第5話「俺の家族、今の家族」
夕暮れ時の東京は、太古の遺跡にも見えるし、東洋の不夜城バビロンにも見える。
繰り返される
だが、残念ながら破壊のスピードの方が早い。
そして、再生も加速する中で世界を少しだけ歪にしていた。
それでも、抗うことをやめてはいけない……
「よし、では
マンションの一室の前で、尊は少女に別れを告げる。
同い年の少年少女が、部屋こそ違えど同じマンションに住んでいるのだ。
華花もそれを意識してるからか、毎日互いに部屋へ戻る時はぎこちない。それでも、いつもの満開の笑顔を咲かせてくれる。
「うんっ! みこっちゃん、きょうもありがとっ!」
「仕事だからな。気にすることじゃないさ」
「それでも、ありがとうだよ? ……今日の記者さん、ちょっと怖かったし」
「すぐにうちの法務部が動き出す。出版社に申し入れしておくから心配するな」
尊の所属する
たかだか週刊誌の出版社程度、すぐに黙らせることは簡単だ。
ただ、いささか心配もあって心が晴れない。
今日の記者、
そう思っていると、突然尊の部屋のドアが、バーン! と開かれた。
「尊、おかえりさね! ほーら、母さんの胸に飛び込んでくるんだよっ!」
しゅぼん! と華花の顔が真っ赤になった。
逆に、またかとゲンナリする尊の顔が青くなる。
そこには、裸にエプロンだけをつけた女性が立っていた。
「ただいま、
「んもー、他人行儀だねえ。アタシのことは母さんって呼びなって」
「いや、あんたは
「……うわー、ノリわっる! なんだいなんだい、相変わらず面白くない子だねえ。っと、ハナハナもおかえり。どう? 今日もウチで飯を食ってくかい?」
見るも痛々しい裸エプロン姿が、妙にイケメンな笑顔でウィンクする。
華花もすぐに「えっ、いいんですかぁ!?」と食いついてきた。
そう、天原照奈は尊の上司で、一緒に住んでいる。直接華花を護衛するのは尊の仕事だが、家では照奈がバックアップを担当してくれているのだ。また、同じ女性として華花のメンタルを注意して見てくれる。
ただ、ずっと彼女は尊の母親をやろうとしてくれてて……見事に空回り、滑ってる。
そう、照奈は12年前、尊を助けてくれたパイロットだ。
当時は最新鋭だった、36式"
「じゃあ、わたし着替えてきますねっ! みこっちゃん、またあとで!」
しゅたっ、と手を振り挨拶して、一度自分の部屋へと華花は戻っていった。
その背を見送り、ドアが閉まるのを待って尊は照奈に目配せする。
「報告だ。今日、マスコミに接触された。週刊サロメとかいう雑誌の記者だ。名前は狭間光一。助手に酷くデカい大男を連れてる。多分、そっちは軍隊経験者だ」
もらった名刺を渡すと、それを
だが、個人的にはさっさと服を着てほしいと尊は
そもそも、裸エプロンはお母さんというよりは、
「すぐに本社に連絡しとくわ」
「頼む」
「よっし、お仕事はここまで! さ、ご飯にしましょ? 今日も腕を振るったんだから」
「ああ」
尊は、家族というものが今はピンとこない。
幼い頃は、父は仕事人間だったがかわいがってくれたし、いつも家には母がいた。その母が死んで、父はますます仕事にのめり込むようになった。
そのことを思い出して、玄関で
照奈は今年で34歳(自己申告による)らしいが、みずみずしいヒップラインなどは目の毒、猛毒だ。そして、背中には大きな大きな傷跡がある。
「ん? どした、尊。ははーん、さてはアタシに……母に
「あ、いや……すまない、それは絶対にない」
「チッ、裸エプロンじゃ駄目かあ。ま、いいさね」
「……あの男から、なにか連絡はなかったか?」
尊の言葉に、照奈は振り向き
「はぁ、アンタねえ……自分の父親を、あの男なんて呼ぶんじゃないよ」
「連絡は」
「ない! ……実は、諜報部でも追ってるんだけどねえ。ほんと、猛疾博士の行方はようとして知れないわ。生きてるってことは確かなんだけどさ」
「あの男は、殺しても死なない。ただ……深界獣に関する新たなデータがあればと思ったのだがな」
「……素直に言えばいいさね。父さんに会いたい、って」
「フッ、誰が」
やれやれと照奈が
尊の父、
世間では、深界獣研究の第一人者と言われている。
一言で言うと、マッドサイエンティストと呼ばれる
尊が生まれたばかりの頃は、誰一人として荒雄のことを信じなかった。
学会で笑い者になりながらも、荒雄は持論を洗練させ、立証し続けた。
――そして、現実に深界獣が現れたのだ。
「ああ、そうそう……尊?」
キッチンへと歩きながら、照奈の声が鋭く尖る。
リビングのテレビをつけながら、思わず尊は身を固くした。
どうしても照奈には頭が上がらない。命の恩人である上に、ギガント・アーマーの操縦に関しては師匠も同然である。そして、手早く料理を温め始めた照奈は、鬼教官だった頃の顔をしていた。
「尊、今日の戦闘データを見たよ……ホントに、もう少し上手くやれないのかい?」
「そろそろ"羽々斬"では限界だ。アチコチにガタがきていて、想定されたスペックの七割程度しか力が出せないのだ」
「そこを努力と根性で補え、なんて言わないけどさ。今ある機材で戦ってくしかないでしょ。アタシの三号機なんだから、大事に乗って欲しいねえ」
「今は、俺の三号機だ。相変わらず脚部シリンダーの反応は
閃桜警備保障の
まず、各国の軍が現在は、組織だった戦闘に手慣れてきた。閃桜が蓄積してきた、ギガント・アーマーの運用ノウハウのおかげである。社内でも、あとは
つまり、尊のいる深界獣対策室は、今は
「うちにも"
「ないない、そりゃないさね。いいかい、尊。確かに"羽々斬"は旧式機さ。でも、いいところも沢山あるじゃないか」
「例えば?」
「……い、色々あるのさ! ほら、飯にするから手伝いな!」
「わかった」
敷いて言えば、"羽々斬"の長所は、頑強な防御力だ。
生産性と機動性を重視して、昨今のギガント・アーマーは小型で軽量な機種が多い。世代を重ねて進化してきた深界獣は、どんどん攻撃力の高い個体が出現するようになってきた。
防御で耐えるより、回避でやりすごす。
これが最近の戦術のセオリーになりつつあった。
そんな中で、頑丈さがメリットになるとは、尊には思えなかった。
だが、そんな思考が突然切り裂かれる。
テレビから耳障りな警告音が発せられ、尊と照奈のスマートフォンも震え出す。
「チィ! 深界獣か! 今日はダブルヘッダーのようだな」
「行きな、尊! ハナハナはアタシに任せんだよ」
「わかった、頼む! あと、くれぐれも」
「わかってるよ。あの
宮園華花には秘密がある。
閃桜警備保障の一部の人間にとっては、公然の秘密だ。
彼女こそが、謎の
どうして、地球を守るヒーローが女子高生なのか?
それも今は真相究明が待たれるが、なにせ華花の秘密は守られなければならない。本人が秘密を守れてると思ってる、そういう思い込みを守ってやるのが尊たちの使命なのだ。
テレビでは、ニュースキャスターが淡々と原稿を読み上げていた。
『深界獣警報が発令されました。場所は仙台、秋田、そして東京です。市民の皆さんは声を掛け合って、所定の避難所への移動をお願いします。どうか、命を守る行動を心がけてください』
常態化した危機が、人の神経を麻痺させる。
尊たちの暮らしはあっという間に、深界獣に侵食され、平和を奪われていたのだった。
だからこそ、戦う……尊は、そのまま夕闇に沈む外へと飛び出したのだった。
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