伏し目がちな思い

「ブルーちゃん、これ、あそこの席にお願い」

「はい……! ただいまっ……」


 ブルーはギルドの受付担当エメから、料理を受け取りてきぱきと指示された机へと運んでいく。

 夜、ダンジョンから戻ってきた探索者たちでギルドは賑わっていた。

 始業時は受付として機能していたギルドも夜になれば日中仕事を終えた探索者たちを労うべく、賄いを振るう食事場へと姿を変える。

 『ギルドの探索者になれば食いっぱぐれない』そんな話はおそらくここから来ている。ダンジョンの利用料の他にダンジョン内での稼ぎの内一定額をギルドに納めている探索者たちにギルドが施すサポートの一つ。

 出される料理は精々、メインを魚か保存用の乾燥肉のいずれかを選べる程度だが。それでも、ここに集まる彼らにとっては貴重な栄養補給源だ。

 ブルーは主にこの時間帯までの準備と配膳等の仕事を与えられていた。


「それでさ、四階層のあたりに中型スパイダー種の巣があってな……」

「規模はどんなもんだ、大きさによっちゃ、そこそこ人手がいるぞ」


 一仕事を終えたばかりだというのに、聞こえてくるのは次の仕事への情報交換ばかりだ。

 彼らのように身分や財産のない小市民に、その日の稼ぎが明日の生死を分ける。今日の仕事が終われば明日の仕事のこと、ギルドだけではない、この国では贅を貪る上流階級の人間以外はすべからく、先の見えない明日への不安を心の内に潜ませている。


「…………私は」


 ブルーはひとりごち、俯いた。

 ここにいる探索者だけじゃない、シルヴィやシスイも身を削りながら今この瞬間を懸命に生き抜いている。


「ブルーちゃん」


 何かを思い詰めたようなブルーの心中を察してかエメが声を掛ける。


「そろそろ、シルヴィが仕事終わる頃だから、そろそろ準備をお願いね」

「あ、ですね……了解です」


 シルヴィの送り迎え、片足が不自由なシルヴィがダンジョンの中層と地上を行き来することが困難であるため、ブルーに与えられたもう一つ役割。

 元々看護師のシスイが担当していた役割だが、身長差のある二人ではどちらにとっても負担が大きいということで比較的近しい身長(とは言えシルヴィの方が若干低いが)のブルーがギルドにやってきたことで任されるようになったのだ。


「お疲れ様です……お水くださ~い」

 ブルーが軽く身支度を整えているところに先行してシスイが戻ってきた。――随分と疲弊した様子で。


「お、お疲れ様です。報告、聞いてます。今日は、重傷者が三名運び込まれたんですよね……?」

「そうなんだよ~聞いて、聞いてブルー。まだ患者が意識回復しないからさ、おかげさまで、今夜はダンジョン地下に詰めとかないとなんだよ~ご飯食べたらもっかい戻んないと」


 笑いながら語るシスイだが、人の生死に関わっている。当然、心身ともに疲労が絶えないはずだ。


「そんなに……」


 ここ最近、ダンジョンの下層の開拓が進むに連れて重軽傷者の数が日に日に増えている。


「あいつらもそれなりの古参の実力者なんだがな……その分、自分たちが、って気がはやってるんだよ」


 重傷を負ったという探索者の容態を利き、心配そうにうつむくブルーに、近くで食事をしていた探索者が語る。


「確かに魔物の連中はまるで夏の羽虫みてぇにあほほど湧きやがる。けど、実際はそうじゃない。底がある。昔、兵士の鎧だとかに使うってんで、上層にいた火蜥蜴の素材を国からそこそこの値で大量に要求されたことがあってな、探索者がこぞって連中を狩りまくったら、ある日を境に今の今まで足跡一つ見つからんくなった」


 目的はあくまでも魔物から採取出来る素材、狩り尽くして食い扶持が無くなってしまうことは探索者たちは望んでいない。


「以来、極力、同じ場所で毎日狩りをせんために、下層への開拓を進めていくようになったんだ。一応、ギルドが許可してる実力のある連中がだがな。最も、前例を作った連中は率先して潜ってこうとするがな」


 だが、深層へ向かうほど、空気が薄く暗く劣悪な環境に、そんな環境に適応し棲家にした魔物たちはより強力になっていく。


「まあ……なんだ、やらかした連中が、勝手に尻ぬぐいしようとして、勝手に怪我してんだ、嬢ちゃんが気にする事じゃねぇよ」

「そう……ですか……」


 とは言われても、やはりブルーにはやるせない気持ちが募っていく。

 本当に自分には何も出来ないのだろうか、探索者たちは人それぞれ目的や事情があれど危険に身を投じ必死で生きているのに、シスイやシルヴィが色んなモノをすり減らして探索者たちの生活を守っているのに、自分はこのままで……。


「ま、とにかく、シルヴィを迎えに行って上げてよ、あいつもお腹すいてるだろうし」

「あ、そうでした、すいません……! 急いで行ってきます」


 シスイに言われてはっとしたブルーは俯いた顔を上げる。

 なんにせよ、今は自分に与えられた役割をこなす。そう言い聞かせるように、ブルーはダンジョンの入り口へと向かった。


 ――変わらない不安げな表情のまま。


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ダンジョンの救命救急病院 文月イツキ @0513toma

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