『大きくなぁれ』

 わぁい かわいいなぁ


 小さな芽が出たよ


 ほんとうに 小さな小さな種


 小指の先ほどしかない


 わたしはじょうろで水をやる


 しゃがんで 飽きずにいつまでも小さな命の芽を眺めたよ


 母さんにごはんよと呼ばれるまで ずっと


 また明日ね


 次に会った時には、背丈が伸びてるかなぁ


 わたしってせっかち?


 


 やったぁ 背が伸びたぁ


 もっともっとお水をあげるから もっともっと見に来るから


 もっと大きく 大きく 大きくなぁれ


 わたしの頭を越すくらいになぁれ


 わたしの一番の楽しみ


 それはあなたの成長なのよ




 お前 もうわたしの背を越したね


 ありがとう 君のお陰だよ


 冬を越したら葉をつけるよ


 そしたらもっともっと伸びるからね 見ててね




 それにしても大きな木になったねぇ


 もうわたしがお水やらなくてもよさそうね




 うん 僕はもうひとりで生きていけそう


 お世話はもういいけど 寂しいから会いにきてね


 だって 君は僕のお母さんのようなものだから




 もちろんよ—— 


  


 春が来た


 僕の中にどこからくるのか分からないエネルギーがたぎる


 ぐんぐん伸びて


 数え切れないくらい葉がついて


 お友達がたくさん来たよ


 鳥がやってきた


 やぁうれしいな 立派な木が誕生したなぁ


 ここに巣をつくってもいいかい?


 ああいいとも


 これから仲良く一緒に暮らそう




 こんにちは はじめまして


 あなたの蜜を吸いにきてもいいかしら?


 もちろん 大歓迎ですよ


 仲間が増えてうれしいな


 いよいよ賑やかになってきたよ


 


 でも ひとつだけ心配なこと


 僕のお母さんが あの女の子があまり来なくなったこと


 昔は毎日来てたんだけど


 それが次の年には一週間に一度になり


 また次の年には一ヶ月に一度になり


 ついに 三年前に一度来たのを最後に来なくなった




 ある日 遠目にあの子が道を通り過ぎるのを見た


 もう昔の小さな女の子じゃなかった


 背も伸びて体つきも顔つきも変わっていた


 前のお母さんじゃなくなった




 怖いよ


 こんなの初めてだよ


 ねぇ虫さんたち これはなぁに?


 大嵐だよ


 10年に1度くらいは森の木をなぎ倒すほどのが来るらしい


 もしかしたらそれかもしれない——


 僕は激しく揺さぶられた


 体がちぎれるように痛い


 がんばれ がんばれ


 君が頼りなんだ 虫と鳥たちはそう言って僕を励ます


 雷鳴 大気を引き裂く稲光


 くじけそうな心の中に思い浮かぶのは


 僕の小さな小さなお母さん

 



 

 僕の頭は今降り積もった雪で重い


 冬はやっぱり寒いね


 うん


 静かだ


 虫たちも鳥もうずくまって 言葉数も少ない


 でも君のお陰で暖かいよ


 そう


 ありがとう それだけでも生きている甲斐がある


 僕のお母さんはどうしているのかな


 温かい場所で幸せにしているかな



 


 ものすごく背が伸びたよ


 たくさんの虫たちや鳥に頼られるようになったよ


 枝では鳥たちが憩い


 虫たちは楽しげに歌を歌うよ


 そして春が夏が 秋が冬が


 何度も何度も巡ってきては去っていった




 やぁ


 お久しぶり


 待っていたよ


 お母さん




 ごめんね


 わたしをゆるして




 気にしないで


 僕色々あったんだよ  


 でもみんなに助けられてこんなに大きくなったよ——




 お母さんはやつれて顔色が悪い


 皮膚のあちこに切ったような引っかいたような傷




 お前はえらかったね


 母さんは大人になるなり方を間違えたよ


 わたしにも色々あってねぇ


 人間の世界ではやらなきゃいけないことが多くて


 関わらないといけない人も多くてお前を忘れていた


 でも 色んな目に遭って


 死にたいと思った時 お前のことをふと思い出した


 今になってやってきたわたしをゆるしてね


 長い間お前を放っておいたわたしをゆるしてね





 もちろんだよ


 お母さん


 僕ももう大人だからわがままは言わない


 しょっちゅうとは言わない


 お母さんの来れる時に僕を見に来てね


 あと 死にたいなんて言わないで


 お母さんがそんな目に遭ってるかと思うと


 僕まで枯れたくなる——




 何も言わずに お母さんは僕の幹に抱きつく


 僕もそれ以上何も言わない


 虫も鳥も 黙って僕らを見つめていた




 それからお母さんは しょっちゅう来てくれるようになった


 木陰で本を読んだり


 お弁当を食べたり


 ただ僕に寄りかかって風景を見つめていたり 




 


 お母さん死んじゃった


 人間は寿命が短いんだね


 僕はこれから先 何年生きていくんだろう




 鳥は言った


 君みたいな木なら


 人間に切り倒されなければ何十年


 いや もしかしたら何百年——


 


 大丈夫


 僕は負けないよ


 お母さんいないけど


 毎年頼りにしてくれる虫や鳥たちがいる


 僕がいなきゃだめなんだ


 立ち続けて 葉を広げて憩いの場を提供する仕事があるんだ


 小さかった頃のお母さんを思い出すよ


 昨日のことのように思い出される


 あなたは死んだけど


 これから先も生き続ける僕の中に あなたは確実に存在する




 やぁ かわいいなぁ


 近所に越してきた女の子


 最近いつも僕のそばで遊ぶんだ


 どことなく 死んだお母さんに似てる


 これからも よろしくね




 大きく 大きく 大きくなぁれ


 僕の一番の楽しみ


 それは君の成長なのさ——

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