2話 少年は森で草取り

 森に入って1時間ちょっと籠には山菜や薬草がまだ半分しか集まってなかった。



「これマジで無理でしょ」

 日も暮れ始めてそろそろ帰らないとまずい時間帯になってきた。

「全然集まってないけど夜の森は危険すぎるからそろそろ帰るとしましょうかな」

 森のクマさんに食い殺される前に森をでようと足を動かそうとするとあることに気づく。



「ん?」

 辺りを見渡すとそこは自分の知らない森の風景だった。



「おかしいな、この森には小さい頃から何度も入って道に迷うことなんて今まで一度もなかったのに、こんなとこ今まで一度も見たことないぞ」

 森は森でもそこには自分の知らない森が広がっていた。



 いつの間にか深いところに入りすぎたのだろうか?

 いやそうだったとしてもすぐにわかるはずだ。

 いくら魔物がいないこの森でも魔物には劣るが凶暴な動物はいる。だからその動物達の縄張りに入らないようにある程度安全なところと危険なところを区切るために目印が色んなところにある。

 いくら集中して山菜を採っていてもそれに気づかないはずがない。



 まずいな……。

 どうする?もう日が暮れ始めているしこの森はかなり深い、魔物はいないが俺からしてみれば凶暴な動物もたくさんいる。

 こんなところでボケっとしててもダメだ。

 とりあえず見覚えのあるところを探さなければいけない、とそう思い、止まった足を再び動かそうとすると後からガサッとなにかの物音がした。



 そろーりとゆっくり視線を後ろにやるとそこには全長3mにもなる巨大な熊が涎を垂らしてこちらを見ていた。



「オゥ……」

 おいおいなんてこった、こういう時に限って!

 頭の中で悪態を吐くと、大熊が大きく鋭い爪を俺めがけて叩きつけてくる。ブンッ!と人間が躱すには到底不可能な速さでだ。



「うわっ! いきなりかよ!?」

 奇跡的に熊の攻撃を躱し、尻餅をつきながらも素早く立ち上がりなんとか逃げ出す。



 ヤバイヤバイヤバイ!

 どうする!?どうやってあんなバケモノから逃げる!?

 熊との距離を離そうと猛ダッシュで走るが熊は余裕な足どりでゆっくりと俺を追いかけてくる。



「クソっ! バカにしやがって自分が走って追いかけるまでもないってか!」

 熊が舐め腐った余裕を見せ腹を立てるが今の状況は完全に俺の劣勢だった。



 連なる木々の隙間を縫い必死に足を動かす。あまり長い距離を走ったわけではないのだが死の緊張感とでも言うのかものすごく息が苦しい。

 体も言うことを聞いてくれず脚がもつれ木の根で転んでしまい、必死の逃走劇も虚しく終わりを告げた。



 焦って体を起こそうとするがそれは無意味だと悟る。

 目の前には既に大熊がいて大きな口を開いて、『造作もない』とでも言うような目で俺を見つめてくる。



 鋭い牙で俺の首元を食いちぎろうとした瞬間、大熊の命は突然絶たれる。

「……え?」

 何が起こったのか状況を理解しようとしたがそれは必要なかった。

 大熊の死体の後には大熊より一回りも大きいイノシシのような見た目をした魔物がいた。

「ま、魔物!?」

 どういうことだ、この森には魔物がいないはずなのになんで!?



 そう思ったがすぐに思考が別のことに切り替わる。



 いや、今はそんなこと考える場合じゃない。

 幸いまだあの魔猪は大熊に夢中でこちらに気づいてない今のうちにどこかに隠れないと。



 息を殺しゆっくりと体を起こし気づかれぬように慎重に踏み出そうとする。が、足を踏み出した瞬間、パキッと木の枝が折れるこぎみの良い音が響く。



「や、やちまったぁぁぁぁぁ」

 まさに絶望。

 まさか自分がこんな馬鹿なことで死ぬことになろうとは思いもしなかった。



 当然魔猪はその音を聞き逃すはずもなくこちらを向き猛スピードで襲いかかってくる。



 "ああ、こうして自分は死んでゆくのだろうか?"

 魔物が襲いかかってくる中そんなことを考える。

 "夢を叶えずして何も成し遂げないで死んでいくのだろうか?"

 完全に心は折れていた。

 "まあ、別にいいか

  このまま生きていても自分の夢は何一つ叶い はしない"

 魔物はすぐ目の前まで迫ってくる。

 "なぜなら自分は農民だから"

 "生きていてもずっと世界を知らないまま小さな村で畑を耕しながら死んでいくのだ"

 "ならここで死んでも別にいい"

 そして魔物の猛突進が俺の軽い体を20m ほど先まで吹っ飛ばす。



「かはっ!」

 ドサッと体が地面に叩きつけられる。

 さっきの魔猪の一撃で全身の骨はグシャグシャに砕け散りもう一歩だって動けそうにもない。



 死んだ、完全に。

 だがまだ不思議と息がある。

 まだ自分は生に縋ろうとしているのか、そう思った。



 ふと、走馬灯のように思い出す。

 小さい頃の思い出、父と一緒に川で釣りをした思い出、母と一緒に父の大好きな魚のシチューを作った思い出、そのシチューを3人で笑いながら食べた思い出、そしていつか自分は騎士になって両親に沢山美味しいものを食べさせてあげるのだと声高々に話す思い出。

 暮らしは決して裕福ではなかったがとても幸せだった。



 死をさまよう中で自分の大切なことを思い出した気がする。

「そうだ……思い……出した……俺が騎士になりたい理由……」

 別に特別な理由ではない。

「父さんと....母さんに美味い.....飯を食べさせて.....でっかーい立派な家を建てて一緒に暮らして......楽をさせてやりたいからだった.....」

 誰もが夢見るようなことだ。

 でも自分の夢の出発地点はそんな他愛のない事だった。



 なんで忘れてたんだろう、こんな大事なこと。いつのまにか騎士になりたいって気持ちだけが先走りしていたような気がする。

 そうだ俺は父さんと母さんを村の人たちを守りたいから、騎士になりたかったんだ。



 ダメだまだ死ねない。

 まだ俺は何も……父さんや母さん、村の人たちに何も返せていない!



「何か……何かないのかないのか……なんでもいいこの状況を打破するなにかだ……!」

 周りに視線を巡らせ、左横に目をやるとそこには1本の黒い刀身と鍔に小さな赤い宝石が埋め込まれた剣が刺さっていた。



「……剣?」

 刻々と落ちていく夕陽の赤い光が黒い剣を照らしていた。

 死にそうだというのにその剣を見て目を奪われた。



 いままで生きた中でこれまでに美しい剣を俺は見たことがない。

「綺麗だ……」

 そんな言葉が自然と口からこぼれでた。



 俺を吹き飛ばした魔猪は俺がまだ生きていることに気づき再び近づいてくる。

「クソッ、また吹っ飛ばすつもりか……」

 もたもたしてる暇はない、そう思い剣に寄り掛かりながら何とかボロボロの体を持ち上げる。

 立ち上がる時、不思議と体に痛みはなかった。



「何も出来ないで死ぬなんて御免だ、せめて一矢報いてやる!」

 剣を地面から引き抜き精一杯の虚勢を張る。

「頼む……力を貸してくれ!」

 剣を強く握りしめた瞬間、剣が白く光出し辺り一面が包まれる。



『やっと必要とされた……創造主ではないけれど、あなたは私を必要としてくれるのですね?』

「……はい?」

 どこらともなく聞こえたその声を聞いてなんとも腑抜けた返事をする俺がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る