5.5

[さあ行きましょう]


「っ、待てっ‼︎」


さっきまでそこにいたものが一瞬で居なくなって、伸ばした太郎の指先は空気しか捕まえられずに、苛立たしげに下ろした。


[何もできないクソガキは黙っておいでなさいな。…ーー]


まったくその通りで、なにも言い返すこともできなかった。

エリーゼに自動小銃アサルトライフルを向けられて、生きていてくれたことに心底ホッとした。

同時に涙する彼女を見たとき、悔しいと思ってしまった自分もいた。

自分以外の前で泣いた彼女に、苛立ちさえ覚えた。


「…クソっ、アルセネスのババアめ」


近くにあった椅子に八つ当たりとばかりに蹴りを入れた。盛大な音を立てながら転がっていく。

8年我慢した結果がこれか。

大事なときに結局いつも間に合わない。

華子が悲鳴をあげた時もそうだ、すぐ駆けつけたかったのに、魔王であるために大事な会議中に抜けることができなかった。


(情けな……)


18年前、アルセネスに頼まれさえしなければ、出会うことすらなかった。

頼まれてやっと出会ったのが10年後。

黒い大きな瞳が印象的な、可愛らしい普通の少女だった。

これが本当にその探し人なのかと疑いはしたが、アルセネスから預かっていたその探し人の一本の羽が少女に吸い込まれるように消えて行き、確信した。

何を言っても過剰に反応して、怒る姿が面白くてついつい虐めたくなってしまう。

しかも少女の側はとても居心地が良かった。

もともと自分の産まれが特殊なためか、魔力が強すぎて制御しきれずに体調を崩すことが多かったのだ。

ちょうど少女と出会った日も、体調が悪くなって庭園のベンチで横になっていたのだが、少女が顔を覗き込んで来たあたりから体調が良くなった。

そういう力があることは知っていたが、自分が目の当たりにするまで信じられなかった。

けれどその力があるがために、まだたった10年しか生きていない少女に、命運を託さなければならないのかと思うと、なぜだか無性に腹が立った。

結果、アルセネスとの約束を8年長引かせたのだが。


「ーー…あら、姉さんの気配がしたはずなのだけど、もう帰ったの?」


「……ノックもなしに寝室に入るなんて無粋ですよ。母上」


「あら、声はかけていてよ。……まあ、その荒れようなら、気づかないものわからないでもないけれど」


レダはしれっと言い放った。

ぐうの音も出ずに黙ると、彼女は窓辺に近づいて行く。


「あら、綺麗な満月」


優しげな月の光に、満足げに頷くと振り返った。


「簡単に攫われてしまうなんて、情けなくってよ。わたくしの血が半分流れているのでしたら、取り返すぐらいはしなくてはね」


好戦的に空色の光がキラリと光る。

この母にして、この息子ありとは良く言ったものだ。


「もちろんですよ。アレは私のですから」


出会った瞬間から、彼女はもう太郎から逃げられないのだ。

それは彼女が太郎を楽しませてくれるからでもあるし、彼女が太郎のであるから仕方がない。





ーーー小話ーーー


「…そういえばエリーゼはどうしました?」


「あら、心配してくれてるの?」


「そんなわけないでしょう?」


「…そんな目だけで殺せそうな顔しないでちょうだい。ちゃんとお灸はすえていてよ」


「へぇ…ちなみにどんなお灸を?」


「1ヶ月わたくしの視界に入らないことよ」


「ああ。なるほど…」


ーーーendーーー

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