猛る激流、穿つは影

 如月たちは疾走の勢いそのままで目の前にある扉を蹴破った。


 扉はすさまじい勢いでまっすぐ吹っ飛び、その先には何者かが仁王立ちで立っていた。


「があ!」その人物は勢い良く迫る扉を腕の一振りで難なく弾き飛ばし、余裕そうに表情で彼らを睨め付けた。


「こ、ここが…」「うえ~…なんだよこの圧」「なんて禍々しい」「すごい気を感じます…!」


 部屋に入るなり如月たちは口々に、この部屋から出ている強力なエネルギーについて口に出した。


 その中で、リーシュが一歩二歩と前に出て呻くように呟いた。


「なんてことだ…、もうこれ程のエネルギーが溜まっているとは…」


 確かにあらかじめそのことについて聞いていたし遠くからではあるがエネルギーの高まりは感じていたが、実際に目の当たりにすると泣き言の一つ入れたくなるのも無理はないだろう。巨大なエネルギーから放たれた攻撃ならば見たことがあった彼女だが、その攻撃は個人のものであり、それでもその攻撃は町の区画ごと破壊できるくらいの威力はあった。


 だが今この空間に満ちているエネルギーはその時の比ではなかった。


 これほど膨大なエネルギーならばただ爆発させただけでも甚大なカタストロフが生み出されるであろうことは目に見えていた。それだけで人間にすさまじい被害が出ることだろう。それだけではない、その余波で海に住み物にも少なくないダメージが来ることにも察しがついた。


 彼女は茫然となった。


 馬鹿な!お前たち強硬派はあくまで人間を目の敵にしていただけではなかったの?海に住む者すら危険にさらすのか?それではただの狂人ではないか!


 私たち魚人は互いに傷つき合わないために人間と距離を置いたのではなかったのか!


 リーシュは心の中で絶叫した。


 彼女たち魚人族には人間に干渉してはいけないという掟があった。それは魚人を守るだけではなく人間との衝突をなくすために遥か前から両種族に交わされた不可侵のものであった。


 古の時代、人間と魚人が交流していた時があった。


 海へ出る術を得た人間は、その海のど真ん中でダンジョンに出くわした。そのダンジョンには先住民がいた。その住民こそが魚人であった。


 そこから人間と魚人は互いに争ったり、または特産品を交換し合ったりして交流を深めていった。だがやはり別種族、差別が互いの種族間で起こり始め、次第に両種族の軋轢が大きくなってきた。


 ある時人間の人類至上主義と魚人の魚人至上主義の団体が激しい争いを繰り広げた。


 その戦火は予想以上に広がり、ついには互いにもう二度と会わないように不干渉の掟を作り出すまでになった。


 人間はそのことを忘れ去って久しいが、魚人族の者たちはその掟を今でも忠実に守っていた。


 時折、偶然か好奇心に負けてかは知る由もないが人間に出会ってしまうような者もいたが、それもごく少数であり、生まれてから一度も人間にあったこともないという魚人が今ではほとんどを占めていた。


 生まれてから一度ととしてみたこともない人間にこの日初めて出会った彼女は、人間は皆が言うような野蛮で恐ろしい存在ではなかったと思った。


 自分たちと同じように笑ったり怒ったり、鱗がないところや足を鰭に代えられないところを除けば何も自分たちと変わらない。


 そしてこの人たちは困っている自分に手を差し伸べてくれた。会って間もない種族すら違う己に、このは。


 四人、と彼女は違和感を持ったが、先ほどよりも大きくなってきたエネルギー圧に今はそんなことを考えていられるような状況ではないと思考を切り替えた。腐っても軍人であることのプライドが、辛うじて折れそうになる心を奮い立たせた。


 一刻も早くこんなことを止めさせなければ!そう思ったリーシュはこの件の首謀者に向けて叫んだ。


「ギザーッ!今すぐこれを止めるんだ!」


 彼女は目の前にあるエネルギーがたまっている祭壇前に仁王立ちする人物に向かってそう叫んだ。誰も殺させないために心を込めて。


 その男はリーシュからの言葉にまゆ一つ動かさずに受け止め、愉快そうに話しかけてきた。


「まぁそう言うなよ同志よ、見てみろこいつを、この異界からエネルギーを吸ったこいつをよ」


 そう言ってギザーは祭壇のほうへ歩いてゆき、愛おしそうに怪しく光る祭壇を撫でた。


「素晴らしいだろう、こいつを使えば下等な人間が何万も海に沈むんだ」


「馬鹿な!お前はまた歴史を繰り返すつもりか!?人間の過激派と魚人の過激派による戦争は双方に何千人以上もの死者が出たんだぞ!そんなことはお前だって知っているはずだ!このエネルギーが放たれれば死ぬのは人間だけではないぞ!海に住む者にも相応の被害が出るぞ!そんなことも考えられないのか!?」


 リーシュの糾弾をギザーは涼しい顔で受け流す。


「無論、考えていないわけではない」


 そう言って彼は祭壇をコンコンとたたいた。


「この膨大なエネルギーを使ってグランドウエイブを地上に向けて放つのさ」


 グランドウエイブとは水魔法の一種で、すさまじい津波を起こし付近一帯の敵を押し流す強力な魔法である。ただしグランドウエイブは扱いが難しい魔法として知られており、うまく扱わねば味方を巻き込みかねない。


 だが確かにグランドウエイブは強力な術ではあるが、それでも所詮は個人で放つ魔法に過ぎず、自然に起きた津波の足元にも及ばない。自然に起こる大津波に匹敵するレベルのものを撃つならばそれこそ膨大なエネルギーと術の制御技術が必須。


 彼ら過激派達は祭壇に溜めてある膨大なエネルギーを使い、自然に起こる以上の超大津波を地上に向けて放ち、大地を海に沈めてしまおうと考えていたのだ。


(物騒な連中だこと…)


 ギザーの発言を聞き、つい優人は心の中でぼやいた。


 そしてこの空間に満ちているエネルギーから放たれる津波の規模について想像してみた。


(え~っと…、そーね、これだけエネルギーがあれば日本の1/10くらいが沈む…か?何だ世界沈めるには全然足りないじゃないか。誇大妄想の屑が…)


 起こる被害があの魚屑ぎょじんが言うほどのものではなく、思ったより小さかったことを彼は痛烈に罵倒した。


(…それでも日本が死ぬには十分すぎる威力だな。…なんで日本なんだ?アメリカとか中国とかそういう広いとこでやれよ…)


 ほんと、いい迷惑。


 心の中でそう呟いて溜息を吐き、右肩ですさまじく震えているウサギをつかみ、落ち着かせるために撫でまわしながら、目の前で起こるやり取りをぼんやりと眺めた。


 ぼんやりと魚人のやり取りを眺めながら、そういえばと、あることに思い立った。


 グランドウエイブには多量の魔力とそれをコントロールできる操作技術が必須だ。あいつらは一体全体どうやって自然災害以上の大津波を制御するってんだ?


 余裕のないこの状況で、彼は不思議と落ち着いていた。明らかに自分には過剰なほど危険な状況であるにもかかわらずだ。確かに心はざわついてるし、体には鳥肌が立っている上に全身の細胞がここから逃げろと警鐘を鳴らしているのに、心の芯はびっくりするほど冷え切っていた。


 はじめのうちは強硬派リーダーの主張もわからないことはないと聞いていたのだが、計画の内容を聞きいたときにはすでに興味も関心も失せていた。


「全くこれだから保守派の者は全く情けない…」


 ギザーはリーシュからの糾弾の言葉にやれやれといった様に肩をすくめた。


 そんな態度のギザーに彼女はさらに逆上してゆき、語気を荒げて止めるように訴えるが、やはりそんなことは聞こえていないとばかりにギザーはリーシュの言葉をさえぎってあることを聞いてきた。


「なぁ一つ聞いてもいいかな、確か君の所に俺の部下に何人か率いて君の捕獲を頼んだんだ。それなのにどうして君がここにいるのかな?もしや股でも開いて見逃してもらったのかな?君はずいぶんと見た目が良いからな。締まりがよさそうだ」


 明らかにこちらを辱め、蔑んだ発言に彼女は憤慨し、今の発言を撤回するように食って掛かろうとしたが彼女の背後からの怒鳴り声により、反射的に後ろを向いた。


 ギザーもいぶかしげにそちらを見た。


 そこには肩を怒らせた如月が、ギザーに向けて燃える瞳をぎらつかせて睨みつけていた。


「お前ー!さっきから黙って聞いていれば好きかって言いやがって!何が人間殺すだ!何が沈むだ!挙句の果てにリーシュをバカにしやがってお前ー!」


 そう言って指をさした。


 そういわれたギザーは驚愕に目を見開て驚いていた。ここで初めて如月たちがいることに気が付いた彼は信じられないといったようにリーシュを見た。


「バ、バカな……」


 動揺しているギザーにこれ見よがしとばかりに畳みかけるように他の者たちも如月に便乗して糾弾の言葉を浴びせかけた。


「そーだそーだ!なーにが愚かな人間だー!そんなことするお前も愚か者だー!」「女性に向けてそんなこと言うなんて!人類への怒りよりもまずは女性へのマナーを学んできてください!」「人間にだっていい人はいます!勝手に決めつけないでください!」


 糾弾の言葉を浴びながら、ギザーはうつむいてぼそりとつぶやく。


「仲間がいるとは考えていたが…、魚人ではなく人間だと?に!ん!げ!!ん!だとぉ!」


 ぶつぶつしたつぶやきは次第に大きくなってゆき、ついには如月たちの言葉をかき消すほどになっていた。


「俺たちはお前なんかに」「黙れい!この人間が!」


 鮫は吠えた。それと同時に発生したビリビリとした衝撃に彼らはたたらを踏んだ。そしてリーシュを睨んだ。


「この売女が!人間と手を組んだな!何たる恥知らず!魚人の誇りを無くしたか!」


 そこにはさっきまでのにやにやした薄ら笑いをして魚人の男はいなかった。そこに立っていたのは怒れる鮫だった。


 鮫はさらに畳みかけるようにまくしたてた。


「人間どもはいたずらに海を荒らしまわり汚染してゆく屑だ!否!海だけではない!奴らはそのほかの自然を破壊しているではないか!」(まったくだ)


 優人はギザーの言葉にまったくだと心の中で相槌を打った。実際にそのことは反論できないことだからだった。


「奴らは汚染されているということを知っているにもかかわらず未だに海に汚染物質を垂れ流している!」(返す言葉もございません…)


「だからこそ奴らは滅ぼさねばならん!」(んん?話飛躍しすぎじゃないか?)


「奴らを滅ぼせばそれですべての問題は解決する!」(嘘つけ)


「奴らを滅ぼした後、残った地上は我々魚人たちのものとなる!」(……)


「そんな滅ぶべき人間どもに媚を売りあまつさえこれから正義をなそうとしている俺たちに歯向かうとは言語道断!何たる身勝手か!親が見たら貴様を何というだろうな!」(つきあってられんわい)


 発言の初めのほうは確かに聞くに値する内容だったが、次第にその内容はおかしくなっていき、ついに彼は聞くことを放棄した。


 初めから答えはわかっていた。詰まること地上が欲しいので人間は死んでくださいってことだ。御大層な御託並べやがって。ばかばかしい。そう心の中で吐き捨ててから、彼は銃を構えた。


 その間にも演説は続いていた。話している最中でもすさまじい怒気が放たれていた。今まで感じたことのない格上から放たれる重圧に彼女たちは心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じた。


 それでも如月は勇気を奮い立たせ、負けじと声を荒げて言い返した。


「うるせー!難しいことばかり言いやがって!つまりお前は人間が気に食わないってだけだろ!」「なんだと貴様!」


「だってそうだろ!確かに俺たち人間は海を汚してきたけどさ、それでも今は少しずつ良くなってきているはずだろ!そもそもそんなこと俺らに言う前にもっと偉い人に訴えかけろよ!対話すらしてないお前なんかにそんなこと言う資格なんてないぞ!」「貴様!我々を愚弄するか!」


 如月はギザーの言葉を無視し、リーシュへ歩み寄り肩に手を置いた。


「リーシュ!お前もあんな奴に気圧されちゃだめだ!同族なんだろ!だったらなおさらあんな奴の強硬を許しちゃだめだ!」


 如月の励ましの言葉にリーシュは、優菜、桜、林田もその言葉に勇気づけられ互いに顔を合わせ、そして思い思いの自らの獲物を構え始めた。


 その光景を如月は満足したように頷き、彼女たちよりも前に出てから自分の獲物を構えた。


 それを見たギザーに眉間に血管が浮き出た。あまりの怒りに体がわなわなと震えていた。


「俺たちはお前を止める。人間と魚人の関係を壊させはしないために!」


 それを聞きいてギザーの堪忍袋はついに破れた。


「上等だ小僧!まずはお前たちから初めに海の藻屑にしてやろう!それからお前!」と、ギザーはリーシュを指さした。


「生かしておいてやろうと思っていたがもはやお前を同族とは思わん!お前もそいつらと同じように鮫の餌にしてやる!」


 ギザーの宣言に彼女は不敵な笑みで答えた。


「そんなの初めから願い下げだ。私は戦士だ!情けなど請わぬ!お前は魚人の恥だ!ここで引導を渡してやろう!」


「やってみろ小娘があああああああ!!!!」


 そう叫んでから鮫は己の獲物を背中から引き抜いた。その巨体にふさわしい大剣だった。それを片手で軽々と振り回し、そして構えた。


「さあ!いくぞ!」


 鮫はそのまま突進切りをしようと一瞬力を込めた。


 その瞬間、ぞっとする感覚に襲われ、反射的に横へ跳んだ。


 如月達はその光景が信じられなかった。


 こっちに来る、そう予感した彼らは桜が瞬時に展開した結界の中へ身を隠し様子を見ていた。


 だがギザーはこちらに来ることはなくなぜか横に跳んだ。


 意図がわからず困惑してギザーを見て、そして彼らは驚愕したのだ。


 剣を握っていた右腕が付け根から消し飛んでおり、脇腹の肉がごっそりと抉れていた。


 意味がわからなかった。如月達はまだ事態が飲み込めず立ち往生していた。


 不可解な膠着状態が発生しているなか、ギザーをあんな有り様にした張本人である優人は仕留めきれていないことを確認し、舌打ちをこぼした。


 そのまま彼は慌てた様子で出口に向けて全速力でオールに飛ばさせた。あの祭壇を止めるためでもあるし、まごついていたらこれから起きる戦闘に巻き込まれかねないから、彼らは必死だった。


 ギザーは激痛をなんとかこらえ、途切れそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら、残った左手で右肩を押さえどうにか立ち上がった。


 立ち上がりながら、彼はこうなったその瞬間を思い出そうとした。


 横に跳んだ瞬間、まず始めに彼の右腕が消し飛び、次いで脇腹の肉が消し飛び、最後に彼の頭があった場所に真っ直ぐできていた。


 あのまま予感に従わずにいたらそれですべては終わっていたのだ。


 誰だ。いったい誰が。


 そう思い、如月達その方へ眼を向けると、一瞬だけ何かが出口に向けて飛んでいくのが見えた。


 あれが?あれが俺の右腕を吹き飛ばしたのか?


 鮫は優人のことを考えようとしたが、なぜだかできなかった。


 どうしてかわからないがどうやっても


 バカな!自分の腕を吹き飛ばした奴だぞ!そんなわけあるか!そんなわけが…。


 なんとが考え用として、前方からくる強烈な闘気により強制的に思考を止めさせられた。


 その方向を見れば、如月達がいまにもこちらに飛び掛かろうとしている様が見えた。


 手負いの鮫はその光景に思考を瞬時に切り替えた。今はそんなことを考えている暇はないと悟ったからだった。


 鮫が思考を切り替えたと同時に如月が切り込んできた。


「うおおおおお!」


「がああ!」


 ガキンという音がした。いつの間にか左手に持っていた大剣でギザーは難なく如月の斬撃を受け止めていた。


 ついに魚人の強硬派の首魁の鮫との火蓋が切って落とされた

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使い魔GO~元中年を添えて~ @sanryuu

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