 それと同時に、欲人を狩るという選択が――悪役を買って出るという選択が間違いのように思えてしまい、僅かばかりの後悔を覚えてしまうのだが……



「ば、化け物ッ! これでも喰らいやがれ!」


「よ、吉岡?」



 そう言った吉岡は、マコトが欲人と戦った際に、置き去りにしてしまった荷物を、窓から投げつける。



「ば、化け物! コンビニ横のバリケード! コンビニ横のバリケードがお前の墓場だ!」 


「あ、ああ」



 無事、荷物を受け取めたマコトは、吉岡が繰り返し口にするコンビニ横の意味を理解しようとする。

 


「もしかして……逃がしてくれるのか?」


「だ、誰が逃がすかよ! そこがお前の墓場だって言ってるだろうが!」



 そうして理解したのは、吉岡が「コンビニ横のバリケードから逃げろ」と伝えようとしていることだった。

 では何故、そのような回りくどいやり方を吉岡が取ったのかというと――



「おい! なにを喋ってやがる! 邪魔だ! どけよッ!」



 これからもこの場所に留まる自身の身を守る為。

 後方の追手に対して、マコトに肩入れしたという事実を隠蔽する為でもあるのだが、一番の理由は――



「お、小野屋は間違ってねぇ…… 

立石課長を――俺達を守ってくれてありがとうな」


「吉岡……」



 マコトの為であり、隙を見て、この言葉を伝えたかったからなのだろう。

 そして、その言葉を最後に、二人の間に会話は交わされることはなかった。



「ぶっ殺してやる!」


「やれるもんならやってみろッ!」


「押し潰してやるッ!」


「やらせねぇよッ!」



 交わされたのは演技で、その演技を聞いていたアンジーは――



「かっか、これが男の友情というヤツかのう?」

 


 などと言って笑っていたが、そのようなやり取りを交わしている内にコンビニ横のバリケードへと到着してしまったようで――



「来たやがったな! 一発喰らわせてやるぜッ!」


「マコ――化け物! 殺してやるッ!」



 猟銃を構えるゲンジロウと、鉄の棒とナイフで作成した槍を握っているマユキと相対することになる。


 が、そんな二人は構えこそ取るものの攻撃に移る素振りを見せない。

 それどころか、二人の間には車が通れるくらいの間隔が開いており、バリケードとして使用されていたワゴン車には、鉄製の板が斜めに掛けられていた。


 つまりはそういうことであり――



「――――」



 マコトはお礼の言葉を口にしない。

 二人の間を通り過ぎる間際に、小さなお辞儀をすることでお礼の気持ちを伝える。


 そして――



「舌を噛まないように気をつけるんじゃよ!」


「お前がな!」



 マコトとアンジーの跨るバイクは鉄製の板を激しく揺すると、鳥籠から羽ばたく鳥のようにして、バリケードを飛び越えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る