異種間交流

 優人は顔を歪め、額に手をあてて悪化した現状をうめいた。


 その後しばらく呻いていたが、呻いているだけでは埒が明かないとブンブンと首を振り、気持ちを切り替えるためにパンッと両頬を張った。


 そしてギルドに行くか連中を追いかけるかどちらを実行しようか思案したが、結局連中を追いかけることを選択した。猛烈に嫌な予感がしたためであった。


 早速行こうと考えたところで流れ弾が飛んできて彼のすぐ前に着弾した。爆発と振動が起きた。普段の彼ならばすぐさま撃ち落とすか発生するであろう轟音に備えるものだが、今の彼は焦っていて、それに伴っていつも以上に五感が過敏になっていた。強化された五感に、近距離で鳴らされた爆音は非常に堪えた。キーンという耳鳴りが頭をぐわんぐわんと揺らし、一時的な平衡感覚の喪失を引き起こした。


 肩に乗っているウサギも同様の症状を引き起こしているらしく、頭をふらふらと揺らして今にも落っこちてしまいそうになっていた。


 頭の上のジンベーは耳鳴りでふらふらしている優人の目を覚まさせるべく、ヒレでこめかみを思いっきりベチンッとはたき、優人の平衡感覚を強引に戻した。ウサギはオールが頭を突っついて同様の処置を施した。


 優人はクソっと一言毒づいてからジンベーに礼を言い、改めて連中を追いかけるために慎重に走り出した。


 まだ戦闘が終わっていないらしく断続的に破砕音が鳴り、ズズズッという振動が洞窟を揺らした。


 時折爆発音が鳴るが、こんどは耳鳴りに襲われることはなかった。彼は聴覚が鋭敏すぎて大きめの音を聞かされると先ほどのように一次的に平衡感覚に異常をきたしてしまう。クラクションを近距離で鳴らされたらたまったものではない。なので音波での相殺がほぼ必須になっていた。耳が良すぎるのも考え物である。


 如月たちが向かった場所は一本道になっていて、そこをしばらく歩くと開けた空間があり、どうやらそこで戦闘が起こっていたらしかった。


 優人は戦闘が行われている広間には入らず、その入り口付近で身を隠し、ギリギリ視認できる程度で顔を出し、注意深く中の様子をうかがった。


 広間はあちこちに破壊の跡が残っていて、そこから戦闘の激しさを読み取ることができる。いつの間にか轟音や振動は止んでおり、獲物をぶつけ合う音しか聞こえない。どうやら彼がうだうだとしている間に戦闘は終わりに近づいていたらしかった。


 広間内では如月と軽鎧に身を包んだ背の高い男が互いの獲物を激しくぶつけ合っていた。


「うりゃあ!」「グワー!」


 だがその応酬は長くは続かず、如月が一瞬の隙を突き男の剣を弾き飛ばし、それによりできた隙に如月は左手の盾を思いっきり男の顔面にたたきつけた。


 盾で殴られた男は血を吹き出しながら数メートル吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がりぴくぴくと痙攣していた。よく見ると周りには似たような格好の男たちが何人も倒れていた。


 その倒れている男達をパッと見て、何か違和感を覚えた優人は今しがた如月が倒した男を注意深く観察した。


 見てくれは軽鎧を着た人間にしか見えないが、よく見ると首筋や腕などに魚のようなうろこがあるのが確認できた。おまけにどこか磯臭い。本当に磯臭かった。


 男たちが発する磯臭さに顔をしかめながら、そろそろ自分も合流するかと立ち上がったその時、如月が倒したばかりの魚男が震えながら顔を上げ、如月に向けて手をかざしているのに気が付いた。かざした手に魔力が集まり、そこから魔法を放とうとしているのが分かった。


 魔力が溜まり、男の周囲に水の弾丸が出来上がったところでようやく如月も魔法のことに気が付いたようで、慌てて縦でガードしようとした。女子グループが悲鳴を上げ如月の名を叫んだ。


 魔術が発現し、あわや水の弾丸が放たれると思った次の瞬間、バチンという音が広間に鳴り響き、男は弾き飛ばされ二度目の気絶を迎えた。男の気絶に伴い水の弾丸の形は崩れ、ただの水に戻り、放たれる危険はなくなった。


 銃の構えを解いた彼はあっけにとられて狼狽えている彼らを目じりに、のそりと広間に入り込み、のそのそと優菜達の方へ近づいて行った。


「あ、え・・・佐藤?」「残身は忘れちゃだめだよ、今みたいなことになるからね」彼は如月の横を通りるときに忠告めいたことを発した。


 如月が忠告飲み込み終えるのを待たずに、彼はそのまま歩き去り、優菜達のもとへ向かう歩を再開した。


 優菜達のもとについた優人は、とりあえずいったい何があったのか彼女たちに聞くことにした。そして彼女たちが看病している、についても。


 優菜達が取り囲むように立っている中心で、軽鎧をまとっている、うろこを体の特定部位からはやしている女が倒れていた。


 優菜達3人はは顔を見合わせ、誰が話すかひそひそと話し合い、結局桜が自分が話すと言い出すまでたっぷり5分はひそひそが続いた。


 桜は優菜と林田をジト目で見つめたが、へたくそな口笛を吹き目を合わせない優菜と、遅れてやってきた如月に逃げるように話しかける林田を見て、桜は溜息を吐き、あきらめたような顔で優人の方に顔を向け、この場で起きたことを説明し始めた。


 この場で起きたことは非常に単純なことだった。音の発生源に向かう。そこにこの倒れている女を追い詰めている男たちがいて、この女に助太刀をした。女はここに来る前からだいぶ体力を消耗していたようで途中で倒れてしまい、女を守るために女子グループが集まり、残りの男たちを如月が全部片づけて、そして今に至るということだ。


 ふんふんと、さして興味もなさそうに相槌を打ちながら話を聞いていると、女が目を覚ましたと林田からの報告があり、話を切りやめそちらに向かおうとして、すさまじくい嫌な予感がしたので、自分の周りのごく狭い範囲に特殊な音波のフィールドを張った。


 そのすぐ後にドドーンという轟音を発する爆発が起きた。何事だ、と爆発がした方向を見ると、倒れていた女が如月に向かって襲い掛かっているのが見えた。


「貴様何者だ!奴らの仲間か!?」「違うぞ!」「信用できるか!」「だからホントだってば!」


 ガキンガキンと獲物をぶつけ合う二人に林田はオロオロと狼狽え、優菜はあちゃ~と額に手を当てて二人の事を見ていた。


 桜は二人の仲裁に入るために駆け出した。その様子を顔をしかめながら一瞥し、ふるふると頭を振るい頭から振り払った。洞窟内部の把握をするためだ。眼を閉じて、精神を研ぎ澄まし始めた。


 すると、フィールドにより軽減されていた音すらシャットアウトし、完全に無音の世界が訪れた。


 無音になった世界で、彼は感覚をさらに研ぎ澄ませた。この奥で何が起こっているか少しでも知るためにために。自分の生存率を少しでも上げるために。



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 場所は変わって、優人のいる海底洞窟の奥地。


 そこは彼らがいる場所とは比べ物にならないほど広い空間であり、壁一面に何やら幾何学的な模様が描かれておりひどく不気味に見えた。さらにその空間の奥には祭壇のようなものがあり、その祭壇の発する光により不気味さに拍車がかかっていた。



 その不気味に輝く祭壇近くに一人の男が立っていた。男は如月達が交戦した男たちよりもさらに頭一つ大きく、重厚な鎧に身を包んでおり、スキンヘッドの厳めしい顔は非常に威圧的だ。その男もまた、体の所々に魚のような鱗が生えていた。


 そんな男に向かって、一人の兵士が小走りで駆け寄ってきた。


「ボス、報告が」


「何だ」男は短く、部下へ向け呟いた。


「は!わが国から出るときに人質として連れてきた兵の女が逃げ出しました。それを捕らえるために向かった兵たちからの信号が途絶えました」


「なんだと」男は苛立たしげに眉をひそめた。


「人質として拐ったのは奴一人きり。例え仲間がいたとしても軟弱な保守派の屑である国の兵だろう。到底あんなカス共に精鋭である我らの兵が負けるはずがない。ふ~む・・・」男は思案するように顎を擦った。


「いかがいたしますかボス」「俺はここを離れるわけにはいかん、だが例えオキアミのような矮小な屑の保守派のカスにいいようにされるのは良くないよなぁ同士よ」


 男はニヤリと笑って言った。


「何人か連れてそいつを捕らえに行ってこい、死ななければどうしたって構わんぞ」


 それを聞き、兵士もつられたようにニヤリ笑い「仲間がいたらどうしてやりましょう」と聞いた。


 聞かれた男はおどけたように肩をすくめ「おいおいまだ仲間がいるとは決まったわけではない、だがそうだな、ま、好きにして構わんぞ」と言った。


 兵士はその返答にぷくくっと笑い、男に敬礼をしてから踵を返し、ウキウキした様子で広間から出ていった。


 後に残された男はうっとりとした様子でエネルギーを充填して光り輝く祭壇を撫で、ギラギラした眼を天井に向け一人呟いた。


「ククク、堕落して牙を失った軟弱な国の兵が何人来ようとも止められはしない。まるで自分達の所有物のように好き勝手に海を荒らす人間共に鉄槌をくれるやるのは時間の問題だ、我らは人間に戦いを挑むのだ!」


「グハハハハハハハ!」


 野心に燃える男は豪快に笑った。己の計画に絶対の自信を持っていた。何者も阻むことはできないと本気で思っていた。


 だからこそ、彼は思いもしなかった。たった今のやり取りを一言一句聞いていた者がいるなんて、考えてもいなかった。


 その者によって計画が潰えることになるなんて、彼は思いもしなかった。


 崩壊の歯車はとっくに回り始めていた。

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