第24話「朽ち果てぬ剣」
空をたゆたう黒雲が、晴れた。
今、月光の光を受けて、"
「
「おや、ハナハナ。無事に尊に合流できたみたいだねえ。じゃあ、ずらかるよ!」
そう、頭部のコクピットから現れたのは、
尊の母親をやろうとしてくれている、ちょっとトンチキな人でもある。
その照奈が、二人を見下ろし機体を屈ませた。
駆け寄れば、搭乗用のケーブルが降ろされた。
「尊! こいつに乗りな……どうやらあちらさんは、帰してはくれないみたいだからねえ」
「えっ……俺が? いや、照奈さんが」
「フッ、アタシはもう駄目だ。あの怪我以来、コクピットが怖くてねぇ……今日だって、思ったようには動かせないもんさ。力の半分も出せやしない」
あれで半分なら、照奈が本気で暴れたら大変なことになる。
だが、尊は覚えていた。
幼少期、あの凄惨な12年前……
その惨劇の中、尊を救ったのは照奈とこの"羽々斬"三号機だ。
当時と同じく、背にはフォールディング・リニア・カノンが装備されている。一緒に背負われているのは、先程フォトン兵器を無効化した装置、アンチフォトンジャマーだ。それだけでもう重装備だが、さらにミサイルポッドやグレネードを増設している。
右腕には、あのルキアが以前使っていたパイルバンカーが装着されていた。
「ルキア、あいつはそれで……」
「どうするっ、尊! 乗るのかい、乗らないのかい!
「……無茶苦茶だ。はは、そうだ……あんたは無茶苦茶な人だよ、
「だろ? 無茶苦茶に綺麗で美人で、その上に強い! それがアンタのお母さんをやるってことさ!」
「ハナハナのことは任せな! 騎士団だかなんだか知らないけど、深界獣の駆除はウチの仕事さね! 新参者がデカい
「……了解だ。この商売、
「そういうこと! ハハッ、尊、アンタもわかってきたじゃないか」
「義母さんのせいで最近、ガラが悪くなった気がする」
「それと、スカートも似合うようになったねえ……うんうん」
「こ、これは違う! 違うからな!」
照奈と入れ替わりに、尊はケーブルを掴んでコクピットへと昇り出す。
華花は不安そうに表情を陰らせていたが、ブンブンと首を大きく振って笑顔になった。そのまま彼女は、手を振りながら叫ぶ。
「みこっちゃん! やりすぎないでね! わたしたちが逃げられれば、それでいいんだから!」
「よし、ハナハナ! 手伝いな! 二号機からルキアを引っ張り出すよ」
「はいっ!」
二人を見送り、尊はコクピットに座る。
まだ、照奈のぬくもりが残っている。あの、無敵の安心感が満ちている気がした。実際には、オイルの臭いが消えない狭苦しさで、無数のデジタル表示と息苦しい暑さ……いつも通り"羽々斬"の居住性の悪さは最高だ。
そう、尊にとってはこの"羽々斬"が最高のギガント・アーマーなのだ。
再び機体を立ち上がらせると、尊はタケルの"叢雲"に向き直る。
「待たせたな……タケル! お前たちはやり過ぎた、覚悟してもらう!」
『ハッ!
「償わないし、
『なっ……なにを馬鹿な!』
太古の神剣の名を冠する、"羽々斬"と"叢雲"……2機のギガント・アーマーは同時に地を蹴った。
突進力なら互角だが、今の"羽々斬"は重装備で動きが
その上、もとから運動性と小回りで天地の差がある。
右に左にとフェイントを交えて"叢雲"が斬撃を繰り出す。
あっという間に、尊を衝撃が襲った。
『遅いね、遅い! 遅い遅い! そんな機体に武器を増やしたって、かえって動きが悪化するだけさ!』
「クッ! 動きに全くついていけない!」
『本当の強さってものはね、尊……シンプルなんだよ? お姉ちゃんが、教えてあげから!』
そう、タケルの"叢雲"はシンプルだ。
極限の運動性と機動力で、スピードを重視した極端なチューニングがなされている。そのピーキーな操縦性は、初めて乗った尊に今も忘れられない感触を刻んでいた。
真の意味での、完成された深界獣と戦う力。
選ばれた人間のみが乗ることを許される、
武装は
無数の装備を増設した"羽々斬"とは、まるで
だが、回避運動に四苦八苦しながら、ダメージを告げるアラートの中で尊は叫ぶ。
「教えろ、タケル! 何故、華花をさらった! お前達、キリスト真教の目的はなんだ!」
『無論、人類の救済さ。そのために、
「事故だ! 不幸な、事故で……でも、父さんには手当てだって必要だったし、俺たちは父さんに確かめなきゃいけないことがある!」
『なら、戦いは不可避だね! 勝った者が正義だ! これもシンプルな真理!』
「俺は正義なんか求めちゃいない!」
不利な中で、どうにか尊も反撃を試みる。
だが、"羽々斬"の腰から放たれたグレネードは、虚しく空を切って爆発するだけだ。相手のスピードに対して、火器が全く意味をなさない。
そして、一発撃てばその何倍もの反撃を浴びるハメになる。
せっかく修理した機体が、早くもレッドゾーンへと突入しつつあった。
それでも尊は、落ち着いて機体を安定させ、起死回生の策を練る。
愛機を信じて、迷わずそれを実行する。
圧倒的な優勢の中で、タケルはいつにもまして
『いいことを教えてあげるよ、弟クン……正確に言うと、ボクが妹ってことになるんだけどね』
「なんの話だ!」
『ボクは、猛疾博士が自分と妻の遺伝子情報から精製した、アーキテクトヒューマンだ……早い話が、尊……キミのコピーってことさ』
「だからどうした! ……そりゃ、似てる
『そうさ、倫理も道徳もない。そうまでして、自分が開けたパンドラの
初耳だ。
尊にとって、父親の猛疾博士……
その父親が、本当はなにをしようとしていたのか?
あの12年前のブロークン・エイジ……その真実とはなんなのか?
だが、今の尊に考えている暇はない。
必死で守りを固めて反撃するが、まるで影を追うように全てが空回る。
「何故、俺のコピーを? いや、いい……今はいい、タケルッ!」
『
「動きについていけない……
『脚が止まったね! トドメだよっ!』
危険なギャンブルへと、尊は全てのチップを積み上げる。
掛け金は自分の命、そして華花と仲間たちの未来だ。
こんなところで訳もわからず、深界獣の真実も掴めず終わる訳にはいかない。なにより、終わりつつある世界を守って戦わなければいけないのだ。
タケルがそう思うように、脚を止める。
もとより鈍重な"羽々斬"での、回避運動を全てやめる。
あっという間に装甲を無数の
最後に一歩下がると、タケルの"叢雲"が頭上で二刀流を交差させた。
『コクピットは外す! ……まだ、なにも話してないからさ。ね、尊』
「甘いな、タケルッ! 俺もまだ、お前に言ってないことがある!」
『これで終わらせてっ、尊たちにはボクの……猛疾博士の計画に参加してもらうっ!』
「仲間がほしいなら、先にやることがあるだろうっ! それをお前は……ッ!」
激しい衝撃と同時に、二振りの太刀が振ってくる。
それは中央の頭部を避けて、両肩をえぐるように断ち割った。わざわざフォトンソードではなく、質量を持った実体剣を装備させているだけあって、強力な切れ味である。
だが、迷いのない太刀筋に奇妙な手応えを感じて、タケルが息を飲んだ。
『なっ……まさかっ! そういうことか……クッ、剣が抜けないっ!』
「強烈だったぜ、タケル……けど、ただ強いだけじゃこいつは……俺たちの想いが詰まった"羽々斬"は斬れない! それしきの一撃じゃ、メインフレームまで届くものか!」
『装甲ダルマがっ! こうなれば――!?』
「逃がすものかよ!」
太い"羽々斬"の左腕が、ガッチリと"叢雲"を
追えぬスピードならば、待ち受ければいい。尊は
鋭いブレードが装甲を深々と切り裂いたが、内部機構までダメージは貫通していない。
そして……鋼鉄の
そうして尊は、完全にタケルを捕捉、捕まえた。
「タケルッ! お前、前に言ったな……大昔、
『くっ、ブレードを破棄……くそっ、離れてよ! 放せ、尊っ!』
「俺に言わせりゃ、それがどうした! 欠けようが、折れようが……俺の、俺たちの剣は! この"羽々斬"だ!」
尊の反撃の一撃は、
同時に、タケルも無駄な
二人のコクピットには、恐るべき警報情報が同時に飛び込んでいたのだった。
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