第八章
01 東向きのエミル
第八章 東向きのエミル
ポールが片手にケースを抱えて、エミルたちのもとへとやってきた。
「なんてことだ」
フリッツの死体をみて言った。
「ボスがやったんですか?」
「ああ」
「ボス、大丈夫ですか?」
「…………。……大丈夫じゃない」
意気消沈したようすでコリーは言った。「ぜんぜん、大丈夫じゃない」
「まったく、ボスに銃を使わせるだなんて!」
ポールはフリッツの死体にむかって怒鳴りつけた。
「フリッツ、お前はなんてことをしてくれたんだ! こんちくしょー! アーメン!」
彼は怒り狂いながら胸のまえで十字をきった。
振り返って、コリーにケースを差し出す。
「奪還しましたよ」
「……ようやく、だな」
コリーはそれを受け取った。彼はケースを握ったまま、フリッツのもとへしゃがみこんだ。死体の着ているジャケットのポケットからなにかを取り出す。
――それはアンテナの付いた機械だった。
「これはお前がもっとけ」
コリーはそれをポールに投げた。ポールはそれをキャッチし、自分のポケットにしまう。
「爆弾の、起動スイッチですね」
「ああそうだ」
「…………」
エミルはそれをみて思った。――起動スイッチってことは、ひょっとしたら、停止もできるんじゃ?
***
「できる」
ラスティが断言した。「爆弾を遠隔で解除する手段を、テロリストたちがもっていないわけがない。おそらく、その機械がそれだ」
「じゃあそれを奪えば、外から人が入って来れるんじゃないか?」
ダイスケが言った。
「奪うったって、どうやって奪うのよ?」
ヘディが言った。
「さすがに無理だとおもう」
ラスティが言った。「むこうは当然、それを警戒しているはずだ」
「じゃあじゃあ……」
エミルはひそひそ声でみんなに言った。
こういうのはどうかな……?
「――だ、駄目だ! そんなこと……っ!」
エミルのそのアイディアをきいて、ラスティが叫んだ。「エミル、お前がってことだろ!? 駄目にきまってる!」
彼は顔を真赤にして怒っていた。いや、うろたえていた、と言ったほうが正確だろうか。
エミルはその反応を受け入れたうえで、静かに言った。
「でもさあ、ぼくらが勝つには、もうこの手段しかないと思うんだ」
***
コリー、ポール、バリーの三人は管理室に集まった。
「……なんだか勝った気がしねえな」
と愚痴をこぼしながら、コリーがケースをデスクにのせる。
「まあまあ。最大の目標はこうして達成できたんですから」
ポールがなだめた。「子供のころに誰もが思い描き、そして叶うことがなかった夢〈世界征服〉をおれたちは人類史上はじめて達成したんですよ」
「ああ」
「つまり、トム・クルーズよりも、ジョニー・デップよりも、ダース・ベイダーよりもおれたちスターですよ」
「そうだな」
――そもそもダース・ベイダーはスターなのか? という疑問が浮かんだが、コリーはくちには出さなかった。彼はケースのロックを回し、8桁のアルファベットを揃えた。ケースの蓋が開いた。ケースの底面と、蓋の裏側にモニターがそれぞれ一枚付いてある。そのうち底のほうのモニターはタッチパネルを採用しているので、いうなれば、この〈黒のケース〉は、最高の技術を詰め合わせたニンテンドー3DSのようなものである。
コリーはそれを起動させた。
なかに収められたデータを送信すれば、いつでも核ミサイルを発射できる。
――そのはずだった。
モニターに予想外のテキストが表示された。
『掌紋認証にてログインしてください』
「どういうことだ? これ」
バリーがモニターをのぞきこんで言った。
「くそっ。……大統領の仕業だな」
コリーはちいさく呟き、ポールとバリーにむかって言った。「誰かの掌紋が登録されている。それがないとログインできない。誰かっつーのは、当然子供たちのなかの誰かだ。まったく、ただのわるあがきだ。……子供たちを全員ここに連れてこい」
***
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