第25話「わけあい、分かち合う真実」

 猛疾尊タケハヤミコトの決死の戦いは、終わった。

 宮園華花ミヤゾノハナカは助けられたし、ルキア・ミナカタも無事である。それは、タケルとの決着をつけることとイコールではないのだ。

 この時代、人が人と争い戦う余裕など、ない。

 そう、尊のトドメの一撃は、放たれなかった。

 緊急入電で、再びサンプル零号ゼロごうが現れたと知ったからだ。

 それは、抵抗をやめたタケルも同じである。

 そして今、勝手に抜け出した八王子支社へと、尊たちは帰ってきていた。


「……で、なんでお前がいるんだ? タケル。お前までついてこなくていいだろ」

「ん? スカート、やめちゃうの? 似合ってたのになあ、制服」

「人の話を聞けっ! それと、俺は好きで女装してる訳じゃない!」


 格納庫ハンガーでは今、以前にも増して整備班の皆が忙しく働いていた。

 怒られると思ったが、不思議と誰もなにも言わなかった。そのことを、尊はチームのリーダーである十束流司トツカリュウジに聞いてみた。病床の彼は、笑って「みんな行きたかったからだろ?」と言う。誰もが本当は、華花を助けに行きたかったのだ。

 閃桜警備保障せんおうけいびほしょう深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつは、ラピュセーラーを助けるのが仕事だから。

 仕事である以上に、世界を背負った女の子を支えたいと思っている者ばかりだから。

 そして、思想や理由は違えど、やることだけはタケルも一緒だと思いたい。


「……お前さ、タケル。なんで俺が"羽々斬ハバキリ"に乗るまで待ったんだ?」

「あ、それ? ボク、これでもキリスト真教の信徒だよ? 卑怯な真似はしないつもり。あと……尊にはちゃんと勝っときたいんだよね」

「どうしても、戦わなきゃ駄目か?」

「うん。……そう、思ってた。今は、ちょっとわからないな。ふふ、お姉ちゃんは弟クンにね、勝って『』がやりたかったのですよ」

「お前、さっきの話は」

「そ、ボクはキミのクローンみたいなものだから……本当は、妹なんだけどね」


 タケルはフフンと笑って、眼鏡めがねのブリッジを指で押し上げる。

 彼女の"叢雲ムラクモ"は、比較的損傷は軽微だ。だから、最低限の整備と補給が行われている。

 だが、尊の"羽々斬"はまたしても中破レベルまで破壊されてしまった。むしろ、頑丈な"羽々斬"だからこそ、この程度で済んでいる。タケルの圧倒的な攻撃力とスピードの前に、為す術なく切り刻まれたというのが正直な尊の感想だった。

 最後の逆転劇は、薄氷を踏むような思いだった。

 そして、それどころではなくなって、今こうして二人でいる。


「で、尊。サンプル零号は」

「それが、対獣自衛隊たいじゅうじえいたいが交戦して……意外にも撃退したそうだ」

「それ、凄いね。大金星だよ。でも、うん……意外、だよね」

「長い夜が明ける。少し休んでおきたいが……タケル、お前も少し仮眠してくといい」


 薄闇の中へ、徐々に太陽が昇り始めた。

 夜は必ず朝になる。

 その終わらない営みが続く先に、人間たちの命運は続くかどうか……それは、尊たちの戦いにかかっている。もう、ラピュセーラーに、華花にだけ任せていい戦いではない。

 最初から、一人の少女に全てを背負わせてはいけなかったのだ。

 そう思っていると、背後に人の気配が立った。

 振り向くと、疲れた顔の狭間光一ハザマコウイチが話しかけてくる。


「ちょっと、いいか?」

「ああ。……父さんは、猛疾博士は」

「まーだ話せる状態じゃない。けーど、そっちの……ええと、タケルちゃん? 話、聞けるかなぁ?」


 咄嗟とっさに、気付けば尊はタケルを背にかばっていた。

 それが意外なのか、肩越しに振り返れば、タケルは目をしきりに瞬かせている。


「狭間さん、あんたが真実を追ってるのも、それだけの理由があるのもわかった。けど」

「わーかってるよぉ、記事にはしーない、しーない。もう、商売って気分じゃないしねえ」

「……タケル、俺にも話してもらう。教会は……キリスト真教の計画とは、なんだ?」


 タケルはややあって、うなずくと話し始めた。

 いつになく神妙な面持ちになると、その怜悧れいりな美貌はどこまでも無機質に思えてくる。彼女が造られた人間、アーキテクトヒューマンだというのが、尊にもはっきりと感じられる気がした。


「ボクたちの計画……これはもう、実はすでに破綻し、失敗したんだ」

「! それは、サンプル零号の捕獲計画のことか? 奴がサンプル一号として捕獲されるはずだった、あの計画」

「ううん、違うよ。キリスト真教の聖典にある、神の御使いの降臨計画……救世主メシアを生み出す計画だった。そのためにボクは、猛疾博士とその妻の遺伝子から造られたのさ」

「……話が読めん」

「ラピュセーラーだよ、尊。本当は、ボクがこの身にしゅの力、主の御業みわざを招く筈だった。ボクがラピュセーラーになるはずだったんだ」


 尊は驚きに固まったし、光一もそうだ。

 そして、タケルは話を続ける。

 尊と同じ両親から遺伝子をもらって、人工的に造られたアーキテクトヒューマン……女の子なのに、尊と書いてミコトとは違う読み方、タケルの名を与えられた少女の正体。その用途は、天からの救い、救世主の力を受け取るうつわだったという。

 そんな話を平然とするタケルが、尊には少し悲しく思えた。


「ボクに神の力を宿らせ、深界獣を駆逐する……これが、教会と猛疾博士が考えた計画だった。けど、主は……残念ながら、自分を選ばなかった」

「……その、主とやらが選んだのは……宮園華花」

「正解! これがまだ、何故なぜかはさっぱりわからないんだけどね。それともう一つ。猛疾博士は本当に、人類のためを思って行動した。あの、マリアナ海溝最深部を封印しようとしたんだ。結果的に失敗しちゃったんだけど」

「どういうことだ?」

「ボクたちは『ふち』と呼んでる……そして、『』が即ち、深界獣さ。でも、多くの人間は淵の周囲に満ちた超エネルギーにしか興味がなかった。中東も欧米も、中国もね。そこで猛疾博士は」

「その、淵を……マリアナ海溝の穴を封じようとした」

「そう。例の超エネルギーは、淵の向こう側から漏れ出てくる。淵を封印すれば、二度と手に入らない。それでも、深界獣が溢れ出てくることを予見して、ふさごうとした。……そして、失敗した」


 そして、ブロークンエイジが引き起こされた。

 人類は万物の霊長たる座を追われ、深界獣と呼ばれる天敵に脅かされるようになったのだ。

 だが、救いの手は差し伸べられた。

 もし、神がこの世にいるとすれば……それを証明する力が今、人類を守っている。

 ――神装戦姫しんそうせんきラピュセーラー。

 光の救世主は、何故か器としてタケルではなく華花を選んだのだった。

 そこまで話して、タケルは小さく溜息を一つ。


「ボクは、生まれた意味を奪われた。でも、ラピュセーラーは守らなければいけない。この矛盾に満ちた葛藤さえ、ボクには過ぎた贅沢だよ」

「……そんなことは、ない」

「えっ? 尊、今なんて」

「そんなことは、ないっ! 華花は奪うつもりはなかったし、お前はなにも失ってはいない。もし失ったと感じたら、探せ。探してなければ自分で作れ! いいな! ……俺のお姉ちゃんがやりたきゃ、それぐらいやってみろ」


 キョトンとしてしまったタケルに、尊は大きく頷いてみせる。

 呆気あっけにとられたタケルは、ぎこちなく微笑もうとして、ほおに一筋の光を走らせた。


「あ、あれ? やだな、ボク……涙が」

「いいか、お前も自分の命は自分のために使え。遺伝子だ教会だは、俺は知らないし、お前も気にするな。いきなりは無理でも、そうなるために、そのためだけに進めよ。いいな?」


 とりあえず、タケルのことは光一に任せることにした。彼は彼で、まだまだタケルから聞きたいことがあるだろう。もう、尊には光一がハイエナのような記者崩れには見えなかった。

 その証拠に、光一はポケットからハンカチを取り出し、タケルに渡してやる。

 誰もが皆、あのブロークンエイジで大切なものを失った。

 そして今も、失い続けている。

 取り戻せないものがあるからこそ、必死で喪失感にあらがいながら。


「さて、華花の様子も見に行かなきゃならんが」


 ふと、ケイジに固定された"羽々斬"を再び見上げる。

 また、手酷くやられてしまった。

 サンプル零号なる強力な個体が暴れまわっている中、ついに深界獣対策室は稼働可能なギガント・アーマーを全て失ってしまったのだ。

 だが、尊の中で確かな手応えもある。

 まだ、"羽々斬"でも十分に戦える。

 旧式の機体でも、長所を活かして戦えば勝機はある。

 ただし、傷付いた機体はすぐには直らないし、そんな魔法はどこにもない。長年の稼働実績で得たノウハウがあるのは強みだが、物理的にパーツは損耗し、人手と時間を修理に奪われ続けることになる。

 そんなことを考えていたら、不意に尻を蹴っ飛ばされた。


「いってえ! って、なんだ……ルキアか」

「しみったれた顔してー、なによ。アンタねー、もう少し嬉しそうにしなさいって」

「……そんな気分にはなれないさ。また、壊しちまった」

「あ、それなら大丈夫だよん? アタシの二号機、修理に使ってもらってるから」

「えっ」

「ニコイチもサンコイチでも同じでしょ。どうせだからカラーリングも塗り直せば? あと、なんか秘密兵器? ってのもあるらしいよん? アンタのお父さんが言ってた」

「父さんが? もう話ができるのか?」

「うん。それと、華花も目が覚めたって。……なんか、アタシ困っちゃうにゃー」


 無理に笑ってルキアがおどけてみせる。

 彼女は、わざわざ尊の無謀な計画に手を貸してくれた。特務騎士団とくむきしだんアスカロンの大半を撃墜し、時間を稼いで注意を引いてくれたのだ。タケルにこそ敗北を喫したが、機体が互角だったらどうかはわからない。

 そして、彼女の愛機である"羽々斬"二号機から、貴重なパーツを尊はもらうことになった。大切にすると伝えると、照れたように赤くなってルキアは目を逸らす。


「尊にはかなわないにゃー? ……もう、負けないでよね。アタシも、できることを探して手伝うからさ」

「……ああ」

「それと、さ……なんか、ご褒美くらいくれてもよくない? アタシ、頑張ったんですけどー?」

「えっ? あ、ああ、そうだよな。えっと……なんか、腹減ってないか? 飯でもおごるってので」

「……や、期待したアタシが馬鹿だった。もういいよ、フンッ! ほんと、アンタ……いいよ、そういうとこ。凄く、いい。ふふ、好き、かもね」


 ルキアはそっぽを向いてしまった。

 だが、いつもより言葉に含まれる鋭さが温かい。

 そう思っていられる時間は、次の瞬間には唐突に奪われた。


『東京湾に深界獣出現! これは……サンプル零号です! 深界獣対策室、出動願います!』


 スピーカーから叫ばれる声が、サイレンの音にかき消されてゆく。

 格納庫が慌ただしくなり、ルキアは整備班を呼んで駆け出した。すぐに尊も、修理中の愛機へと走る。応急処置でもなんでもして、出撃しなければならないと思った。

 だが……不意にふと、一人の少女のことが気になる。

 すぐにきびすを返して、尊は華花が寝かされている支社社屋の仮眠室を目指した。

 まるで、自分が守りたいものを確かめるように、彼は慌ただしい中を走り抜けるのだった。

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