かみかざり

 15歳。

 成人の儀式を目前に迎えたアポテオーズ王国第一王子アントルシャは悩んでいた。


 屋敷一つが買えるほどの最高級の杖をいくつも飾り立て、調度品も全て一流のものに覆われている。

 そんな眩いばかりの贅を尽くした自室で、彼は一人うめいた。


『エトワルは所詮、妾の子。あなたこそが正当なる後継者なのよ。自信を持ちなさい』 


 母のイザベルに何度そう言われようが、実感する。

 この胸の奥に未だくすぶり続けているのは、強烈な劣等感だ。


 アントルシャ自身、魔術の才能がないわけではなく、むしろ逆だ。

 むしろ王家の血筋と教育。そして彼自身の努力。

 それらによって、一流の宮廷魔術師に匹敵するだけの実力を15歳にして備えている。


 だからこそ、嫉妬した。エトワルは間違いなく天才だった。

 彼のルーン魔術を始めてみた時に、アントルシャの心に芽生えたのは恐怖だった。

 こいつはいつか俺の居場所を奪う存在になるのではないか。

 どろりと粘つく黒い感情が沈殿していくのを感じた。


 幼かったアントルシャは、母に相談することにした。

 あいつは俺を殺す気だ、と。妾の子のくせに王位の簒奪をもくろんでいる、と。

 根拠など無かった。策略など、なかったのだ。

 だだ、アントルシャの心にあった恐怖を母に吐露しただけだ。


 そうしたら、あいつは、エトワルは死んだ。

 誰がどうしたかなんて、俺は知らない。知りたくもない。

 

 ただ、死んだと聞いたときは、本当にほっとした。はじめて息を吸えた気がした。

 だが、消えなかった。

 この胸の奥の劣等感は消えないどころか日に日に大きさを増しているようだった。


「儀式、か……。それだけで、俺は大人になれるのか?」


 アントルシャは呟く。

 成人の義はドラコ山の山頂にて行われる。

 ドラゴンの住む、どの国にも属さない聖山だ。


 ただ儀式を行うだけではだめだ。

 もっと、大きな事を成さないといけない。そうしなければこの胸の痛みは消えない。

 どうやったらエトワルの影は消えてくれるのか。

 俺はどうやったら大人になれるのか。そればかりを、考えている。


……。


 3年生になると、いろいろなことが変わる。上級魔術書の閲覧が許可されるし、調理場など学校で使える施設も増えたり、学校都市にあるニーズー繁華街への立ち入りが許可されたりもする。

 大人へのカウントダウンが始まった。それを皆が感じている。

 どこか浮足立った秋の始まりだった。


「……」

 

 鏡の前でにらめっこしている。朝から半刻ぐらいそうしていた。

 今日はシュシュに誘われて、シエルやシュシュ、そしてアンやメリア、レーネ達とはじめての繁華街に買い物に行く予定なのだ。

 だからこそ、これはとても重大な問題だ。

 

 あれからもう一度髪を切りに行って、前髪を整えた。

 かなりざっくりいかれて、眉よりかなり上になった。

 後悔した。切らなきゃよかった! その日はずっと部屋に籠もっていて、シエルに心配をかけてしまった。

 

 でも、いつものようにシエルに大丈夫だよって言われて、勇気を出して人前に出たら、案外評判が良くて、我ながら単純だと思うけれど、それ以来ぱっつんにされた前髪のこと。

 今では結構好きなんだ。


 で!


 その髪に、飾りをつけるか、つけないか。

 今はそれを悩んでいる。


 帰省から学校に戻る時、誕生日プレゼントとしてソレイユからもらった割と大きな荷物。

 学校に到着してから開けると、手紙と共に、カンパニュールの花を模した小さな髪飾りと、ふわふわしたブラウスにフレアスカートが入っていのだ。


『シエルとお揃いで作った。たまには着ろ。母より』


 そっけない一文だけが、手紙には書かれていてなんだか相変わらずだなって笑ってしまった。


 せっかくソレイユが作ってくれたんだし、はじめての繁華街なんだし、着てみたい。


 でも。


 いつだって、オレは「でも」だ。


 おしゃれって、いつからはじめるんだろう。

 クラスの皆は最近よくおしゃれの話をしている。

 皆はいつから始めたんだろう。


 急に始めて、変って言われたりしないのかな。 

 シュシュだって、来るんだしさ。


 そんなことを考えながら、鏡の前でずーっと!

 着けては外して、髪を弄って。そんな事を続けていた。

 オレ、男なのに何をやっているんだろうって、一瞬思う。


 けど、でも。


 前髪変じゃないかな、とか。

 髪飾り着け無いほうが良いのかな、とか。


 自分の格好がすごく気になるんだ。

 前はこんなに気にならなかったのに、気になって仕方がない。

 

 

 オレは、可愛くなりたいの?

 そう、なのかな。よく分からなかった。

 着けてみたいと純粋に思ったんだ。だからオレは髪飾りを挿した。


「エカルテ。準備できたー?」


 鏡にひょいとシエルの顔が映って、慌てて振り返った。


「う、うわ! シ、シエル!」


「どうしたの? そんなに焦って」


「えっと……ね」


 髪型変じゃない? この服似合ってる? 

 そう、聞きたかったけれど、言うのは恥ずかしかった。

 シエルが不思議そうに首をかしげるのをただ見つめ返した。


「エカルテ、お母さんがくれたの着ていくんだね! すごく似合ってるよ! 髪も、服も!」


 シエルがオレの両手を包み込むように握って、にっこりする。


「あ……」

 

 だめだ。

 口元が、勝手に緩んでしまう。

 にやにやしたら変なのに、オレは、シエルに褒められて嬉しい気持ちがどうしても収まらなかった。


「あ、嬉しそう」


「……う、うん。嬉しい」


 やっぱりシエルには速攻バレて、さっと顔を伏せた。

 なんで嬉しいか、ちゃんと伝えたい。


「耳まで真っ赤だし!」


「だって恥ずかしい」


「ねえ、エカルテ。久しぶりに、おそろいだね」


 シエルの弾んだ声で、まるで世界自体が明るくなったみたいに感じた。

 シエルは黒を基調とした、オレは白を基調とした、それぞれの髪の色と反対のおそろいの服と髪飾り。


「私、ね。シエルとお揃いで、嬉しい。シエルに褒めてもらえて、嬉しい」


 言いたいこと、言えた。

 オレだって、ちょっとはおとなになったし成長したんだ。

 相変わらずシエルの顔は見れないままだけど。


「エカルテー! お姉ちゃんもすごく嬉しいよ!」


「う、うわっ!」


 シエルに正面から抱きつかれて、ちょっと苦しいぐらい抱きしめられる。夏の残り香のような匂いが鼻腔をくすぐった。彼女に抱きしめられたのは、これで何度目だろう。

 彼女は今ではオレより身長が高くなって、体は細いけど、抱きしめられた感触がすごく柔らかくなったきがする。

 女の子の、からだ。

 オレもそうなのかな。


「ちょーっとー? うわ、とかひどいよ! そんなに嫌だった?」


「嫌じゃなくて、びっくりしたから!」


 シエルが顔を離して、オレの顔を見つめる。

 オレがぶんぶんと勢いよく首を横に振ると、シエルはくすくすと笑った。


「冗談だよ。じゃあもう1回抱きしめよっと」


「う、うわっ!」


 もう一度背中に手を回されると、つい、声が出る。わざとじゃないんだ!


「だから、うわじゃないってば! もう!」 


「おーい。お二人さん、いつまでもいちゃいちゃしてないで、そろそろ行くよ? お嬢様を待たせるとあとが怖いからさ」


「もう少し、わたしは見ていたかったです」


 はっ。

 シエルの頭の向こうに、苦笑いを浮かべるレーネと、なぜだか目を輝かせるメリアが居た。

 これは。

 これは恥ずかしい!

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