『お花が笑った』

 お花が笑った

 お花が笑った

 みんな笑った 一度に笑った



 やぁ おはよう 山野さんちの花たち

 今日も一日いい天気だねぇ

 やぁ お向かいの西田さん家の花たち

 ポカポカ暖かくなったね

 いい風も吹いているよ

 でも こう暖かいと美味しいお水もたくさん飲みたいねぇ

 ご主人様がくれるとうれしいな

 そして綺麗だなって言ってくれるとうれしいな



 だってそのために生まれてきたようなものだからね

 僕らは人間に見てもらって 喜んでもらってこその花なのさ

 誰も見ないところで咲いていても寂しいんだよ

 


 おお

 山野さん家の花たち

 奥さんが出てきたみたいだよ

 手にじょうろを持って

 よかったね 

 やぁ うれしいうれしいお水の時間だ

 生き返る

 咲いてよかった

 みんな たっぷりお水を飲んだら思いっきり笑おう

 山野さんのご家族も道行く人たちも

 きっとみんな喜んで笑顔になってくれる

 私たちはあなたたちが愛してくれた分必ず美を返そう

 いつまでも私たちはあなたの可愛いお花さんでいたいな

 子どもの代まで、孫の代まで

 私が枯れてもずっと花がここにいてくれたらいいなぁ



 あれ

 お向かいの西田さん家の花たちが……

 元気がないみたい

 どうしたの

 ああ、山野さん家の花たち

 どうもね 家の人みんなここ最近誰もいないんだ

 旅行にでも行っちゃったのかな

 誰も水をくれないんだ

 雨も降らないし

 僕たちは死にそうだ

 もう あまり持ちそうにないよ

 悔しいなぁ

 こんなしおれた姿じゃ、誰の目も楽しませてあげれない

 もう何の役にも立たない

 こんな姿をさらすくらいなら 早く朽ちて土に帰ったほうがマシだ

 さようなら 山野さん家の花たち



 お花が泣いた

 お花が泣いた

 私らは人から愛されなければ死んでしまう非力な存在

 ごめんね 西田さん家の花たち

 私たちにはどうすることもできない

 ここから動いて水をやりに行ってあげることもできない

 目の前で命が消えていきそうなのに

 何もできないという無力感と絶望感

 死にかけた西田さん家の花たちを見てみんな泣いた



 私たちにできることは何だろう

 せめてしてやれることは一体なんだろう

 そうだ

 左隣りの畑中さん家の花たちも

 右隣の荒井さん家の植木たちも

 どうか一緒に泣いておくれ

 歌っておくれ

 どうか どんどん隣り合っている家の花たちにも伝えておくれ

 みんなで命の歌を歌おう

 愛の歌を歌おう



 呼びかけは町内中の花たちに伝わり

 昼も夜も 夜通しずっと西田さんちの花のために歌った



 次の日の朝。

「お母さん、お向かいのおうちの花さん、枯れてきてるね」

 山野家の5歳になる女の子が、母親に注意を促した。

「あら、ホントだ」

 洗濯物を干していた母は、塀から乗り出して向かいの庭先を見た。

 子どもが教えてくれて、初めて気がついた。



 ……何で、今まで気にならなかったのかしら?



 自分ちのことだけでも精一杯だったのだ、と気付いた。

 何だか、わけもなく胸を締め付けられる思いがした。

「かわいそうに」

 母は、娘と二人で今にも全部枯れてしまいそうな花たちに命の水を注いだ。

「花さん花さん これでまた元気になってね」

 心の中で念じながら、水を降らす。



 お花が笑った

 再び笑った

 笑って元気に

 また頑張るね

 生き返ってまた花を咲かそう



 よかったね西田さん家の花たち

 みんなの願いが届いたね

 心あるお嬢ちゃんが気付いてくれたね

 バンザイ

 人間の笑顔を増やすためにみんなでもうひと頑張りだ

 楽しく春を越え 夏を迎えよう



 数日してやっと帰ってきた西田さんの家族に

 山野さんは花のことを伝えた

 すっかり花のことが意識になかった西田さんは心を痛めた

 ごめんね ごめんね

 ひもじかったろうねぇ

 自分だってごはんを食べなかったらどんな苦しい思いをするか

 西田さんはそれから花のことを気にかけてくれてね

 お世話を忘れないようになったよ

 みんなが幸せ うれしいな




 世界の花たちは皆で歌を歌った



 人間たちよ

 一人ひとりは小さい

 あまりにも非力

 立ち向かう世界が大きすぎて

 自分のことだけで精一杯だろう

 他人のことどころではない時もあるだろう

 世界のどこかで大きな災害があっても

 どこかで何万人が死んでも

 どこかで食べ物がなくて困っていても

 日常を放り出して飛び出して助けに行けるわけではない

 そんなことができる人は少ない

 募金くらいしかできない

 ニュースで惨事を見ては首を振って嘆息することしかできない



 人よ

 気に病むことはありません

 まずあなた自身が幸福であれ

 平安であれ

 そして まずはあなたの身近な人だけでもいい

 助け 力になってあげてください

 それが その地に生まれその地に住むあなたの使命

 世界中のひとがそうするなら

 すべてがカバーできるはず



 大それたことでなくていい

 小さなことから

 小さな気遣いから

 小さな思いやりから

 小さな優しさから

 配ってあげてください

 それが平和への道

 遠回りのようですが実は近回りなのです



 みんなで花園を作ろう

 花を咲かそう

 美しいものを育て

 美しいものを美しいと

 素直に思えるその心で

 互いの足りなきを補い合いましょう



 大丈夫

 人の手に余る大きなことに関しては

 もっと大きなものに任せておけばよいのです

 それが自然であり 世界であり 宇宙なのです



 世界の悲惨を見るたびに 自分に問いなさい

 自分自身が

 そして自分の愛する者が

 今幸せだろうか? と



 花は風に揺れる

 私たちは 人間の幸せを祈りながら咲いていますよ——

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