一章 コイン一枚分の命
燻銀・シルヴィ
「はい、治療完了っと。浅い傷だけど無理はしないようにね、それじゃあ、お大事に」
今日も今日とて救急センターは賑わっている。
大小問わず、探索者の怪我は日常茶飯事だ。
浅い怪我は気にしない探索者も多いが、中にはシルヴィかシスイどちらかを目当てに些細な理由でやってくる奴も少なからずいるようだ。
こんな風に……。
「へへ、階段で躓いちまってさ」
「二日に一回もこけるようなら、この仕事向いてないんじゃないの。注意力散漫は探索者として致命的よ。ほら、湿布貼ってあげますから、足出して」
「えへへ、いつも悪いね。シスイちゃん」
「燻銀! 見てくれよ、こんなデカイ、ダークバットが手に入ったぜ」
「うん、成果報告なら上で聞いてあげるから、魔物の死骸をこんなとこに持ってこないでもらえるかな。不衛生だって前も言ったんだけど覚えていないなら、一度キミの頭を見てあげたほうがイイのかな?」
シルヴィは診察を名目にフラッとやってくるか顔なじみにも軽口で対応できる程度には余裕がある。
ギルドの尽力もあり、ここ数年の間にブルーのような命に関わる重傷を負った例は日に日に少なくなっている。
とはいえ、月に十件は重症患者がゴーレムによって運び込まれてくるため、シルヴィの手が空く時間は決して時間は多くはない。
「お疲れ様……です。ドクター、シスイさん。エメさんから……お昼の……差し入れです」
「やあ、お勤めご苦労様、受付嬢補佐ブルー殿」
「いらっしゃい、ブルーも一緒に休憩にしましょうか」
そういえば、あの日から半年、ギルド運営メンバーに新しい顔が増えた。
「脚や腕の調子はどうだい? まだ痛みとかが残っているなら、痛み止めとか湿布を出すけど」
「ありがとう、ございます。けど、大丈夫……です。リハビリ、シスイさんと頑張ったから……」
ブルーはこの半年間、ギルドでシルヴィに言われたことをきちんと守り、無事、あの日の大怪我を完治させ、見事退院したわけなのだが、ここにいるシスイ、そして、話にも少し触れたエメからの推薦もあり、ブルーをギルドの一員として迎え入れたのだ。
ブルーの役割は受付譲補佐、といっても主な仕事は、ダンジョンの中にいるシルヴィと地上のエメとのメッセンジャー的なことだ。
他には、地上に届いた物資を病院に運んだりとやはり地上と病院との行き来に関することが多い。
元より傭兵だったため、体力があり、リハビリも兼ねてギルドで体力仕事を真面目に手伝っていたところが、シスイとエメの心を射止めたのだろう。
「エメさんから言伝です……本日、潜行した探索者はニ〇〇人、最大深度は五〇階層までとのことです」
三人はテーブルを囲み昼食に受付嬢から差し入れられたバスケットをつつきながら、午後の予定を話し合っていた。
「ありがとう、少しゴーレムの配備を調整しておくよ」
「最近、探索者の人たち増えてきましたね。これも新しい看板娘の効果なのかな?」
「シスイ……さん……看板娘、なんて……」
実際、ブルーがギルドに顔を出して仕事をするようになってから探索者の足取りは日増しに増えてるな、とシルヴィはここ数日の入場者記録と慌てて恥ずかしがるブルーを交互に見やり、小さく微笑んだ。
それは単にブルーが愛らしい少女である、という以外に、彼女の仕事ぶりが少なからずギルドの運営を円滑にし、ギルド自体の狩場としての評判が上がっていることに起因しているだろう。
いささかブルーは自己評価が低いが、新米の彼女の頑張りはギルドの職員たちから認められている。
「そんなことより、です。探索者の皆さん……一八時には全員撤収する予定です……お迎えは、いつもの時間でいいですか……?」
それはそうと、ブルーの仕事は先程上げた中に、もう一つ重要な任務が与えられていた。
「ああ、いつもありがとう。ごめんね迷惑かけちゃって」
少し申し訳なさそうな表情を見せるシルヴィに、「大丈夫です」と不器用にブルーは微笑んだ。
「ごちそうさま、少し僕は席を外すよ」
「私も……お供します」
「いいよ、一服しに行くだけだから」
二人より先に食事を終えたシルヴィはゆっくりと立ち上がり、一歩一歩立ち止まるように病院の外へ足を運ぶ。
その足取りを見て、ブルーは内心穏やかではいられなかった。
シルヴィの左膝は動かない。
聞いた話によると、シルヴィもまた、かつては探索者だったらしく。その頃に強力な魔物との戦闘で左足を負傷し後遺症が残ってしまったのだという。
なんとか自立することは可能だが、走ることは愚か、些細なことでバランスを崩し転倒してしまう。特にちょっとした段差はシルヴィの行動を阻む大きな障害だ。
ブルーに与えられたもう一つの役割とは、シルヴィが病院とギルドを行き来する際の補助をすること。
以前はシスイがその役割を担っていたが、シルヴィよりも上背のあるシスイではシルヴィにかかる負担が大きかった。そのため、身長がほぼ同じで、かつ体力に優れたブルーが今ではシルヴィの移動には欠かせない存在となっていた。
「あんまり、心配し過ぎないであげてね」
シルヴィが退室し、二人きりになった病院内で、最初に口を開いたのはシスイ。
煙草に出たシルヴィは数分は戻ってこない。
「けど……心配は心配……です。足が悪いのに……こんなとこまで来て、しかも、一人で一〇〇人近くの人を、面倒見てるなんて」
半年ほどシルヴィを見ていて、ただ、優しいだけの医師ではないのだと、ブルーなりに解釈していた。
ただ優しいだけで、体に不自由を抱え、収入も乏しいこんな環境下で医師を続けるなど不可能だ。
「自分以外にやる人がいないからね、仕方ないよ」
一度、ブルーが問うた時、シルヴィはそう答えた。
やる人がいない、それもまた真実だが、それと同じくらい強い意味合いで、やれる人がいない、というのが実情なのかもしれない。
医師という技術も知識も高度なモノを要求される職に就いている人間はこの国には、ほんの一握りもいない。
そも、国から医療行為を認可される程の医師ならば、治療費も言い値でつけられるし、治療したい患者も選びたい放題だ。
ゆえに、この国において医師とは、王族や貴族に並ぶ特権階級と言える。
誰しもが欲するであろう権利を放棄する。あまつさえ、その腕をなんとか生活できるギリギリの賃金で貧しい労働者たちに振る舞う。
「私も詳しい理由は知らないのよね。シルヴィの方が先輩だし。事情を知ってるとしたら、そうね、エメかタイガさんとか……あとは古参の探索者さんたちくらいじゃないかしら」
本人の口からここに来た経緯が語られたことはシスイの知る限り一度もない。
そもそも、姓も出身も、ブルーは無論、シスイも知らない。
ただ一つ確かなのは……
室内に漂っていた四色の光たちはシルヴィが退室する際に半分ほどまとわりついて追いかけていったのを、ブルーの瞳は映していた。
精霊は種類によりけりだが、特定の個人を好んで加護を与えることは稀だ。
ただ、どの精霊にも一つ言えることがある。
「感謝」を忘れない人間を好む。
そんな精霊たちがこぞってシルヴィを慕い従っているのだから。
「いい人……なのは間違いない……と思います」
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