進軍

「イヤ、申し訳ないことをした、すまない、あまり余裕がなかったんだ」


 数度にわたる攻防をえてようやく正気を取り戻した女は、自らの愚行を詫びた。彼女を正気に戻すための攻防の余波により、あたりは先の戦闘の時よりもさらに燦燦たる有様になっていた。


「そんな、頭上げてくれよ!そもそもあんな憔悴してたんだからあの反応は普通さ!普通!なあ!」


 謝罪のために頭を下げる女に如月は慌てて頭を上げるように言い、女のしたことを誰にでもあることと言い、振り返って仲間に同意を求めた。


 同意を求められた優菜たちは如月の言葉にそうだそうだというようにうなずき、口々にしょうがないとかあなたは弱っていたのだから仕方のないことなど、励ましの言葉をかけた。


 彼らからの言葉にやはり申し訳なさそうな、けれども幾分か柔らかくなった声色ですまない、と言った。


「取り合えず俺たちが敵じゃないってことは解ってもらえてよかったぜ」「まったくだぜ!目が覚めてからいきなりだもんいきなり!」「うっ・・・!すまない・・・」


 如月と優菜の冗談交じりの言葉に女は委縮したよう謝罪の言葉を口にし、再び縮こまってかしこまってしまった。


「ちょっと二人とも!不謹慎ですよ!」「大丈夫です、二人もただ冗談で言っただけなので、あまり気にしないでください」


 林田は二人の冗談交じりの発言を叱責し、桜はすぐさま二人の言ったことがジョークであったことを伝えた。


「ああ、ああ、うん・・・そうか、うん、うん、そうだよな・・・」


 とにもかくにもそのやり取りでようやく彼女も打ち解けられたようで、憔悴した顔に少しばかり笑みが浮かんだ。


「じゃあさ、お疲れのとこ悪いけれど、そろそろあんたが何者なのかはなs」「ちょい待ち」


 女が落ち着きを取り戻したので、ようやく事情を聞き出そうと提案した如月の言葉にかぶせるように優人が発言した。


「な、なんだよ」「事情を聴くのは良い、うんよいこっちゃ」


 でもね、とやや間を置いてから如月グループ全員を一人一人見ながら、おもむろに言った。


「話を聞き出す前に君たち、まずは着替えたらどーお」「「「「あっ」」」」


 彼らはまだ水着だった。


「「「「・・・・・・・・・」」」」


 如月たちは無言で袋から着替えと簡易更衣室を取り出して、そそくさとその中へ入っていった。



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「あーえーっと・・・、とっとりあえずこれで聞く準備は完全に整ったな」「そ、そーね」「し、失念してました」「あはは・・・」


 10分後、着替え終わった4人はバツが悪そうに頬を掻いたり髪の毛をつまんでいじくったり、とにかく気まずさのために4人とも視線をあっちこっちに彷徨わせていた。


「気づいてなかったのか(困惑)、てっきりわかってて戦ってたのかと」「いや全然」「すまない、私はてっきりそれが人間たちの普段着とばかりに」


「んん?人間の?じゃやっぱあんた人間じゃないのか?」


 女が水着が人間の普段着と思っていた、と言ったことに違和感を覚えた優菜は、やはり女は人間ではないのかという疑問を口にした。


「・・・・・・ああ、そうだ、私は魚人族、魚人族のリーシュだ」


 女はやや言いよどみながら、されど思いのほかあっさりと自らの正体を語った。


「マジ!?もしかして人魚ってやつなの?」「スゲー!スゲー!あんたも足をさかなみたいにできんのか!?」「まさか実在するなんて・・・」


 彼女が魚人であると聞くや否や、如月優菜林田の三人は矢継ぎ早に質問を浴びせかけたが、桜が早い段階で止めに入ったのですぐに質問は途絶えた。


 聞く姿勢が整ったと判断したリーシュはコホンと咳払いをしてから話し始めた。彼女が言うには自らが住む魚人たちが多く暮らす「国」で、地上進出をもくろみ人間を激しく敵視する軍の一部の強硬派の鬱憤が爆発、彼女を人質にとって国外へ逃亡し、このうち捨てられた海底洞窟へやってきたという。


「私は「国」の正規軍の兵だったのだが、奴らとの交戦の際に不覚をとってしまって捕まってしまったんだ、そのせいで仲間は迂闊に手が出せなくなってまんまと逃げられてしまったわけさ」


「連れてこられた私は用が済むまで牢につながれていたんだ、隙を見て何とか逃げ出せたけれども、結局はこのありさまさ」


 そう言ってリーシュはフルフルと頭を振るった。そして大きくため息を吐いてから、また話し始めた。


「この海底洞窟は昔、地上進出のための前線基地として術により異界化させられたらしい、でも結局その計画は取り止めになって、この洞窟も異界化させたままずいぶん放置されていたのだが、まさか連中がここを拠点にするなんてな」


「奴らは我々の切り札はついに運用可能な段階に近づいてきている、と言っていた、ハッタリだと思っていたが、この洞窟の奥から感じるこのエナジーから察するに、奴らは本当に切り札とやらを持っていたらしいな」


 そう言って彼女は振り返り、洞窟の奥をにらみつけた。


 そしてまた彼らに向き直り、もうあまり時間が残されていないということを告げた。


「もう時間がないって・・・、え?マジ?」「マジでしょ、なんか奥からやばそうなモン感じるし」


 如月と優菜は奥から放たれるただならぬ気配に、彼女が言ったことは本当だと思い知らされたようだ。


「巻き込んでしまって今更こんなこと言うのもおかしいと思うが言わせてほしい」


 彼女はそう言ってから、おもむろに彼らに向けて頭を下げた。


「頼む!私とともに奴らを止めるのを手伝ってはくれないか?初対面で、いきなり襲い掛かってきた私が信用できないのはわかるが、お願いだ!これは私たち魚人だけの問題じゃない、人間にもかかわる重大なことだ!タダとは言わない、私が持つものをすべて君たちに与えよう、何なら私のことも好きにして構わない、頼む!どうか!どうか・・・!」


「わあ!わあ!そんなかしこまるな!かしこまるな!頭を上げてくれ!」


 頭を下げ懇願するリーシュに、如月は慌てて頭をあげさせ、それから彼女の眼とあわせてから、にこやかに笑いながらこう言った。


「言われなくても初めからそのつもりさ!大丈夫!お前を一人で戦わせるなんてしないさ!一緒に戦おう!」


 如月は彼女に手を差し伸べた。彼女は呆けたような顔をして如月の顔とその差し伸べられた手を交互に見た。そして彼女は差し伸べられた手を両手で握りしめ、目に涙を浮かべながらその手を握りしめ、ぶんぶんと上下に振った。


「あ、ありがとう!本当にありがとう!」「お、おう、分かったからそんなはしゃぐなって!」


 如月はそうは言うが、彼女がこれ程過剰に喜ぶのも無理がないことなのかもしれない。


 敵地でただ一人で孤独に戦っていた彼女に味方は無く、助けてくれたのは今まで話でしか聞いたことしかない別の種族だったのだ。一緒に戦ってくれるかどうか以前にそもそも自分を受け入れてくれるかどうかという圧倒的不安感、それが表れてこのような過剰反応になってしまったのである。


「そーだそーだ!雄介の言うとおりだぜ!今更水臭いぜ!」「ここまで来て今更引けません!一種に頑張りましょう!」「いいのかなぁそんな安請け合いで・・・」


 若干一名乗り気では無さそうだが、それでも士気は十分のようだ。


(安請け合いもくそもあるか!糞が!これほどまでエネルギーが高まってるの知っちまったからにゃ、今更引けるか!糞!糞!糞!こいつらを追うんじゃなかったな・・・・、糞、なんて日だ)


「あー、やる気十分なとこ水を差すようで悪いんだけれども、みんな臨戦体制に移って」


 今更呪詛を吐いたからと言ってここから逃げ出せるわけではないので、優人はネガティブな気持ちを切り替え、彼らにここに向かって敵が迫ってきていることを告げた。


 如月たちは優人の言葉に驚きこそすれ、すぐに言われた通りに臨戦態勢に入った。そのそぐ後に、ぞろぞろと屈強な兵たちがこの広間に入ってきた。


 入ってきた兵たちは優人たちを取り囲み、規則正しく直立しそのまま待機した。無言で彼らをにらみつける兵たちは大きく、威圧的だった。


 最後に入ってきたのはその兵よりも上等な鎧を着ており、胸あたりに勲章をつけていた。


 その上等兵は彼らの前にゆったりとした歩調で進み、約10メートルほどの距離でこれまた規則正しい直立姿勢で静止した。


 上等兵はまずリーシュを見て、それからその時ようやく気付いたといった面持ちで「如月たち」に目を向け、驚愕したように目を見開いた。


 上等兵は信じられないといった体で、押し殺した怒りが感じられるドスのきいた口調で彼女に話しかけた。


「これはこれは「正規軍様」ともあろうお方が、いやそれ以前に魚人が!一体人間とどうしてつるんでおいでなのですか!」


 兵からの言葉に、彼女は一切ひるむことなく言い返した。


「彼らは、異種族の私と協力してわが種族の暴走を止め「やかましい!」


 が、彼女の言葉にかぶせるように上等兵が声を荒げながら怒鳴った。


「下劣な人間とつるむ貴様などもはや同胞ではない!この汚らしい売女が!」


「我々は!誇り高き魚人は!海を汚す不当な人間どもをと決してなれ合うことはない!それを!お、おまえは・・・おまえは・・・!」


 怒りが収まらないといった男はフーフーと鼻息荒く、憤怒の形相で「リーシュたち」をにらみつけた。男の目を血走り、瞳孔が開き、恐ろしいものであった。


「もはや同胞だからといった加減は無しだ!人間もろとも貴様も殺」


 その直後、バヂッ!という音が響いた。上等兵は何が起きたのかも全く理解する間もなく意識を飛ばされ、吹き飛んだ。


 優人にとって、そんな話はどうでもよかった。種族とか誇りとかは糞ほどどうでもよかった。ただ隙ができた。だから撃った。それだけだった。


 その場の全員が、吹き飛んだ上等兵を目で追った。あまりに突然のことで皆開いた口がふさがらなかった。誰も動かなけった。


 そんな隙を、優人は決して見逃さない。


 突然のことで硬直してしまっている兵をスタンバレットで淡々と撃ち抜き、どんどん気絶させていった。


 立膝姿勢で淡々と射撃を続ける優人は、まだ硬直している如月たちに、その射撃と同じように淡々と指示を飛ばした。


「何やってんの、頭は潰した、後はあんたらの役目だ、がんばってー」


 優人からの言葉にようやく我に返った如月たちは、気を取り直して獲物を構え直し、果敢に魚人兵たちに飛び掛かっていった。


 指揮官を潰され、「何者か」にバタバタと仲間を倒され、動揺している兵たちなど如月たちの敵ではなかった。


「ウラー!」「ぐえ!」


 動揺からか、大ぶりな攻撃を盾でそらし、その顔面に盾で殴りつけ倒す。


「てめぇ!」「ほちゃあ!」「ふぐ!」


 仲間を倒された怒りのままに、如月のがら空きの背中に剣を振り下ろそうとした兵を優菜が槍の一撃で弾き飛ばす。


「でやあああああ」「「「ぎゃあ!」」」


 林田は斧に風をまとわせ、豪快に振りかぶった。それによる衝撃波で何人もの兵をまとめてぶっ飛ばす。


「だあ!」「ぐはぁ!ビッチが・・・!」


 リーシュも負けてはいない。万全でないにもかかわらず俊敏な動きで敵を翻弄し、すれ違いざまにダガーで鎧ごと切り裂いた。


 敵は断末魔の悲鳴とともに彼女をなじったが、彼女は気にせず、次のターゲットに向け駆け出した。


「わ、私そんなに対人戦得意じゃないんですけど・・・」


 魔術による支援射撃に専念している桜は、如月達に危害が及びそうな敵に向けて魔術を的確に飛ばしながら、ぼやいた。そうは言うが、時折彼女に向ってくる兵を漏らさず気絶させていたので、あまり説得力はなかった。


 彼らの奮闘により30人余りいた兵は残らず気絶させられ、広間で立っているものは如月たちだけになった。


 彼らは互いの無事を確認すると兵たちが入ってきた洞窟に迷わず駆け出した。


「このまま道なりに進むと件の切り札とやらとボスらしき人がいるわけだ」


 オールに背中を掴ませ、低空飛行で追随しながら優人は如月の背に声をかけた。


「ああ、わかった・・・、てっ何で飛んでんの?」


「俺の足じゃあんたらについてこれないの、あんたら速すぎ」


 そんなことを話しながら進むこと数分、目の前に大きな扉が見えてきた。


 扉が見えてきたところで彼らは口を閉じ、その中で起きるであろう戦いに備え、心の中で気合を入れなおした。


(こんなことに巻き込みやがって、元凶にはそれはもうたっぷり嫌がらせしちゃる!)


 優人は心の底からそう思った。

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