突拍子もないことをする少年


 全員が昼餉を食べ終え、少し経った頃。食後のまったりとした雰囲気が漂う中、月影たち後嗣許婚候補の前に一人の女官が進み出た。

「皆さま。ご歓談中に失礼いたします。わたくしは、陛下より奥ノ宮の女官長の位を授かりました、珊瑚さんごでございます。陛下のご下命により、女王後嗣許婚候補の皆さまのお世話をさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 そう言うと、その女官――珊瑚は、この上なく優雅な所作で拱手した。奥ノ宮という宮廷の中でも一際華やかな部署の女官しょくいんたちを束ねているからであろう。先ほどの礼部尚書以上に、その立ち居振る舞いは洗練されていた。

 拱手の礼をとる腕の角度や垂れる首の角度も、文句のつけようもないほど完璧だ。さすがは女王をはじめとする王族方の私的な御座所である奥ノ宮の女官長だと、表情を変えずに柳圭が密かに関心していたら。

 使用人に傅かれることに慣れまくっている大貴族の坊ちゃんたちの度肝を抜くような行動をする人物が、ここにはいた。

「あ、あの!」

 礼をする女官長に注目していた後嗣許婚候補たちが、声のした方に目線を移した。女官長の珊瑚も、垂れた頭を上げて前を見る。

 すると。

 いつの間にか、珊瑚の前にまでやって来ていたらしい月影が…………次の瞬間、軽く拱手したのだ。

「こちらこそ、お世話になります! ぼ……じゃない、私は珀月影と申します。珊瑚さま、これからよろしくお願いします」

「げ、月影!?」

 思わず椅子から勢いよく立ち上がる柳桂。

 誰もが予想していなかったためか、場が一気に騒然とした。

 滅多に動じることのないと思われる女官長も、少しばかり表情を崩す。

「…………月影。何で君は、そんな突拍子もないことをするのかな…………」

 柳桂は、額に右手を当てた。

 …………宮廷常識どころか、貴族の常識さえ知らなかったなんて…………。ここまで常識外れだと、呆れを通り越していささか気の毒になってくる。一体、珀本家および白家の人々はどんな英才教育・貴族子息の育成をしていたんだ。

 対する月影は、キョトンと首を傾げた。

「なんでって…………。わざわざこうしてご挨拶に来てくださったのだから、こちらもお願いしますって言っただけだよ? それにこれからしばらく奥ノ宮で働く女官や侍官の皆さんのお世話になることは、確かなことだし」

「そうだけど…………確かに、そうだけど…………」

 私の言いたいことは、そうじゃない…………っ……! 柳桂は、人目をはばからずに頭を抱えたくなった。どんな教育をすれば、こんな世間知らずの純粋少年ができあがるんだ!

 そんな周りの異様なものを見るような目に屈しない、鈍感少年は、ますます首を傾げる。

 …………なんか、皆さんが珍獣を見たような顔をしているのは…………何で?

「お世話になる方に、よろしくお願いしますっていうことは、そんなに変なことかな? というかそもそも人間、誰にも頼らずに生きることは不可能でしょ? 貴族でありたいなら、なおさら一人では生きられないよ」

「っは! なんもわかってないのだな。俺たちのような高貴な人間に仕える者は、それが仕事なんだよ! 甘ったれたこと言ってんじゃねえーよ、このバカ」

 ここで、先ほどの騒動の原因人物の玄家子息が、ここぞとばかりに月影を馬鹿にする。仮にも四神宗家に名を連ねる者の発言とは思えないほどの暴言に、お付きらしき少年の顔色が真っ青になった。

 今まで黙っていたことが不可解に思えてくる人物が発した、侮辱と捉えられてもおかしくない言葉に、月影がどう答えるのか。野次馬とかした他の子息たちが、固唾を飲んで成り行きを見守る。

 そんな中、月影の様子は不思議と落ち着いていた。まるで、それくらいの問いは心得ていたというように。

「それは…………知っているよ。珊瑚さまたち女官の方々や、侍官の方々がお仕事であることくらい、わかっている。自分でも、甘いなって思う」

「ではなんで…………」

 柳桂は、知らず知らずのうちに問いを投げかけていた。

 気が付くと周りの人々も、月影の話に引き込まれていた。

 月影は、柳桂の漏らしたつぶやきには直接答えず。わずかに苦笑した後、珊瑚と向き合った。

「珊瑚さま。少しばかりお時間を頂いてもよろしいですか。すぐに終わらせますので」

 そう言って軽く拱手した月影。そんな彼の昔語りが始まった。


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