第25話「わけあい、分かち合う真実」
この時代、人が人と争い戦う余裕など、ない。
そう、尊のトドメの一撃は、放たれなかった。
緊急入電で、再びサンプル
それは、抵抗をやめたタケルも同じである。
そして今、勝手に抜け出した八王子支社へと、尊たちは帰ってきていた。
「……で、なんでお前がいるんだ? タケル。お前までついてこなくていいだろ」
「ん? スカート、やめちゃうの? 似合ってたのになあ、制服」
「人の話を聞けっ! それと、俺は好きで女装してる訳じゃない!」
怒られると思ったが、不思議と誰もなにも言わなかった。そのことを、尊はチームのリーダーである
仕事である以上に、世界を背負った女の子を支えたいと思っている者ばかりだから。
そして、思想や理由は違えど、やることだけはタケルも一緒だと思いたい。
「……お前さ、タケル。なんで俺が"
「あ、それ? ボク、これでもキリスト真教の信徒だよ? 卑怯な真似はしないつもり。あと……尊にはちゃんと勝っときたいんだよね」
「どうしても、戦わなきゃ駄目か?」
「うん。……そう、思ってた。今は、ちょっとわからないな。ふふ、お姉ちゃんは弟クンにね、勝って『本当のお姉ちゃん』がやりたかったのですよ」
「お前、さっきの話は」
「そ、ボクはキミのクローンみたいなものだから……本当は、妹なんだけどね」
タケルはフフンと笑って、
彼女の"
だが、尊の"羽々斬"はまたしても中破レベルまで破壊されてしまった。むしろ、頑丈な"羽々斬"だからこそ、この程度で済んでいる。タケルの圧倒的な攻撃力とスピードの前に、為す術なく切り刻まれたというのが正直な尊の感想だった。
最後の逆転劇は、薄氷を踏むような思いだった。
そして、それどころではなくなって、今こうして二人でいる。
「で、尊。サンプル零号は」
「それが、
「それ、凄いね。大金星だよ。でも、うん……意外、だよね」
「長い夜が明ける。少し休んでおきたいが……タケル、お前も少し仮眠してくといい」
薄闇の中へ、徐々に太陽が昇り始めた。
夜は必ず朝になる。
その終わらない営みが続く先に、人間たちの命運は続くかどうか……それは、尊たちの戦いにかかっている。もう、ラピュセーラーに、華花にだけ任せていい戦いではない。
最初から、一人の少女に全てを背負わせてはいけなかったのだ。
そう思っていると、背後に人の気配が立った。
振り向くと、疲れた顔の
「ちょっと、いいか?」
「ああ。……父さんは、猛疾博士は」
「まーだ話せる状態じゃない。けーど、そっちの……ええと、タケルちゃん? 話、聞けるかなぁ?」
それが意外なのか、肩越しに振り返れば、タケルは目をしきりに瞬かせている。
「狭間さん、あんたが真実を追ってるのも、それだけの理由があるのもわかった。けど」
「わーかってるよぉ、記事にはしーない、しーない。もう、商売って気分じゃないしねえ」
「……タケル、俺にも話してもらう。教会は……キリスト真教の計画とは、なんだ?」
タケルはややあって、
いつになく神妙な面持ちになると、その
「ボクたちの計画……これはもう、実は
「! それは、サンプル零号の捕獲計画のことか? 奴がサンプル一号として捕獲される
「ううん、違うよ。キリスト真教の聖典にある、神の御使いの降臨計画……
「……話が読めん」
「ラピュセーラーだよ、尊。本当は、ボクがこの身に
尊は驚きに固まったし、光一もそうだ。
そして、タケルは話を続ける。
尊と同じ両親から遺伝子をもらって、人工的に造られたアーキテクトヒューマン……女の子なのに、尊と書いてミコトとは違う読み方、タケルの名を与えられた少女の正体。その用途は、天からの救い、救世主の力を受け取る
そんな話を平然とするタケルが、尊には少し悲しく思えた。
「ボクに神の力を宿らせ、深界獣を駆逐する……これが、教会と猛疾博士が考えた計画だった。けど、主は……残念ながら、自分を選ばなかった」
「……その、主とやらが選んだのは……宮園華花」
「正解! これがまだ、
「どういうことだ?」
「ボクたちは『
「その、淵を……マリアナ海溝の穴を封じようとした」
「そう。例の超エネルギーは、淵の向こう側から漏れ出てくる。淵を封印すれば、二度と手に入らない。それでも、深界獣が溢れ出てくることを予見して、
そして、ブロークンエイジが引き起こされた。
人類は万物の霊長たる座を追われ、深界獣と呼ばれる天敵に脅かされるようになったのだ。
だが、救いの手は差し伸べられた。
もし、神がこの世にいるとすれば……それを証明する力が今、人類を守っている。
――
光の救世主は、何故か器としてタケルではなく華花を選んだのだった。
そこまで話して、タケルは小さく溜息を一つ。
「ボクは、生まれた意味を奪われた。でも、ラピュセーラーは守らなければいけない。この矛盾に満ちた葛藤さえ、ボクには過ぎた贅沢だよ」
「……そんなことは、ない」
「えっ? 尊、今なんて」
「そんなことは、ないっ! 華花は奪うつもりはなかったし、お前はなにも失ってはいない。もし失ったと感じたら、探せ。探してなければ自分で作れ! いいな! ……俺のお姉ちゃんがやりたきゃ、それぐらいやってみろ」
キョトンとしてしまったタケルに、尊は大きく頷いてみせる。
「あ、あれ? やだな、ボク……涙が」
「いいか、お前も自分の命は自分のために使え。遺伝子だ教会だは、俺は知らないし、お前も気にするな。いきなりは無理でも、そうなるために、そのためだけに進めよ。いいな?」
とりあえず、タケルのことは光一に任せることにした。彼は彼で、まだまだタケルから聞きたいことがあるだろう。もう、尊には光一がハイエナのような記者崩れには見えなかった。
その証拠に、光一はポケットからハンカチを取り出し、タケルに渡してやる。
誰もが皆、あのブロークンエイジで大切なものを失った。
そして今も、失い続けている。
取り戻せないものがあるからこそ、必死で喪失感に
「さて、華花の様子も見に行かなきゃならんが」
ふと、ケイジに固定された"羽々斬"を再び見上げる。
また、手酷くやられてしまった。
サンプル零号なる強力な個体が暴れまわっている中、ついに深界獣対策室は稼働可能なギガント・アーマーを全て失ってしまったのだ。
だが、尊の中で確かな手応えもある。
まだ、"羽々斬"でも十分に戦える。
旧式の機体でも、長所を活かして戦えば勝機はある。
ただし、傷付いた機体はすぐには直らないし、そんな魔法はどこにもない。長年の稼働実績で得たノウハウがあるのは強みだが、物理的にパーツは損耗し、人手と時間を修理に奪われ続けることになる。
そんなことを考えていたら、不意に尻を蹴っ飛ばされた。
「いってえ! って、なんだ……ルキアか」
「しみったれた顔してー、なによ。アンタねー、もう少し嬉しそうにしなさいって」
「……そんな気分にはなれないさ。また、壊しちまった」
「あ、それなら大丈夫だよん? アタシの二号機、修理に使ってもらってるから」
「えっ」
「ニコイチもサンコイチでも同じでしょ。どうせだからカラーリングも塗り直せば? あと、なんか秘密兵器? ってのもあるらしいよん? アンタのお父さんが言ってた」
「父さんが? もう話ができるのか?」
「うん。それと、華花も目が覚めたって。……なんか、アタシ困っちゃうにゃー」
無理に笑ってルキアがおどけてみせる。
彼女は、わざわざ尊の無謀な計画に手を貸してくれた。
そして、彼女の愛機である"羽々斬"二号機から、貴重なパーツを尊はもらうことになった。大切にすると伝えると、照れたように赤くなってルキアは目を逸らす。
「尊にはかなわないにゃー? ……もう、負けないでよね。アタシも、できることを探して手伝うからさ」
「……ああ」
「それと、さ……なんか、ご褒美くらいくれてもよくない? アタシ、頑張ったんですけどー?」
「えっ? あ、ああ、そうだよな。えっと……なんか、腹減ってないか? 飯でもおごるってので」
「……や、期待したアタシが馬鹿だった。もういいよ、フンッ! ほんと、アンタ……いいよ、そういうとこ。凄く、いい。ふふ、好き、かもね」
ルキアはそっぽを向いてしまった。
だが、いつもより言葉に含まれる鋭さが温かい。
そう思っていられる時間は、次の瞬間には唐突に奪われた。
『東京湾に深界獣出現! これは……サンプル零号です! 深界獣対策室、出動願います!』
スピーカーから叫ばれる声が、サイレンの音にかき消されてゆく。
格納庫が慌ただしくなり、ルキアは整備班を呼んで駆け出した。すぐに尊も、修理中の愛機へと走る。応急処置でもなんでもして、出撃しなければならないと思った。
だが……不意にふと、一人の少女のことが気になる。
すぐに
まるで、自分が守りたいものを確かめるように、彼は慌ただしい中を走り抜けるのだった。
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