金曜日の朝。普段は憂鬱な平日の朝、それでもこの日は違った。

 今日一日頑張れば、愛と会える。

 それだけで憂鬱な朝は、どこか清々しく、特別なものに感じた。

 いつもより早めに目を覚まし、ベッドから起きる。

 テレビのニュースを横目に、軽く朝食を食べる。

 少しの間、珈琲を片手にリビングでのんびりとテレビを眺め、綾香は仕度を始めた。毎日こんな風に早起き出来たらいいのに。歯を磨きながら、綾香はぼんやりと思った。

 そういえばと、綾香は今まで一度も恋人と同棲したことがないことに気付く。

 元カレは遠距離恋愛だったし、そもそも綾香は、嫉妬や束縛、自分の自由な時間が削られることが嫌いだった。

 付き合っても疎遠になり自然に消滅するか、相手の一方的な束縛に嫌気がさし別れるか。綾香の恋愛は、そのどちらかで終わりを告げていた。

 それなのに、綾香は愛と一緒にいても苦にならないことに気付く。

 先週のお盆休みは、毎日、愛が泊まっていったし、愛が帰るときは寂しくて、帰ってほしくないと思った。柄じゃないな、と綾香は驚く。それでも嫌な気分がしないのは、よっぽど愛と相性がいいのだろう。

 支度を終え、綾香は家を後にする。

 蝉の鳴き声が響く、蒸し暑い朝。

 綾香はすぐに車に乗り込み、エンジンをかけて冷房を点ける。

 スマホを見る、愛からの連絡は来ていない。

 綾香は大きく深呼吸をし、

「よし、頑張るか」

 サイドブレーキを解除し、アクセルを踏んだ。


 夜が訪れる。ひとり寂しい、空っぽの夜。

 夜の街に足を踏み入れることは、私にとって生きることだ。

 好きでもない男とセックスをし、その対価としてお金を貰う。

 そうして稼いだお金で、私は“普通”を手に入れる。

 叔父に引き取られた中学の頃から、数えきれないほど身体を売ってきた。

 叔父と身体を重ねることに嫌気が差して、家を飛び出し、初めて身体を売ったのも、この夜の街だ。

 そんな夜の街に、私は今日も足を踏み入れる。

 足取りは軽やかに、心は温かく、身体は昂っている。

 綾香さん。愛しい人。貴女の為なら、私は何でもできる。

 ふと、足が止まる。

 どうして私は、こんなにも貴女のことが好きなのだろうか。

 ここまで誰かに入り込むなんて初めてだ。

 愛は分からなくなる。立ち止まる。歩けなくなる。

 スマホが鳴る。バックからスマホを取り出し、画面を点ける。

『ついたよ。いまどこー?』

 綾香からのメッセージ。足が進む。愛は歩き始める。

 理由は分からない。それでも、今夜は貴女の温もりを感じていたい。

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