02 試合準備(+ある男1)


 ある男1


 これはある男のリドルストーリーだ。

 結末はかたられない。

 男がかたりたがらないからだ。

 いや、ひょっとしたら、これはリドルストーリーではないのかもしれない。

 結末はかたられるのかもしれない。

 男はだれかに、その胸のうちを知られたがっているのかもしれない。


 名門P大学をそつぎょうした男は、小学校のせんせいをしていた。

 勤務たいどは良好。

 しかし男はやる気がなかった。

 だせいですごす毎日。

 むかしはこうではなかったのに。

 むかしはやる気があったのだ。

 男の子供のころの夢は『せかいをさわがせること』だった。

 かがやかしい過去だってある。

 しかしいまのじぶんはというと、どうだろう?

 男はかんがえてみた。

   どうぶつえんの檻のなかのライオンといっしょだ。

 そうおもった。

 ある日、男は学園長に呼びだされた。

  なんですか?

 男はきいた。

  きみのクラスのEくんなんだが、かていないぼうりょくの可能性がある。

 学園長はいった。

  かていないぼうりょくですか?

  そうだ。

 たしかに、いわれてみれば、Eくんはときどき顔にあざをつくって学校へ登校してくる。おとなしい子だから、ケンカということもかんがえにくい。かといって、イジメられているようにもみえない。Eくんは明るい子なのだ。それに、ともだちも多い。

  確認してくれるか?

 学園長はいった。

 やる気のない男は、めんどうだ、とおもったが、とはいえ断らなかった。

  ええ。かまいませんよ。

 断るほうがめんどうだったのだ。

 その日のすべての授業がおわったとき、男はEくんに居残るよういった。クラスのみんなが下校し、ふたりだけになった。

  そのケガはどうしたの?

 めんどうなので、遠まわしはせず、ひとことめできいた。

  お父さんに殴られた。

 とEくんはすなおにこたえた。

  そうか。

 男はかんがえた。

 とてもめんどうだが、警察に通報すべきだろう。

 そうすれば、この子はとりあえず保護される。

 そしてかていないぼうりょくの嫌疑がつよければ、この子の父はこの子への接近を禁止される。この国ではかんたんにそのような決定がおりる。それでいいのではないか。そうすべきだ。男が胸のうちで、ちょうどそう結論づけたときだった。

  せいんせい、警察には通報しないでね。

 とEくんがいったのだ。

  どうしてだい?

 意外だったのできいた。

  パパと会えなくなるから。

 なるほど、と男はおもった。どうやらEくんは、父のことを嫌っているわけではないらしい。

  お父さんは、何の仕事をしているの?

  わかんない。

  わかんないの?

  うん。でも、どこか遠くで仕事してる。

  そうなの?

  だって、めったに家に帰ってこないから。ときどき帰ってきて、ぼくを殴るんだ。

  きみはそれが嫌じゃないの?

  嫌じゃないよ。だってパパが帰ってくるほうが、うれしいもん。

  そうか。

  だからせんせい、警察にはいわないでね?

  うん。わかった。通報はしない。約束するよ。

 男は約束どおり、このことを誰にもいわないことにした。学園長にたいしても、てきとうにうそをついて報告した。

  はあ。

 男はためいきをついた。

 めんどうだ。

 と胸のうちでつよくおもった。

 これは、まったくもって、めんどうだ。

 めんどうだ。

 めんどうだ。

 めんどうだ。


 なにもしなくてすんだはずなのに、どうしてこんなにめんどうなのだ?


     ***

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