マーライオンは夜トイレで吠える(2019年8月3日(土)~5日(月))

2019/8/3(土)

三週間前に受けた風疹の抗体検査の結果を聞きに、午前中近くの診療所へ。

「積読荘さん、抗体価が」

(どきっ)

「すごく高いですねー。これは昔かかったことあるはずですよ」

「では予防接種は?」

「いりません」

(ほっ。注射せんですむならありがたや)

「アッハイ……えーと市から送ってきた残りのクーポンは」

「使いませんので大丈夫ですよ」

「アッハイ」


てなわけで、風疹予防接種義務世代ではないわたくし、無事抗体がありました。よかったよかった。

しかし今日も暑い。


風疹といえばある有名なミステリがおもいうかぶが、タイトルをだすわけにいかんねえ。

診療所で待たされるかとおもって、先月の翻訳ミステリー札幌読書会で熱くプレゼンされた貧乏お嬢様シリーズ一作目をもっていったが、ものの10ページも読まずに呼ばれて(冒頭の問答になる)用事がおわってしまった。


だらだらと日を過ごし、早めに夕食。レトルトの中華風肉味噌をかけた冷たい麺。


……どこかおかしい。そうおもったころには気持ち悪さで胸いっぱい(いやな胸いっぱいだなあ)。

この週、暑いもんだからスイカとか冷たい麺とか冷たいスープとか冷奴とか冷たいものばかり食べていて胃をおかしくしていたようなのである。

そこに冷たいけどわりと脂っこいものがイカンかったんですね。

かくて積読荘氏はこの夜トイレでマーライオンと化しました。ウォーン。その声は隴西の李徴子ではないか? いいや、おれは詩人のクリフォード・アッシュダウンさ。


マーライオンといえばシンガポールですが、シンガポールのミステリといえば、アラフォー以上のミステリーファンにはなつかしの新潮ミステリー倶楽部最初期の一冊、景山民夫『遥かなる虎跡』。景山民夫がミステリ?

と思われるあなたは運がよろしい、とびっきりのご機嫌なカーチェイス小説2冊があなたを待っています。

『A-10奪還チーム出動せよ』に心酔してカーチェイス冒険小説の構想をあたためていた景山民夫、先立って新潮社から単行本で、関東軍の張作霖爆殺に端を発し日米華混載チームが華北でクルマをころがしまわる『虎口からの脱出』を刊行、好評をはくしているのですな。

『遥かなる虎跡』は『虎口からの脱出』チームの子孫たちがマレー・シンガポールを山下奉文の隠し財宝をめぐってカーチェイス。出来の軍配は『虎口からの脱出』にあがるがなかなかたのしめる出来。

残念ながら景山民夫、このあとずっと(その間の「本の雑誌」新刊めったくたガイドの書評子陣の評価を借りれば)、某新興宗教の教義解説をまぜすぎな小説がつづいてしまうそうなのだが、最晩年の『野鼠戦線』では、某新興宗教の教義をまぜまぜするのを(だいたい)封印して、今度は戦車軍用自動車チェイスをやってくれていているのであった。生きてたらガルパン爺さんになってたんじゃないかなあ。プラモ趣味の人でもあったし。


夜遅く、集合住宅前の自販機で味つきのいろはすを買ってきて飲む。味の薄いのがひっくりかえったばかりの胃にありがたい。こういう時用の飲み物だったか。


2019年8月4日(日)

テオ・ヤンセンを見に行きたかったのだけどおとなしくしていることにする。スマホ持ってゴロゴロ。

ヒルネしてるうちに6時近く。親父がつけてた「笑点」で、昇太師が今川の殿みたいな烏帽子様のかぶりものを被って出題していた。


「いだてん」では田畑のまーちゃんがキューカムバーの天婦羅を噛ってるが、ズッキーニではないよね? 揚げたズッキーニ炒めたズッキーニはうまい。


民放ザッピングしてたら、もう15年くらい前のなのかな、松本清張『点と線』のドラマが再編集の短縮版で放送されていた。たけしが福岡県警の鳥飼刑事、三原警部補が高橋克典。鳥飼刑事と三原警部補が上から捜査打ちきりの方針を聞かされて取っ組み合いの喧嘩をする、なんてシーンはやりすぎじゃないか。


2019年8月5日(月)

きのうのドラマ『点と線』、そこかしこに原作にはなかったはずの人や設定がモリモリあって、なんか気になってきたので、短い長編だから、新潮文庫の『点と線』、紀伊国屋書店札幌本店で買い直してしまった。ことのついでに大木毅(赤城毅)『独ソ戦』も買おうとしたら買えず。岩波新書でこれだけ話題なのはひさびさではないかなあ。

それにしても書店ポイントカードのポイント、つかうときはあっという間だのう。(ポイント使って買っちゃった)


『点と線』は新潮文庫改版で本文のみでは250ページにも満たない長編である(本文はp5-253まで。改版前の字の小さい版ならもっと薄かったよなあ、とCiniiBooksをひくと、現行文庫本(2003年改版)の前、1987年改版の文庫本が解説コミ235ページであった)。社会派で、東京駅4分間の偶然であり、アリバイ崩しである。これらの世評、まちがってはいない。まちがってはいない。だけど、田畑のまーちゃんが叫ぶよ、

「そう、違ーう!」

いや、どっちなのさ。


『点と線』、かなりストイックなアリバイ崩し、ひたすら捜査捜査また捜査な小説である。天城一は『黒いトランク』文庫解説で同作を称揚し、まるで日本の警察がスコットランドヤードになってしまったかのようだ(大意)、と手放しの賛辞をおくったが、同じ賛辞をおくってもいいくらいに、純粋に事件に取り組む警察を描いている。

社会派ミステリで事件が官庁汚職のキーパースンたるノンキャリ課長補佐の都合のよい死、となれば上層部がほじくりかえさないよう圧力をかけるはずかけないわけがない、と私らの常識が叫びますわな、だけど、『点と線』の警察にはそういった横槍ナッスィング。きょうび、これだけ純粋に事件をおっかけていけるなんて、あの警察がうらやましい、と溜め息をつく方々もいそうである。


原作の三原警部補は、よく喫茶店に入る。それもコーヒーの味で選んだいきつけが、警視庁から15分程度かかりそうな有楽町の駅前にある。仕事中にしばしば喫茶店に消えるのも黙認のうちらしく、

「君は、外にコーヒーを飲みに行っては、ときどき妙案を持って帰るね」(新潮文庫(改版)p219)

と二課の主任(主任警部か?)が咎めだてするでも揶揄するでもチクリとやるふうでもなく、ふつうのこととしてうけとめている。


捜査小説、刑事もの、といっても靴底をすり減らす系でもない。執念の捜査、という無駄をいとわないような熱量で殴るパターンなんかでもない。あくまで、容疑者のアリバイの検討、被害者の足取りの検討、そこに接点をさぐる、というのが基本。

手数がいる、たとえば乗客を悉皆調査する局面では警視庁が、被害者が最後に滞在した宿の捜索では福岡県警が巨大なマシンのようにうごき、鳥飼ひとり三原ひとりではできないことをする。そうして三原がコーヒーから得た天啓をかたちにしていくのだ。


そうだ、もうひとつ意外かもしれないことを書いておこう。

官庁の汚職が背景ではあるが、ではどんな汚職か、ということには、まったく筆は割かれていないのである。後年の松本清張なら、汚職発生のメカニズムをテッテイ的にもらさずに書いたでしょうけども。


むー、『点と線』の話、もっと続けられそうだなあ



2019.8.8 新潮文庫版『点と線』のページ数について加筆修正

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