伝説の為政者集団


「はん! 今まで黙って聞いてみれば、教育係のジジイの説教話みたいなものばかり並べやがって。お前んとこの一族には、貴族の誇りっていうのはないのかよ!」

「あるよ。貴族の誇りは、ある。しかし、僕が少し頭を下げたところで白・珀両家の面目がつぶれたとは思わない。多分、白一族うちのみんななら、こう言うと思うから」

 玄家の失礼極まりない子息の言葉の後に間髪入れずに言うと、月影はグッと目元に力を入れた。背筋をピンとさらに伸ばし、心持ち胸も張る。

 世間知らずの純粋で甘ったれた坊ちゃん。そんな彼の雰囲気が、一瞬で霧散する。

 そこには年若くも立派な貴人の顔をした、一人の少年の姿があった。眼力を強くし、背筋を伸ばすように意識すれば、一気に高位貴族の子息らしい気品を出せることを月影は知っていたのだ。

 ヘナヘナした弱っちい奴だ。何だか頼りなさそう…………。そう、多かれ少なかれ思っていた皆の目の色が一気に変わった。

「“頭を少し下げただけでなくなる面子や品格、矜持。その程度の安っぽい物なら、今すぐ捨ててしまえ。身分の高さや品格、面子だけが貴族を表すものではない。護るべきモノを常に忘れず、されど自分のちっぽけさも自覚し、その上でを尽くせる者こそが、本当の貴き人なのだ”ってね」

 誰も見たことのないほど真剣な表情をしていた月影が、ここまで力強く言い切る。

「それから、こうも言うと思うよ。“理性ばかり尊ばず、人の気持ちを忘れるな。街や村、州とは、人の集まりで出来ているのだから。自分が一人の人間であること、人間の感情きもちを忘れるな”って」

「「「「「……………………」」」」」

 その場にいた全員が、なんも言い返す言葉もなく、沈黙する。あっけにとられたというべきだろうか。

(さすがは白一族だ…………)

 柳桂は思わず感嘆のため息を漏らした。

 “花国の西の地に、白一族あり”。そう、称されているという噂に違わず、素晴らしい人たちのようだ。

 柳桂の言うように、一般的には白一族と総称して呼ばれることの多い、白・珀両家およびその一族。彼らは“風読かざよみの白家”の異名を持つ、花国では王族・黄王家の次に君臨する最上級の高位貴族だ。

 今から数えて約七十年前に廃止されるまで、建国より長きに渡り続いた地方分権・中央間接支配の時代。その間、黄王家および朝廷から長らく白西州の大領主を任されていた白一族は、ほぼ完璧ともいえる領地経営を行った。

 どんな局面にあろうとも、民の暴動や一揆が起きる前に解決、国境を接する他国との外交・貿易・交流も難なくこなしてみせた。さらにはどんな天災があろうとも民の救護・救援や生活再建を最優先に一族総出で領内を駆けまくったと伝わる、いわば伝説の為政者集団。中央による直接統治の地方支配がはじまった今もなお、白さま、白さまと多くの民から慕われる、まさに稀代の名門一族だ。

 そんな貴顕の一族に名を連ねる者としてふさわしい人格の持ち主である月影は、ここで始めてにっこりと笑った。

「それにね、自分は貴族だからお世話してもらうのは当たり前だと、与えて頂いたものの上でふんぞりがえっていることほど、見苦しいものはないよ。ね?」

 先ほどまでの真摯で純心な態度から一転。月影の口に出てきたのが、穏やかながらも強烈な皮肉をたっぷりと込めたこの言葉。

 (なるほど。ただのボンヤリ坊ちゃんではないのだな)

 柳桂は、思わず吹き出してしまった。

 それまで成り行きを黙ってみていた他の子息たちが、袖で口元を覆う姿が見られる。クスクス……クスクス……。ひそやかに笑う声が聞こえてきた。

 ここで、ただでさえ悪目立ちしていた玄家の子息たち。特にいつも屋敷で坊ちゃまとして特別扱いされ、甘やかされて育った玄家の無礼な子息は、ここで始めて恥をかいたことを知ったのか。顔を真っ赤にして周囲へ怒鳴り散らした。

「う、うるせぇ! 俺を誰だと思っているんだ、この……、」

「口を慎みな。玄家の御子息様だろ? みっともない……」

 ここで、今まで黙って成り行きを見守っていた柳桂登場。開口一番、バッサリと切り捨てた。

「そうだ! なのにお前らは…………!」

「言ったろう、ここでは君と私たちの身分は関係ないと。君も私も数いる後嗣殿下の許婚候補なだけ。元の身分差など、些末な事さ」

 いい加減、理解したら? どこまでも冷ややかな口調と態度。一切取り付く島もないほどの拒絶である。

(まったく……。見苦しいにもほどがある)

 柳桂は、心の中で悪態を付いた。ついでに目も覆いたくなるほどの醜態に、この場からすぐにでも離れたくなる。

(まあいい……。もともと玄家とはちょっとした因縁もあったし、ここで一つ、灸をすえておくのも悪くはない、か)

 瞬き一つの間にこの結論を出した柳桂は、懐に入れておいた扇を取り出し、口元へあてた。グッと目元に力を入れる。

「それに君、何か勘違いしていないか? 君は何のために、ここにいる? 何故、宮廷ここに来たのだ。……一族の為だろう。そんなことが分からなくて、よく貴族の誇りなどとのたまうことができたもんだ。もう一回、人生やり直して来たらどうだい?」

「なんだとぅ! 好き勝手言いやがって!! お前らこそ、人生やり直せや!」

 ここまで自分という存在自体を真向から否定されたことがなかったのであろう。玄家の失礼な子息は憤怒の形相を見せ、柳桂に詰めかかった。

「若さま! 若さま! 落ち着いてください!」

 無礼な子息を止めようと、玄家系列の別の子息が力尽くで身体を張る。

 鋭く睨み合う二人。

 まさに、一触即発の状態。

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花国女王伝~新月は王都に宿る~ ゆきこのは @yukikonoha

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