第6話「水際のさらに際にて」

 本日二度目の、深界獣しんかいじゅう来襲。

 それは決して、珍しいことではない。

 ここ最近ではむしろ、落ち着いている方だ。以前のように、群れなし襲い来るような大災害も減ったし、2、3匹か単独かで現れることが多い。

 だから、人類側も手慣れたもので、組織的に戦線を維持している。

 閃桜警備保障せんおうけいびほしょうは、ほぼあてにされてない戦力なので、その分自由な作戦行動が可能だった。


「うおーい、ミコト! ブリーフィングすんぞー、遅れるなよ」


 チームの隊長である十束流司トツカリュウジの声に、猛疾尊タケハヤミコトは歩き出す。

 ここは閃桜が所有する輸送船の甲板だ。本来ならコンテナが積み上げられている場所に、3機のギガント・アーマーが片膝かたひざを突いている。現在、水中戦闘用に防水処理と装備の換装が行われている。

 作業員が忙しそうに働く中、沈む太陽の残照ざんしょうが機体を照らす。

 一号機は赤、二号機は緑、そして尊の三号機は青のカラーリングだ。

 識別を示すナンバーと一緒に、桜をあしらった社章が刻印されている。


「……水中戦になるか。当然だな、上陸前を叩くのが一番被害が少ない」


 小さくつぶやき、風に髪を押さえる。

 忙しく暮らしてるせいか、気付けば髪がボサボサに伸び放題だ。そして、伸びるままに放置していると、それが余計に尊を少女だと勘違いさせるのだった。

 夜風は涼しい。

 世界は様変わりしてしまったが、季節だけは毎年同じく巡りくる。

 春の東京湾では、すでに多くの大型船が湾外へ退避を始めていた。

 尊は船内に入ると、すぐに割り当てられた部屋へ顔を出した。


「遅ーい、尊。なにしてたのさ」

「すまん、ちょっと整備の状況を見ていた」

「なにそれ、見てれば作業がはかどるもんでもないでしょ」

「頑張ってくれてる仲間を見ると、負けられないなって思えるだろ」

「ふーん、そんなもんか」


 テーブルの上に組んだ両足を投げ出し、椅子にのけぞって座るのはルキア・ミナカタだ。行儀が悪い。パイロットスーツも、上を脱いで腰で結んでいる。へそ出しのインナーがまるで、スポーツブラみたいで目のやり場に困った。

 だが、12歳の女の子、まだまだ子供だ。

 胸の膨らみだってささやかなものだし、そういう目で見る対象じゃない。

 そう、ルキアは尊にとってはチームの仲間、それ以上でもそれ以下でもなかった。


「おーし、そろったな? 手早く作戦を説明すんぞ」


 写真や資料の張り付いたホワイトボードを、流司がバンバンと叩く。

 この場には他には、広報の女性社員など様々なスタッフが集結していた。深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつは場末の部署だが、他のチームとの連携がなければ戦えない。

 そして、赤字続きの深界獣対策室に好意的な部署は意外と多い。

 皆、多かれ少なかれ、深界獣の登場で大切なものを失っている。

 深界獣と戦い、ラピュセーラーからも街を守る尊たちには、沢山の仲間がいるのだ。

 流司は周囲を一度見渡し、作戦の説明を始めた。


「えー、対獣自衛隊たいじゅうじえいたいと在日米軍は、御台場おだいばに……旧御台場地区に陣取った。上陸してきたとこを叩くらしい。……俺たちは、。以上だ!」


 みんな「えっ」っていう顔をした。

 具体的な話が見えないので、尊も黙って次の言葉を待つ。

 ルキアが、ガタン! と椅子を蹴って立ち上がった。


「ちょっと、流司! ギガント・アーマーって陸戦兵器でしょ。どーしてわざわざ海に入るのさ。それに、深界獣って水の中でも結構自由自在に動くけど?」


 それは尊も気になった。

 ギガント・アーマーは汎用兵器はんようへいきを謳っているが、基本的に陸上での戦闘を想定したものである。空中戦が可能なのは新型の軽量級だけだし、それも短時間に限られる。まして、水中戦となればかなりの用意が必要だった。

 水中では、容赦なく水圧が襲ってくる。

 動きは鈍り、使用できる火器も制限されるのだ。

 そっと手をあげ、流司の視線を拾って尊も意見を述べる。


「水中の不利もそうだけど、流司さん。対自と連携して、御台場に展開した方がいいんじゃないか? それに……ラピュセーラーだって、陸の方が戦いやすいだろうし」


 御台場は現在、閉鎖された廃墟の街だ。

 度重たびかさなる深界獣の襲来で、徹底的に破壊され、再開発も進んでいない。

 無人の街だから、戦闘の成約は限りなく少なくなる。

 人命は勿論もちろん、周囲の建物や施設の被害を気にすることもないのだ。

 だが、静かに流司は首を横に振った。


「御台場地区は10年前に壊滅状態になり、遺棄された……捨てられた街。閉鎖された無人の区画……だと、思うよな? そう言われてるし、それが普通だ」

「違うんですか?」

「……5,000人ほどの住人がいる」

「えっ!? だ、だって、閉鎖されてるんじゃ」


 天災規模の深界獣襲来は、多くの人間から暮らしを奪った。中には、社会的な保障を受けることができず、日常生活が激変してしまった人たちがいる。突如とつじょとして住まいを失い、仕事を失い、生きる手段が閉ざされてしまった者たち。

 全国から、そうした者たちが集まる街……それが今の御台場だと流司は言うのだ。


「ホームレスを中心に、集落が形成されている。政府は知らぬ存ぜぬを通してるがな」

「どうして!」

「金がない。日本中にこうした、捨てられた地区がゴマンとあってな」

「……じゃあ、そこで対自や米軍が動けば」

「確実に、その人たちの暮らしは駄目になる訳だ」


 続けて、広報の女性社員が言葉尻を拾う。

 眼鏡めがねをかけた理知的な印象の女性で、切れ長の瞳がとても涼やかだ。


「閃桜としては、ラピュセーラーを支援しつつ街を守り、深界獣を速やかに殲滅せんめつしていきたいのです。企業としてのイメージもありますしね」

「簡単に言ってくれるな。戦うのは俺たちとラピュセーラーなんだぜ?」

「こちらでも物資の都合をつけたりと、最善は尽くしています。それに……ここにいる全員が、ラピュセーラーのイメージを傷つけたくはないのでは?」


 同感だった。

 尊も黙らざるを得ない。

 正義の巨大ヒロインが、行き場のない民の最後の居場所を戦場にしてしまう……それは避けたい。そんなことになったら、あの優しい宮園華花ミヤゾノハナカは傷付いてしまうだろう。

 だが、ルキアが平坦な声をあげた。


「アタシは別にー? どーでもいーんですけどー」

「おいルキア」

「尊さ、華花の……ラピュセーラーの面倒を見るのは、アンタの仕事じゃん。アタシの仕事は、深界獣と戦うこと。叩いて潰すんだ……徹底的に」


 ルキアの瞳に、暗い光が灯る。

 だが、そんな彼女の頭を、流司はポン! とでた。


「そういう訳で、今回は上陸は許さない。上陸させちまうと、対自も米軍も張り切って馬鹿騒ぎしちまうからな。そうなったら、御台場の名もなき集落は終わりだ」


 この日本に今、国から見捨てられた人たちがいる。

 どうにかギリギリの暮らしをしているのだ。

 ならば、それも尊にとっては守るべき人々だ。

 改めて決意を固めていると、作業着姿の男が手をあげる。整備班の人間で、恰幅かっぷくのいい腹を揺すってタブレットを取り出した。


「えー、"羽々斬ハバキリ"の水中戦用装備ですが、東京湾の水深はせいぜい30m……ま、理論上は深度100mまでの水圧に耐えられます。ただ、攻撃を受けると浸水の恐れがあるので注意してください、っと」


 ハイハーイ、とけだるげに手を上げて、ルキアがジト目で男を見やる。


「武器はー?」

モリ撃ち機……まあ、水中銃ですね。それと、格闘戦用のナイフと」

「……だっさ、ほぼ丸腰じゃない。アタシが普段使ってるアレは?」


 尊と違って、ルキアは鈍重な"羽々斬"で格闘戦を得意としている。彼女にとっては、頑丈な装甲は上手くかされていると言ってもいい。

 ルキアの二号機には、右腕にパイルバンカー、左手にアンカークローが装備されていた。

 合金製ワイヤーで繋がったクローを射出、敵を捉えて引き寄せ、バンカーを打ち込むのだ。


「水中じゃ、パイルバンカーの炸薬さくやくが撃発しないかもしれなくて」

「あ、っそ……まあいいわ。得物はなんでもいいって感じー?」

「す、すみません。あ、尊君の三号機なんだけど」


 自分の名を呼ばれて、尊は己を指差す。

 今回は、あの長大な対物ライフルを持ち歩くことはできなそうだ。例の銛撃ち機で、どれだけ精度の高い射撃攻撃を撃てるか……ただ、後でデータを見た上で使ってみるしかない。


「工作班で、"羽々斬"用のミサイルランチャーを改造して、魚雷を発射できるようにしておいた。音響ソナーも各機に装備済みで、三号機の背面ラッチに搭載しておくから」

「ありがとうございます。……それで、以前申請した話ですけど」


 以前から、整備班には要望を提出してある。

 だが、待てども待てども音沙汰おとさたなしで、そろそろ気になっていたところだ。


「以前、三号機に装備されていた、フォールディング・リニア・カノンの使用許可は」

「あーっ、あれね! うん……その、照奈テリナさんからも使え使えっていわれてるんだけど。ちょっと、再調整作業が難航してて。あと、上の方がなんか許可を出さないんだよね」


 それは、中折式の巨大なレールガンだ。フォトン兵器が主流になった今でも、その威力は絶大である。ただ、取り回しが難しい上に、整備費と維持費が高額らしい。

 三号機は、12年前に尊を助けた最強の必殺武器を、今は取り払われているのだ。

 だが、保護者でもある天原照奈アマハラテリナは言った……今ある機材で戦い抜くことが大事だと。

 こうして、夜のとばりが闇を呼ぶ中、接近する敵を水中で叩く作戦が始まるのだった。

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