第24話「朽ち果てぬ剣」

 空をたゆたう黒雲が、晴れた。

 今、月光の光を受けて、"羽々斬ハバキリ"がこちらへ向かってくる。

 流石さすがのタケルも、"叢雲ムラクモ"を身構えさせる。そこには、わずかにひるむ気配があった。

 猛疾尊タケハヤミコトは、青と緑で統一感のないカラーリングの"羽々斬"を見上げる。身を寄せる宮園華花ミヤゾノハナカは、コクピットが開くと、現れた人物に思わず笑顔になった。


照奈テリナさんっ! え、嘘……パイロットやってるんですかぁ?」

「おや、ハナハナ。無事に尊に合流できたみたいだねえ。じゃあ、ずらかるよ!」


 そう、頭部のコクピットから現れたのは、天原照奈アマハラテリナ。かつて閃桜警備保障せんおうけいびほしょう深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつで、トップエースだった女性だ。

 尊の母親をやろうとしてくれている、ちょっとトンチキな人でもある。

 その照奈が、二人を見下ろし機体を屈ませた。

 駆け寄れば、搭乗用のケーブルが降ろされた。


「尊! こいつに乗りな……どうやらあちらさんは、帰してはくれないみたいだからねえ」

「えっ……俺が? いや、照奈さんが」

「フッ、アタシはもう駄目だ。あの怪我以来、コクピットが怖くてねぇ……今日だって、思ったようには動かせないもんさ。力の半分も出せやしない」


 あれで半分なら、照奈が本気で暴れたら大変なことになる。

 だが、尊は覚えていた。

 幼少期、あの凄惨な12年前……未曾有みぞうの大災害、ブロークン・エイジ。

 その惨劇の中、尊を救ったのは照奈とこの"羽々斬"三号機だ。

 当時と同じく、背にはフォールディング・リニア・カノンが装備されている。一緒に背負われているのは、先程フォトン兵器を無効化した装置、アンチフォトンジャマーだ。それだけでもう重装備だが、さらにミサイルポッドやグレネードを増設している。

 右腕には、あのルキアが以前使っていたパイルバンカーが装着されていた。


「ルキア、あいつはそれで……」

「どうするっ、尊! 乗るのかい、乗らないのかい! YESイエスOKオーケーで返事しなっ!」

「……無茶苦茶だ。はは、そうだ……あんたは無茶苦茶な人だよ、義母かあさん」

「だろ? 無茶苦茶に綺麗で美人で、その上に強い! それがアンタのお母さんをやるってことさ!」


 颯爽さっそうと照奈は降りてきた。

 勿論もちろん、裸エプロン……に見えるが、ちゃんとタンクトップにホットパンツ姿だ。彼女は尊を見詰めてうなずくと、その背をバシバシ叩く。


「ハナハナのことは任せな! 騎士団だかなんだか知らないけど、深界獣の駆除はウチの仕事さね! 新参者がデカいつらするってんなら、わからせてやりな!」

「……了解だ。この商売、められたら終わりということだろう」

「そういうこと! ハハッ、尊、アンタもわかってきたじゃないか」

「義母さんのせいで最近、ガラが悪くなった気がする」

「それと、スカートも似合うようになったねえ……うんうん」

「こ、これは違う! 違うからな!」


 照奈と入れ替わりに、尊はケーブルを掴んでコクピットへと昇り出す。

 華花は不安そうに表情を陰らせていたが、ブンブンと首を大きく振って笑顔になった。そのまま彼女は、手を振りながら叫ぶ。


「みこっちゃん! やりすぎないでね! わたしたちが逃げられれば、それでいいんだから!」

「よし、ハナハナ! 手伝いな! 二号機からルキアを引っ張り出すよ」

「はいっ!」


 二人を見送り、尊はコクピットに座る。

 まだ、照奈のぬくもりが残っている。あの、無敵の安心感が満ちている気がした。実際には、オイルの臭いが消えない狭苦しさで、無数のデジタル表示と息苦しい暑さ……いつも通り"羽々斬"の居住性の悪さは最高だ。

 そう、尊にとってはこの"羽々斬"が最高のギガント・アーマーなのだ。

 再び機体を立ち上がらせると、尊はタケルの"叢雲"に向き直る。


「待たせたな……タケル! お前たちはやり過ぎた、覚悟してもらう!」

『ハッ! ぬす人猛々とたけだけしいとはこのことだね、尊。押し込み強盗されたのはボクたちの方なんだよ? これだけの被害を出して、民間の警備会社としてどうつぐなうつもりだ!』

「償わないし、あがなわない。何故なぜなら俺は……宮園華花の味方だからだ!」

『なっ……なにを馬鹿な!』


 太古の神剣の名を冠する、"羽々斬"と"叢雲"……2機のギガント・アーマーは同時に地を蹴った。

 突進力なら互角だが、今の"羽々斬"は重装備で動きがにぶい。

 その上、もとから運動性と小回りで天地の差がある。

 右に左にとフェイントを交えて"叢雲"が斬撃を繰り出す。

 あっという間に、尊を衝撃が襲った。


『遅いね、遅い! 遅い遅い! そんな機体に武器を増やしたって、かえって動きが悪化するだけさ!』

「クッ! 動きに全くついていけない!」

『本当の強さってものはね、尊……シンプルなんだよ? お姉ちゃんが、教えてあげから!』


 そう、タケルの"叢雲"はシンプルだ。

 極限の運動性と機動力で、スピードを重視した極端なチューニングがなされている。そのピーキーな操縦性は、初めて乗った尊に今も忘れられない感触を刻んでいた。

 真の意味での、完成された深界獣と戦う力。

 選ばれた人間のみが乗ることを許される、一騎当千いっきとうせんの専用機だ。

 武装は雌雄一対しゆういっついのブレードのみで、これであらゆる敵を切り裂き、断ち割る。

 無数の装備を増設した"羽々斬"とは、まるで牛若丸うしわかまる弁慶べんけいだった。

 だが、回避運動に四苦八苦しながら、ダメージを告げるアラートの中で尊は叫ぶ。


「教えろ、タケル! 何故、華花をさらった! お前達、キリスト真教の目的はなんだ!」

『無論、人類の救済さ。そのために、猛疾博士タケハヤはかせも協力してくれてる! その猛疾博士を君たちは拉致したんじゃないかな?』

「事故だ! 不幸な、事故で……でも、父さんには手当てだって必要だったし、俺たちは父さんに確かめなきゃいけないことがある!」

『なら、戦いは不可避だね! 勝った者が正義だ! これもシンプルな真理!』

「俺は正義なんか求めちゃいない!」


 不利な中で、どうにか尊も反撃を試みる。

 だが、"羽々斬"の腰から放たれたグレネードは、虚しく空を切って爆発するだけだ。相手のスピードに対して、火器が全く意味をなさない。

 そして、一発撃てばその何倍もの反撃を浴びるハメになる。

 せっかく修理した機体が、早くもレッドゾーンへと突入しつつあった。

 それでも尊は、落ち着いて機体を安定させ、起死回生の策を練る。

 愛機を信じて、迷わずそれを実行する。

 圧倒的な優勢の中で、タケルはいつにもまして饒舌じょうぜつだった。


『いいことを教えてあげるよ、弟クン……正確に言うと、

「なんの話だ!」

『ボクは、猛疾博士が自分と妻の遺伝子情報から精製した、アーキテクトヒューマンだ……早い話が、尊……キミのコピーってことさ』

「だからどうした! ……そりゃ、似てるはずだよな。けど、あの父さんのやること、珍しくもない! あの人は……なにかに取り憑かれて、全てを見失っているんだ!」

『そうさ、倫理も道徳もない。そうまでして、自分が開けたパンドラのはこをなんとかしようとしている。誰の手にも渡さず、封印しようとしているんだよ』


 初耳だ。

 尊にとって、父親の猛疾博士……猛疾荒雄タケハヤスサオは、自分を捨てた人間だからだ。世間的にはパンドラの匣、深海の禁忌きんきを世に解き放った人物として知られている。

 その父親が、本当はなにをしようとしていたのか?

 あの12年前のブロークン・エイジ……その真実とはなんなのか?

 だが、今の尊に考えている暇はない。

 必死で守りを固めて反撃するが、まるで影を追うように全てが空回る。


「何故、俺のコピーを? いや、いい……今はいい、タケルッ!」

しゃべってるひまはあるのかな? ほらほら、一発もまともに返せぬままやられちゃうよっ!』

「動きについていけない……イチバチか、けてみるか」

『脚が止まったね! トドメだよっ!』


 危険なギャンブルへと、尊は全てのチップを積み上げる。

 掛け金は自分の命、そして華花と仲間たちの未来だ。

 こんなところで訳もわからず、深界獣の真実も掴めず終わる訳にはいかない。なにより、終わりつつある世界を守って戦わなければいけないのだ。

 タケルがそう思うように、脚を止める。

 もとより鈍重な"羽々斬"での、回避運動を全てやめる。

 あっという間に装甲を無数の斬閃インパルスが削り抜けた。

 最後に一歩下がると、タケルの"叢雲"が頭上で二刀流を交差させた。


『コクピットは外す! ……まだ、なにも話してないからさ。ね、尊』

「甘いな、タケルッ! 俺もまだ、お前に言ってないことがある!」

『これで終わらせてっ、尊たちにはボクの……猛疾博士の計画に参加してもらうっ!』

「仲間がほしいなら、先にやることがあるだろうっ! それをお前は……ッ!」


 激しい衝撃と同時に、二振りの太刀が振ってくる。

 それは中央の頭部を避けて、両肩をえぐるように断ち割った。わざわざフォトンソードではなく、質量を持った実体剣を装備させているだけあって、強力な切れ味である。

 だが、迷いのない太刀筋に奇妙な手応えを感じて、タケルが息を飲んだ。


『なっ……まさかっ! そういうことか……クッ、!』

「強烈だったぜ、タケル……けど、ただ強いだけじゃこいつは……俺たちの想いが詰まった"羽々斬"は斬れない! それしきの一撃じゃ、メインフレームまで届くものか!」

『装甲ダルマがっ! こうなれば――!?』

「逃がすものかよ!」


 太い"羽々斬"の左腕が、ガッチリと"叢雲"をつかんだ。

 追えぬスピードならば、待ち受ければいい。尊は咄嗟とっさに、旧式故に重くて頑丈な"羽々斬"の防御力に全てをたくした。そして、物言わぬ相棒が応えた形になったのだ。

 鋭いブレードが装甲を深々と切り裂いたが、内部機構までダメージは貫通していない。

 そして……鋼鉄のかたまりにめり込んだブレードは、簡単には抜けはしない。機能的にはまだまだ無事な"羽々斬"の動きが、そのガスタービンの咆吼が逃しはしないのだ。

 そうして尊は、完全にタケルを捕捉、捕まえた。


「タケルッ! お前、前に言ったな……大昔、八岐大蛇ヤマタノオロチの尾を切った天羽々斬アメノハバキリが、中に入ってた天叢雲剣アメノムラクモノツルギによって欠けたと!」

『くっ、ブレードを破棄……くそっ、離れてよ! 放せ、尊っ!』

「俺に言わせりゃ、! 欠けようが、折れようが……俺の、俺たちの剣は! この"羽々斬"だ!」


 藻掻もがく"叢雲"を完全に押さえつけて、"羽々斬"が大きく右腕を振りかぶる。そこには、巨大なパイルバンカーがマウントされていた。撃鉄ハンマーが引き上げられ、炸薬さくやくを装填したカートリッジが引火しようとした、まさにその時だった。

 尊の反撃の一撃は、撃発インパクトすることなくその場で止まった。

 同時に、タケルも無駄な足掻あがきをやめて機体を停止させる。

 二人のコクピットには、恐るべき警報情報が同時に飛び込んでいたのだった。

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