04 人質(+ある男3)


 ある男3


 これはある男のリドルストーリーだ。

 結末はかたられない。

 男がかたりたがらないからだ。

 いや、ひょっとしたら、これはリドルストーリーではないのかもしれない。

 結末はかたられるのかもしれない。

 男はだれかに、その胸のうちを知られたがっているのかもしれない。


 だせいの毎日は終結した。

 男は諜報機関のエージェントとして、精力的に働いた。

 難関な任務をつぎつぎとこなした。

 いまはやる気にみちあふれている。

 世界の平和を維持しようとすると、ときには人を殺すことだって必要になる。この国では、すこしまえにそのことが禁止されたが、内実はそうではない。はいわかりました、と表向きにはいっておきながらも、裏ではこれまで同様、そんな任務が遂行されつづけているのだ。

 男はそんな任務も難なくこなす。

 なにせやる気があるのだ。

 小学校のせんせいをやっていたころとは違う。いまはじぶんが世界を救っているという自負がある。

 それに男は、人を殺すことにためらいをもたないよう、特殊な訓練をうけていた。だからそれは、いまとなっては、かつて黒板に文字を書いていたのとおなじように、かんたんにできる。

 ある日男は、上司から、ひとりの男の暗殺を命じられた。

  そいつはモグラだ。

 上司は写真をみせながらいった。

 モグラというのは、スパイのことだ。

 スパイは放っておけば、国家機密を外部へもらす。それは世界の平和を崩壊へとみちびく存在だ。

 スパイはなかなかしっぽをださない。しかし、その嫌疑がつよいのであれば、たとえ確証がなくとも暗殺すべきなのである。この国ではかんたんにそのような決定がおりる。

  わかりました。やってきます。

 男はさっそくそのモグラの家へむかった。

 あたりが静まり返った深夜。

 月だけが顔をだしている。

 音も立てずにガラスを割って、窓からそこへ侵入した。

 寝室のドアをそっと開けると、ベッドのなかで夫婦が眠っていた。

 ふと女が目をさました。

  助けて。

 という彼女にむかって、男はもっている銃で躊躇なく発砲した。暗殺の証拠をのこすわけにはいかないのだ。

 その騒ぎで、となりの男が目をさました。

 スパイ容疑をかけられているその男は、すぐに状況を把握したようだった。彼はやはりスパイ行為をしていたのだ。

  息子だけは助けてくれ。

 とスパイの男はさいごに懇願した。みずからの運命については、すでに受け入れているようすだった。

 男はスパイの男を撃った。


  銃というのは、なんてべんりなんだろう。


  黒板消しで文字を消すみたいに、かんたんに人の命を奪うことができる。

 スパイの男はあっけなく死んだ。

 そのときだった。寝室の外から、とたとたと足音がきこえてきた。

  パパ?

 子供の声だった。

 男は部屋の入口の、ドアの影にかくれて、その子供をまちかまえた。

 ガチャリ、とドアノブがまわったタイミングで、男はその子供に銃をつきつけた。

  せんせい?

 Eくんは男をみて、不思議そうにいった。

  どうしてせんせいがここにいるの?

 男はそのとき、なにか言葉をかえそうとしたが、くちからはなにも出てこなかった。

 銃口はEくんの額にぴたりとくっついている。

   世界を救うためだ。

 男はじぶんにいいきかせた。

 グリップをつよく握る。

 ゆっくりと、人差し指にちからをこめた。

 黒板に文字を書くように。


 そして男は引き金を


     ***


 引いた。


     ***


 発砲音とともにフリッツは上半身をのけぞらせた。彼は額に孔を空けて、天井をみあげて床に倒れる。

 当然、即死だった。

 コリーは自分が作ったその死体をみつめて咆哮をあげた。


「おれに、銃を、使わせるなよ!」


 自分の弱さと。

 怒りと。

 悲しみの。

 ぜんぶをさらけ出すような絶叫だった。


 エミルはそれを間近でみた。コリーはフリッツの死体をみているようで、みていないようでもあった。視線がどこか遠く——べつの場所にある気がした。

 彼の放った言葉は、まるで、世界に対してむけられているような気がした。


     ***


 電話のむこうで発砲音がした瞬間、フレドリックはぎょっと飛び跳ねるように腰を浮かせ、あわててテーブルのうえの拳銃に手を伸ばした。すばやく握って、正面のエドワードにむけた。

 ぱん。

 引き金を引くのはエドワードのほうが早かった。

 フレドリックは虚ろな目をし、その豪奢な椅子に、まるで心底リラックスしたかのように深々と沈みこんだ。


「――エドワードです。最後の一人が死亡。こちらの事件は解決しました」


     ***

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