2
愛を家まで送り届け、ひとりになった綾香は部屋でビールを呑んでいた。
楽しい四日間だったと、綾香はこの四日間を懐かしむ。
恋人と過ごす楽しい一時。決まって訪れるのは、別れと、その後に襲ってくる喪失感。
いつまで経っても慣れないと、綾香は陰鬱とした気分になる。
二人で過ごしたリビング。まだ彼女の匂いが残っているシングルベッド。
愛の声を、笑顔を、温もりを思い出すと、綾香の胸はきゅっと苦しくなる。
スマホを開き、愛とのトーク画面を表示させる。
今頃、彼女は親戚が経営しているカフェで懸命に働いているのだろうか。
一度、客として愛の働いている姿を見てみたいと、綾香は思った。
会いたい、と打ち込む指を止めて、そこで、綾香は初めて気づく。
ああ、私はこんなにも彼女のことを好きになったのだ、と。
綾香は自分でも驚く。なにせ生まれてきてからこれまで、同性を好きになったことは一度も無かったのだから。
綾香は理由を考える。粗を探すように、寂しさを紛らわすように、彼女を好きになった理由を考える。
ぱっと浮かぶのは、愛の手首に痛々しく刻まれた自傷の跡。
あの時、綾香は放っておけないと思った。
庇護欲。それは恋愛というよりは、同情という言葉が相応しいのではないかと、綾香は考える。しかし、それだけだとしたら、綾香の火照る身体は、彼女に触れたいと思う衝動は、どう説明したらいいのだろうか。
綾香は考える。答えが解っていながらも、綾香は考える。
幾ら考えても、それ以上の答えは出てこない。
綾香はどうしようもなく、恋に落ちていた。
卑猥な音がホテルの一室に響き渡る。
身体を委ねる。心だけは決して委ねたりしない。
男は私のものを舐め、私は男のものを舐める。
目を閉じる。意識を集中させて、綾香の温もりを手繰り寄せる。
下半身が熱くなる。蜜が垂れ、身体が火照る。
勘違いした男が、私のものをより一層強く刺激する。
意識が逸らされる。現実に戻されそうになり、愛はきゅっと目を閉じる。
手繰り寄せる。綾香の温もりを。手繰り寄せる。
「――やっ」
私の中に、異物が入ってくる。
意識を逸らす。綾香の温もりを手繰り寄せる。
「可愛いよ……愛ちゃん」
――現実に戻される。
「挿れるね」
ベッドに仰向けにされる。身体が冷たくなる。
「はぁ……気持ちいい」
耳障りな男の声に、愛は鳥肌が立つ。
男が乱暴に腰を動かす。
久しぶりの感覚。抵抗とは裏腹に快楽の波が押し寄せてくる。
「泣くほど気持ちいいんだ。えっちだね」
勘違いした男が、私を壊そうとするように激しく動き出す。
思わず声が漏れる。愛は自身が感じてることに気付く。
しばらく動くと、限界が近いのか、男の動きがゆっくりになる。
「今度は愛ちゃんが動いてよ」
私の中から抜き、男は仰向けになって言う。
愛はゆっくりと男に跨る。そして、男のものを自分で挿れる。
挿れたまま腰を動かす。男の厭らしい目に構うことなく、腰を動かし続ける。
「えろいなあ」
にやにやした顔で、男は愛の小ぶりな胸に手を伸ばす。
男の言葉に、愛は見下されているような気がして厭になり、脚を立てる。手を男の腹に置き、咥えるように男のものを出し入れする。先とは違い、男の余裕は消え、気持ちよさそうに声を漏らす。
笑みがこぼれる。だらしない男の姿が滑稽で、愛の身体はさらに熱を帯びる。
「ねえ、気持ちいいの?」
愛は囁いて、男の胸を弄る。
男の息が荒くなる、愛のものから更に蜜が零れる。
より激しく、愛は動き続ける。
軽い快楽の波が押し寄せ、愛の身体が震える。それでも愛は動きを止めずに、男を攻める。男のものと愛のものが交る度に、部屋中に厭らしい音が響き渡る。
好きでもない男と身体を交わせ、そのお金で私はこれからも“普通”を演じていく。
ああ、私はどうしようもなく汚い女だ。
それでも――、綾香さん。
私は、あなたのことを愛しているのです。
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