女王陛下との謁見


「みなの者、おもてを上げよ」

 凛としたお声が、かかる。

 月影は、そっと顔を上げた。

 いつのまにか中央部分の御簾が上げられており、玉座に堂々と座る、女王陛下のお姿を拝見することができた。

 月影は、その姿をじっと見つめないように顔を軽く伏せながら、女王陛下の方に顔を向ける。

 公の場で、自分よりも身分の高い人を直視することは、大変失礼なこととされているからだ。特に、この国の頂点に立つ国主であられる女王陛下を真っ直ぐに見てしまったら、不敬で咎められても文句は言えまい。

 そのことをよく心得ている月影は、そっと女王の様子を観察した。

 女王陛下がお召しになっているは、黄色の崑衣こんい(女王の礼装の御衣おんぞのこと)である。その衣には、躍動感ある五爪の龍が刺繍されていた。

 頭には、やや小ぶり冕冠べんかん(女王の礼装用の冠のこと)をのせており、それが少しばかり重そうだ。

 これは、いわゆる崑冕こんべんと呼ばれる礼装である。この装いこそ、花国の国主たるものであると同時に、女王のみ纏うことを許された、至高のものであった。

 そんな風に、月影が見ていると。

 女王は、玉座からすっと立ち上がる。それから、これもまた凛とした声で、話し始めた。

四神宗家しじんそうけ及び宗家に連なる若人わこうどたちよ、よくぞ集ってくれた。そなたらは今、さまざまな思いでこの場に座しておろう。しかし、このように相見えられたことも、何かの縁。みな、親睦を深め、これからの人生を豊かにする出会いがあることを、心より願っておる。そして、この中から、朕がむすめこう澄花ちょうか王嗣おうし(女王後嗣の略称。後嗣と同じ意味)の夫となるのにふさわしい者が居れば、とても嬉しく思う」

 女王陛下の威厳に満ちたご挨拶に、月影たち後嗣許婚候補は、組んだ手で目元を隠すようにして、再び頭を深く下げる。

 そんな彼らの姿に満足そうに笑った女王は、もう一度玉座に腰かけると、傍らに控える宰相に、短く命じた。

いん慶嘉けいか。勅書を読み上げよ」

「はっ」

 女王陛下に名を呼ばれた尹慶嘉は、拝礼し、静かに玉座の前に進み出た。

 女王のすぐそばに控える侍従から、詔書を恭しく受け取る。それから、詔勅が書かれた巻き物を、丁寧な手つきで広げた。一度、咳払いをする。

「では、読み上げます。みことのり“王宮の庭に咲く百合の花が見頃を迎えている今日は、待ちに待った夏至の日である。

 そんな晴れ晴れとした蒼天の下、八名の女王後嗣の許婚候補の若人たちが、集まった。

 ここに、黄澄花女王後嗣の夫君選びノ試しをはじめることを、朕は宣言する。

 よって、文官・武官は無論のこと、この王宮・宮城・そして奥ノ宮に仕えるすべての者に、命じる。此度のことが無事に終わるよう、みな何でも、快く引き受けよ。

 もし、此度のことを邪魔立てしようと企てる者は、朕をはじめとする黄王家に害をなすものとみなし、厳罰に処する。

 此度のことは、次代の黄王家の当主を、ひいてはこの国の行く末をも決める重大な試しである。

 王嗣の良き伴侶が見つかることは、朕の切なる願いである。

 みな、心して、励め”」

「「「「「「「「「「「御意!!!!!」」」」」」」」」」」

 朝廷百官たちが、一斉に拝礼する。

 その声に、雰囲気に圧倒されながらも、月影は慌てて頭を下げた。

 その場にいた誰もが頭を垂れる中、一人、女王陛下だけは、その光景を満足そうに眺めると。くるりと、踵を返された。

花国かこく国主こくしゅ巫女ふじょ大王だいおう陛下、花国国主巫女大王後嗣殿下、入御にゅうぎょ

 先ほど、お出ましになられたときのように、銅鑼や太鼓、鈴が鳴らされる。

 それを合図に女王と後嗣は、大極殿の露台を去っていった。

 


 こうして、女王陛下と後嗣殿下との大規模な謁見が終わった。

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