チューリングテスト⑴
私たちはひとまず、この奇怪な部屋の中で使えそうなものを物色し、子供達のために持っていくことにした。自分達もそうだったように、彼らはいつでも娯楽に飢えている。このどうしようもなくなってしまった世界で、かつて飽和していた豊かさの欠片を、出来るだけ集め、手にとって、味わいたい、戯れたいと望んでいるのだ。だから必然的に、彼らはよく本を読む。混乱の中でわずかに残った本を集めた、決して種類豊富とは言えない、学校の狭い図書室。そこはいつでも、子供のたまり場だ。
過去の言葉で言えば「活字中毒」と言えるのかもしれない。読書している時の彼らの顔は輝いている。時にはぞっとするほど恐ろしくギラつく。書物にある物や人が、本当に存在していたかどうかなんて、もうさほど重要ではないのだ。私たちにしても、今を生きる糧となるのなら、何でも構わない。夢であろうが、現実であろうが。
作業を終えた後、グレースが再び少女に近づいて、そっと肩に手を乗せた。
「いい? よく聞いてね。私たちのコミュニティの名前は『テレジア』よ。かつての地図でいうアメリカ・オレゴン州の、湖に近い森の奥に本拠地がある。テレジアというのは最初のリーダーの名前で、合言葉は『それでも助けなさい』。もしもの時にこれを言えば、守衛が門を開けてくれるからね」
マリーはまだいまいち状況を飲み込めていないような顔をしていたが、それでもグレースの真剣さに気圧されたのか、従順な雛鳥のようにこくりと頷いた。グレースは部屋のカーテンを裂いて、同じく部屋の中にあったインクとペンで、その切れ端の上にデフォルメされた銃剣のイラストを描き、その横に彼女自身のサインを添えた。
「あと念の為に、これも腕に巻いておくといいわ。うちのシンボルマークよ」
彼女はその布切れを、マリーの腕のバーコードを覆い隠すようにして巻いた。テレジアの子供達が学校に通い始める年齢になった頃、近所の老人たちからまず最初に聞かされるのはいつも、銃剣でスピーカーと戦ってきた先人たちの話だった。彼らは手持ちの銃弾が全て切れても、最期まで抵抗し、銃の先端のナイフで奴らの呪わしい口元を真っ二つに切り裂いてやったのだ、と。
私は見繕った物資を全てバックパックに詰め終えると、グレースに話しかけた。
「さあ、そろそろ行きましょう。まだ探索する箇所が残ってるわ」
そして同じくカーテンの布から作った耳栓を、マリーの両耳に入れた。彼女は一瞬ビクッとしたが、そのあとはまた大人しくなった。
「とりあえず、この部屋の隣から見て行かない? この辺りはまだ読める資料が残っていそうだし」
マリーのいた部屋を再度見回しながら、グレースは私の耳元に囁いた。私は頷きながら、彼女がこの調査に意義を見出しつつあることに内心少し安堵した。何の成果も上げられないまま仲間を失うだけなのではないか、とどこか乗り気でなかった彼女だったが、謎めいてはいるものの保護すべき少女を見つけたことでその心配が大分和らいだようだ。
「そうね。マリーのことについても、何かわかるかもしれない」
私たちは互いに強く頷き合い、再び耳栓をつけた。世界が無音に包まれる。だが決して不快ではなかった。私たちのすぐそばには光の片鱗があった。かつて世界中で燃え盛った光焔の、その名残ともいえるひとかけらが。
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