五章

風伯の腐れ縁


 見知ったひとの姿を見つけた風伯ふうはくが、地に足を着けた、ちょうどそのとき。

「久しいの、ふうの」

 その男は、突然目の前に降り立った風伯に驚くことなく、声をかけた。

 次いで、右手を上げる。それは、まるで仲の良い友を近くに呼ぼうとする人間のしぐさのようであった。

 そろそろ来るのではと、思っておったわい。

 対する風伯は、眉一つ動かすことなく、口を開いた。

「お前か、こんな真似をしたのは」

 風伯のことを風の、と呼んだ男のもとに、つかつかと歩み寄った。主人である白虎神と向き合っていたときとは打って変わって、かなりぞんざいな口調である。

 しかし、相手の男――老年の姿をした――は、少しも気に障るところがないようであった。風伯の様子に、ふぉっふぉっふぉっと、穏やかに笑って見せる。

 そんな、ある意味胡散臭さ満載の好々爺のことを、表情を変えずに見ていた風伯。

 風伯は、彼のすぐわきに置いてある酒瓶に目を留めた。

「おい、の。この酒は、どこから持ってきた」

「そ、そこの、お供えもんじゃ」

 河の――――河伯かはくかわの仙)は、口ごもりながらも、祠の方を指さす。

「本当に?」

 風伯は、じとーと、疑惑の視線を向ける。

「そ、そうじゃ。わしが盗むと思うたか、ふうの」

 河伯は、内心たじたじになりながらも風伯の問いに答える。

 実は、ここではなく別の場所にある河伯を祀る祠からこっそりいただいて来た…………なんて、口が裂けてもいえない。もし、バレてしまったら、本気で怒られる。

 両者の間に緊張が走る。二人とも、顔を見合わせまま、微動だにしない。

 しばらく、そのままの状態が続いた。

 先に、目をそらしたのは、風伯の方だった。

「…………まあいい。今日は、そう言うことにしておく」

 そう言うと風伯は、それ以上の追及をやめた。今ここで無理やり河伯に事実を白状させたところで、何にもならない。それは経験上、よくわかっていた。

 風伯は、河伯と相対するようにどかっと座ると、河伯のそばに転がっていた酒杯を手に取った。

「一杯、もらう」

 すでに、別の空の酒杯を持っていた河伯が、にやっと笑ったような気がした。 



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