3話 不思議な拾い物

『やっと必要とされた……創造主様ではないけれど、あなたは私を必要としてくれるのですね?』

「……はい?」

 あまりにも場違いな透き通るような綺麗な声が聞こえて、俺はそんな返事しかできなかった。



『あなたを私のマスターとして認めます』

「はあ……?」

 よく分からず返事をすると光がやんで目の前には俺と同じ年くらいの綺麗な少女が現れた。

 長い銀髪に水色の綺麗な瞳、白くキメ細やかな肌、身長は160cmくらいだろうか、黒いワンピースに身を包んでいる。



 魔物を前にしているというのにその少女は悠然とそこに立ち、魔猪を見つめていた。



 こんなに綺麗な人は今まで見たとがない。

「なんて綺麗なんだ……」

 ついそんな言葉が口から零れ落ちる。



「ん? あれ、体が痛くない?」

 気がつくとさっきまでボロボロだった体の傷が治っている。

「私のスキルで治癒しておきました」

 少女は敵を見つめたまま俺の疑問に答えてくれた。



「あ、ありがとな。えーと……」

 そう言えば俺はこの娘の名前をまだ聞いていない。

「話は後で今はこの汚物を処理します」

「お、汚物?」



 いや、まあ、確かにどす黒い色と形してるけどこんなの見てもまずその感想は出てこないだろ……普通は怖いとか……。

 てか、さっきからやけに魔猪さんは静かだな。さっきまであんなに俺を殺す気満々だったのに……。



 魔猪の方を見ると魔猪は少女を目の前にして今にも逃げ出しそうな勢いで震えていた。

「は?」

 魔猪の予想だにしない反応に気の抜けた声が出てしまう。



 おい、さっきまでの威勢はどこに行った。この少女が出てきた途端に態度が豹変したぞ。



「さあ下臈、私のマスターに危害を加えるとは良い度胸です。覚悟はできているのでしょうね?」

 少女の言葉を理解しているのか魔猪はブヒッと悲鳴を上げながら後退りした。



「そんなに怖がる必要はありません、すぐ楽にしてあげますからね」

 満面の笑顔と柔らかく、全てを包み込んで許してくれそうな声で少女は言うがなんか全部怖い。

「ブッ!?」

 その言葉を聞いた瞬間、魔猪は回れ右をしてものすごい速さで逃げ始めた。



「"ひれ伏しなさい"」

 しかしそんな魔猪の逃走劇は少女の一言で全て無駄に終わる。少女がさっきとは違う声色で一言だけ呟くと魔猪は地面にひれ伏した。



「な、何が起きているんだ……?」

 目の前で起きていることが非現実すぎて理解が追いつかない。



 いやだって、見た目俺と同い年ぐらいの女の子が4mぐらいある猪の魔物を圧倒しているのだから。



「さあ、そろそろ終わりにしましょうか。マスターも首を長くしてお待ちしていますし」

 少女はとびきりの笑顔をこちらに向けてくる。

「いや全然首なんて長くしてませんよ! どうぞごゆっくり!!」

 首を横にブンブンと振り、何故か敬語で答えてしまう。



「ハイ! さっさと殺っちゃいますね!」

 少女は元気な声で言うと魔猪の方に向き直り、目を閉じて体に黒いオーラのようなものを纏う。



 すぐに彼女の頭上には直径10mほどの大きな黒い球体のような塊が浮かんでいた。

「ま、魔法?」

 今、彼女が目の前で使っている魔法は俺の知らない初めて見る魔法だった。



「死を持って償いなさい」

 少女の言葉に呼応するかのように黒いオーラは魔猪の方に近づいていき、そのまま大きな魔猪の体を飲み込んでいった。

 魔猪は身動き一つせず、ただただ自分が黒いオーラに飲み込まれる瞬間を震えながら待っていた。

 魔猪を包み込むと黒いオーラは霧のように消え、さっきまで居たはずの魔猪は静かに最初からそこにいなかったかのようにいなくなっていた。



「終わった……のか?」

 何とも呆気ない終わり方に実感がわかない。

「はいマスター、残りカスさえ残さず消し去りました」

 さっきとは違う可愛らしい満面の笑で少女は俺のそばに近づいてきた。



「たたたた、助けてくれてありがとう、こんな治癒魔法までかけてもらってなんてお礼をしていいやらららららら」

 こんな可愛い子と面と向かって話すことなど初めてなので最初と最後の言葉が吃ってしまった。恥ずかしい。



「いえ、お礼には及びません。私はただ当然のことをしただけですので」

 彼女は綺麗なお辞儀をしてこちらを真っ直ぐな瞳で見つめてくる。

「い、いやでもお礼はちゃんと言わせてくれ。本当に助かったありがとう」

 お礼を言って、今度はこちらがぺこりとお辞儀をしてみる。

「そんな!! もったいないお言葉でございます!!」

 あたふたして困った様な顔をする。



 ん?おかしいな、なんでこの子は俺に対してこんなにかしこまっているのだろうか?



「……えーと、まずは自己紹介からだな、俺の名前はレイル。この森を出た近くのガリスって村で暮らしている農民だ、よろしく。君は……?」

 まだ少し緊張して目を見れないでたどたどしく話し始める。

「レイル、レイル、レイル、レイル……」

 彼女は俺の名前を聞いて小さな声で何度も声に出して繰り返し始めた。

「あの〜」

「あ、はい私の名前はアニスです。創造主たる魔王様に作られた剣でございます」

 少女は我に返り自己紹介をする。



 ん?おかしいな今魔王って言ったような……。

「そうか〜アニスって言うのか、いい名前だな〜」

「そ、そんな! マスターこそ素敵な名前です」

 恥ずかしそうに顔を赤くしながらアニスは返答する。



 おいまて、今なんて……。

「ちょっと待って今魔王って言ったよね!? どゆこと!?」

 驚きのあまり少し大きい声が出てしまう。

「どうゆうこととはなんでしょうか?」

 アニス困ったように首をかしげて言う。

「えっと君は今、創造主たる魔王さまに作られた剣って言ったよね、君は人間じゃなくて剣なの?」

「はい、私は剣であり悪魔でもあります」



 はいまた問題発言きました〜。

「えっと、君は魔王に作られた剣で悪魔なんだろ?」

「はい」

「大魔王様の剣が何でこんな森の奥にいたの? まさか、この村を襲いに来たとか!?」

「いえ私は魔王様のものではなく今はマスター、レイル様のものです。あと村は襲いません。マスターがやれというのならやりますが……」

 困った顔をしてシレッととんでもないこと言う。

「いや、いい! 大丈夫です!」

 危うく村が消え去るところだった。



 すると突然アニスが沈んだ顔をして黙り込んでましまう。

「あれ、どうしたの? 具合でも悪いのか?」

 心配になって顔をのぞき込む。

「い、いえ大丈夫です。まだ話の途中でしたね。私がこの森にいた理由は……」

 アニスは何かを食いしばるような顔をする。

「ああ!いや別に言いづらいことなら言わなくていいんだ! そうだよな!言えないことの一つや二つあるよな!!」

 彼女の苦しそうな顔を見て捲し立てるような勢いで話しを誤魔化そうとする。



「い、いえ。だ、大丈夫……です」

 アニスはまだつらそうな顔をしている。

「いや本当に大丈夫だよ。また落ち着いて、話したくなったら話してくれればいいよ。さ!暗くなってきたしとりあえず俺の村に戻ろう」

 そう言って俺はアニスの手を無意識に掴み、闇一色に染まる何処とも分からない道を二人で歩いた。

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