白雪の歌姫(3)


 薄暗い劇場内。

 舞台上に彼女が現れた瞬間、まるでそこにだけ陽光が差したかのような錯覚を感じた。

 密閉型の場内、主な光源は舞台に据えられたガス灯と、壁に並べられたオイルランプのみ、それらの光量に変化はなく、採光用の窓が開かれたわけでもない。


 それでも、舞台上に立つファナティアの姿が淡く輝いて見えるのは、その銀色の髪と白過ぎる肌と、身につけた銀糸の衣装のためか?


 雪原が夜闇に鈍く輝くように、光を淡く投影する歌姫。その唇が静かに歌を紡ぎ始める。まさに輝くように澄み渡った歌声に、場内の観客たちが一様に息を呑んだ。

 雪の彫像のように冷ややかな姿が奏でる、静かな譚詩曲バラッド

 伴奏もなく、歌声だけであるのに、それは場内のすべてに響いて染み渡る。


 ――〝白雪姫スノーホワイト〟――。


 それが歌姫としての彼女の通り名であるらしいが、なるほど、相応しい号であると、客席の後方に立つコウシロウもまた、込み上げる感歎のままに得心した。


 やがて、彼女の歌声に乗って少しずつ演奏の音色が重なっていく。


 歌とは音曲に乗せて奏でるもの──。

 生まれてから今までそう感じてきたコウシロウとしては、歌声が音曲を率いて響くその音楽に、素直に感動する。


 感動、してしまっているのだ。


「…………でも、何だか、舞台の上だと別人のように大人しいですね」


 歌声に聞き惚れている自分の心情を吟味しながら、努めて軽薄に吐き捨てる。

 明るく賑やかだったファナティアと、今舞台の上でしんみりと静かに歌っている彼女とのギャップに、コウシロウは意識して苦笑う。


 一曲目を歌い終えたのだろう、歌声と演奏が静かに細く掻き消えた。

 そして、数拍の静寂を挟んだ後、奏でられた二曲目は打って変わった軽快なリズム。

 ファナティアの歌声もまた声調を変え、さっきまで氷のごとく冷ややかだった美貌を華やかな笑顔に彩って舞い歌う。

 まさに静から動への音調の変化は、居並ぶ観客たちにも伝わって、その情動を激しく揺らし、場内はすぐに躍動と熱気に包まれた。


 コウシロウはやはり苦笑気味に肩をすくめつつも、ファナティアの歌声に耳を傾け、舞い踊る姿に見入る。


 やがて二曲目も終わり、軽やかな所作で一礼したファナティアが舞台袖に消えたのを境に、コウシロウもまた劇場から外へ出た。


 外はまだ日も高く、コウシロウが陽光に目を細めながら周囲を見渡せば、荒涼と広がる荒れ野に栄える街の光景。

 名前は知らないが、規模はそこそこに大きい。

 そんな街中に建つこの劇場。否、正確にはこの土地に建っているわけではない。

 ドーム状の屋根に覆われた円形の劇場、今出てきたそれを顧みながら、コウシロウは改めて驚きの吐息を深くこぼした。

 正直、こんなに立派な劇場は東方では見たことがない。ましてや、それが巨大な車両の上に建設されているのだから驚愕である。


 移動劇場〝波鎮号ウェイブスィーパー〟。


 二隻の客船を並列に並べ、その中央に劇場を担がせたかのような外観、まさに動く劇場であるその大きさも圧巻だが、それが地上を走る様は最早異様。

 船底部分に並ぶ無数の車輪――帯状に連結された軟装甲が環になったそれは、キャタピラーというらしいが、なるほど、荒れ地を走破するにはただの車輪よりも有効であるようだ。


 今は公演のために停止しているが、乗り物といえば馬車や帆船ぐらいしか見たことがないコウシロウにとって、その移動劇場の存在感は圧倒的であった。


 お上りさんよろしくキョロキョロと、広い階段路を下りて甲板へと至れば、待ち構えていた礼装の男が軽薄に呼びかけてきた。


「どうです、大したもんでやしょ?」


 金色の半仮面ハーフマスクで覆われた顔の中、あらわになった口許が自慢げに笑っている。


「ええ……こんなものが、この大陸では普通に走っているんですか?」


 しみじみと応じるコウシロウに、仮面の男は「おや、そっちですかい」と、肩をすくめつつ、すぐに笑みを戻した。


「蒸気機関は開発されて間もない最新鋭です。まだ帝都でしか実用化されていませんよ。ですから、まだまだ世間じゃ馬車が大活躍です」


 では、そんな最新鋭の動力機関を所有しているこの男は何者なのか? と、疑念の眼差しを向ければ、仮面の男はどこまでも戯けた笑みで飄々ひょうひょうと。


「いや、ほら、あっしはこれでもお金持ちですから」


 そう言って、仮面の団長は手にしたパイプを美味そうに吹かした。


 金色孔雀こんじきくじゃく――それが彼の名であるらしい。


 まさか本名ではあるまいが、いかにも上流階級な礼服に、金色に輝く孔雀の羽根飾りが付いた山高帽をかぶり、同じく金色の仮面で顔を隠して戯ける様は、確かに金色の孔雀といった印象である。


 派手な出で立ちも資産家ならではか、あるいは彼自身も舞台に立つ演者であるのか、いずれにせよ、変わった人物には違いない。


「お部屋とか、問題ないですかい? 不自由が御座いやしたら遠慮なく言ってくださいね」


 のほほんと告げる金色孔雀だが、コウシロウとしては釈然としない。見知らぬ行き倒れに対するこの厚遇、単なる善意なのか?

 それとも──。


 コウシロウの疑念を察してか、金色孔雀はその口の端をつり上げる。


「可愛いファナティアさんの恩人ですからね、軽く扱うわけにはいきやせん」

「恩人というなら、むしろ助けられたのは僕の方ですよ」


 餓死寸前でしたからね──と、自嘲するコウシロウに、金色孔雀は愉快そうに笑声を返してパイプを吹かした。


「それでもね、感謝しているのはホントでやすよ。あの子は目立ちやすから、本来ならちゃんと人を付けておきたいんでやすが……」


 やれやれと溜め息まじりにもらした彼だが、すぐに笑みを浮かべ直すと、大きく両の手を広げて移動劇場を示して見せた。


「あっしが営むこの〝語り部語りテイルズテイル〟は、大陸では結構名の知れた一座でしてね、いわゆる御前公演なんかもやっちゃうくらいなんでやすよ。何せ、大陸一の歌姫と舞姫が両方そろってやすからねえ」


「はいはーい♪」


 底抜けに陽気な返答はコウシロウの頭上から。

 イヤな予感に見上げれば、階段路の上からまたも白銀の髪をなびかせて降ってくるファナティアの姿。慌てて両腕を伸ばしたコウシロウは、今度こそしっかりと彼女の身体を受け止めた。


「どーもー♪ 当一座の看板スターでございまーす♪」


「そ、それを自分で言うのはどうかと思いますが……」


 一瞬口ごもったのは、抱えたファナティアからフワリとこぼれた銀髪に気を取られたため。


「そっか、東方じゃ慎ましさが女性の美徳だっけ?」


 微笑む彼女に、コウシロウは慌てて咳払いする。


「そういう傾向があるのは否定しませんが……とりあえず、いきなり飛び降りてくるのはやめてくださいよ」

「あはは、ゴメンね」


 謝罪の声は悪びれもせず朗らかに、コウシロウの腕から下りる動きも軽やかで、その特徴的な容姿だけでなく、所作のひとつひとつが流麗で華やかに意識を惹きつける。


「おやおや、何事ですかいファナティアさん、今日はまだ出番有りでやんしょ?」


 さして深刻でもなさそうにイサめる金色孔雀。

 指摘の通り、未だ白銀の舞台衣装に着飾ったままのファナティアは、大袈裟に肩をすくめて首肯を返す。


「そ、だから急いで彼に感想を訊きにきたの」


 くるりとダンスのターンのようにコウシロウに向き直ったファナティアは「どうだった? 私の舞台♪」と、可憐な笑顔をまたもズイと近づけてくる。


「いや、ステキでしたよ、感動しました…………それはともかく、どうしてそんなに顔を近づけるんですかあなた」


 酒場の前でも、目覚めた船室でも、たたずむ今は爪先立ってまで顔を寄せてくる彼女は、指摘されて初めて気づいた様子でキョトンと首をかしげる。


「ありゃ? 何でだろ? もしかしたら、キミのこと好きになっちゃったのかも?」


 はにかむように頬を染めて微笑むファナティアだったが、次の瞬間にはもとの朗らかな笑顔に戻って、身をひるがえす。


「それじゃ、次の出番もちゃんと観てね? 絶対だよ!」


 どこまでも軽やかに、それでも驚くほどの俊足で劇場への階段路を駆け上がって行くファナティア。

 深いスリットの入った衣装の裾がヒラヒラとなびき、しなやかな脚線美がチラつく様は艶やかに、思わず目で追ってしまったコウシロウだったが、せっかくなのでそのまま眼福にあやかった。

 華やかながらもボディラインを強調するようなデザインは扇情的で、なるほど、踊り子の衣装なのだな──と、納得させられる。


「ずいぶんと好かれちまいましたねえ……まあ、あの子は誰にでも友好的ですがね」


 いつのまにか傍らでヤンキー座りしてパイプを吹かしていた金色孔雀。その声は抑えるようにやや低く、だが、口許はハッキリと笑みを浮かべている。

 どうや、らさらなるローアングルからファナティアの脚線美を観賞していたらしい。


「うちの女優たちはみんな綺麗な子ばかりですが、中でもあの子は別嬪べっぴんさんですから、グラッときちゃうのはわかりますが、手を出しちゃイケマセンぜ」


 釘を刺しているというよりは、からかっているだけにも見える金色孔雀に、コウシロウは同じく微笑んでうなずきを返す。


「……はは、努力しますけど、正直、僕は美人には弱いんですよね」


 応じる声がかすかに沈んでいたのは疲労のためか、そのまま肩をすくめつつ劇場へと向かう姿は、確かに力ない。


「ねえ、ダンナ、あの子は確かに誰にでも親しげですがね、それでも、ダンナに対しては明らかに特別ですぜ」


 ククク──と、笑う金色孔雀だが、その印象は剽軽ひょうきんさが強く、言葉づかいのせいもあってか、劇団長というわりにどうにも下っ端ぽさが漂う。


(……けど、この人の気配は、何だか……)


 抱いた違和感を持て余しながらも、劇場への階段路を半ばまで上ったコウシロウ。


 ──ふと、ザワめく気配を感じて振り返った。


 金色孔雀もまた怪訝けげんそうに向き直る。


「おやぁ、何の騒ぎですかねぇ……?」


 ザワめきはすぐにハッキリした喧騒になって、地上とをつなぐ大型タラップを上がってきた。

 不作法で無遠慮な足取りでワラワラ甲板上に乗り込んできたのは、ゴツイ体躯を皮鎧に包み、剣に棍棒に、果ては戦斧まで引っ提げた、盗賊団か傭兵団かの二者択一な武装集団。


 その一団の中に、酒場前で見た禿頭を認めてコウシロウは深い溜め息を吐いた。


(……お礼参り? いや……)


 コウシロウが疑念に眉をしかめたのは、ゴロツキ集団の中心に、場違いなまでに着飾った青年の姿を認めたゆえだ。

 着飾るといっても、それは衣服ではなく甲冑である。ひと目で鋼鉄製とわかる騎士鎧、煌びやかな金細工で装飾され、緋織りのマントまでなびかせた姿。鮮やかな金髪に端正な顔立ちをした、いかにも育ちが良さそうな貴族の風貌。

 ガチャリと装甲を鳴らして歩み出たその貴公子然とした青年は、ことさら不愉快そうに顔をしかめて口上を吐いた。


「久しいな金色孔雀、この高貴なるクルーク・エル・バンデルトが参上したぞ。さあ、我が敬愛する〝白雪姫スノーホワイト〟さんのところへ案内してもらおうか!」


 それはまさに口上、まるで自身が舞台に立ってでもいるかのように、大仰な仕種と声音で朗々と叫ぶ青年に、金色孔雀はニコニコと口許の笑みをくずさずに一礼する。


「これはこれはバンデルト卿、こんな辺境の公演にまで御足労願えるとは光栄の至りです。が、部外者を中に通すわけには行きませんぜ」


 輪をかけて大仰に、そして慇懃に応じる金色孔雀。

 対する貴公子は、悠然とした笑顔のまま鼻を鳴らしたが、内心は真逆なのだろう、良く見れば頬が引き攣っている。


「相変わらずシャクに障るヤツだな! ……まあ良い、私は高貴で寛大だからな、庶民の無礼も多少は許そう。そら!」


 ジャランと音を立てて放られた革袋。こぼれ出たのは驚くことに金貨の輝き、ざっと見て三十枚はあるだろうか?


「客として入るのなら文句はなかろう? 釣りはいらぬ、取っておくが良い」


 したり顔で鼻を鳴らすクルーク。

 床に投げられた金額は、ちょっとした店舗ならば丸ごと買い取れるほどはある。この〝語り部語りテイルズテイル〟がどれほど一流かは知らないが、見料としては破格に過ぎるだろう。

 だが──。


「……残念ながらチケットは完全前売り、当日券はございませんし、すでに公演は始まっております。そも、武装した方の入場を許すわけに行きません。どうかお引き取りいただくようお願い致しやす」


「なっ……! これでは足りぬと言うのか!? これだから庶民は、甘い顔をすればどこまでも欲をかきおって……!」


 さもイラ立った様子で床を踏みつける貴公子。


 ふぅ──と、深い溜め息は、黄金の仮面の下、〝へ〟の字に曲げられた口許から。


「お戯れが過ぎやすよバンデルト卿、金の問題じゃありやせん、これは芸を売るあっしらの矜持きょうじでやす。それを踏みにじるのでしたら、貴族だろうが皇族だろうが、客ではありやせん」


 金色孔雀の断言に、笑みをかなぐり捨てた貴公子は不機嫌もあらわに呼気を荒げる。


「芸人風情が! こちらが下手に出ておるからと、つけ上がるな!」


 ああ、あれで下手に出てたんですかあなた──と、コウシロウがあきれている間にも、居並ぶ賊たちは一斉に武器を構える。

 力ずくで押し通るつもりなのだろうか? 何とも嘆かわしいことだ。


(……どこの国にも、こういうヤツはいるもんですね)


 溜め息とともに、甲板へと戻るコウシロウ。

 その姿を認めた賊のひとりが慌てて声を上げた。


「坊ちゃま、アイツです! あの野郎が例の……!」

「その呼び方はよせと言っているだろう!」


 クルークはヒステリックに怒鳴り返しつつも、すぐに澄ました風を作ってコウシロウに向き直った。


「……ふむ、キサマが昨日に私の部下に無礼を為した東方人か?」


 コウシロウの頭から爪先までを見回したクルークは、不自然なほどに余裕振った仕種で前髪を掻き上げる。


「率直に訊こう、キサマ、あの〝白雪姫スノーホワイト〟さんの何なのだ?」


 ビシッと指差して問い質してくるクルーク。だが、コウシロウとしてはそもそも答えになるような関係性を持っていない。


「何……と、言われても……」

「トボケるな! 何でもない者が、私と彼女の逢瀬おうせを邪魔立てしたというのか!?」


 ゴロツキまがいの部下を使って力尽くに誘うのが逢瀬とは、それが正しいなら大陸の文化は何とも野蛮であろう。とはいえ、そこはこの男が無粋なだけなのは瞭然りょうぜんである。


 どうしたものかと肩をすくめるコウシロウを、クルークはざっと見定めるように睨む。


「錆びついたボロ鎧、ボサボサの髪、冴えぬ顔立ち……ふん、いずれを取っても私の高貴さには足下にも及ばぬな! すなわち、圧倒的なまでに歴然と、彼女にはこの私の方が相応ふさわし過ぎる!」


「はあ、そうですか……」


 斜めに腕を組んだ珍奇な姿勢で勝ち誇るクルークに、コウシロウは乾いた苦笑を返しつつ、隣の金色孔雀に小声で問う。


「……いちおう訊きますけど、どういう人なんです?」


「帝都の名門貴族の方なんですが、見ての通りのボンボンです。まあ、大陸一と言われる歌姫ならば熱烈なファンも多くおりやして、中にはこういう困ったちゃんもいるんでさあ…………ナントカには刃物とか権力とか与えちゃダメだっていう見本でやすよね」


 ヒソヒソと応じる口調は、どこかこの状況を楽しんでいるように、金色孔雀は羽根付き帽を脱いで胸に当てると、優雅に一礼する。


「それじゃダンナ、お願いしやす!」


 礼の姿勢のまま、ササッと後ろに身を退く仮面の団長。

 確かにそのつもりではあったけれど、そう当然のように押しつけられるのは少々釈然としない。コウシロウは再度の溜め息も深々と歩み出る。

 仁王立ちで迎えるクルークは「ふん!」と激しく鼻を鳴らした。


「やる気か? この私の高貴な強さに勝てるつもりでいるのか?」


「いえ、やる気はないです。穏便に話し合いましょう」


 あっさり両手を挙げてのコウシロウに、出鼻をくじかれたクルークは大きくつんのめりながらも、踏み留まって腰の長剣に手をかけた。


「ふざけるな! キサマなぞ我が名剣〝マルキュリオン〟の錆にしてくれる!」


 怒声も激しく抜刀するクルーク。

 その明確な戦闘の意思に、コウシロウの眼光が静かに冷えた。


 背後で禿頭の部下が「あ! 坊ちゃん!」と、警告の声を上げる間もあればこそ、コウシロウの左脚が風を切る。

 逆袈裟に跳ね上がった左足と、甲高い音を立てて宙を舞う剣の刃。半ばから蹴り折られた愛剣の無惨な姿に、クルークは上擦った悲鳴を上げた。


「わ、私のマルキュリオンがぁーッ! キサマーッ、これはおそれ多くも皇帝陛下から我がバンデルト家に下賜かしされた由緒ある名剣であるぞッ!」


「ああ、それは申し訳ありません」


 謝罪の言葉と同時に、コウシロウは蹴り上げた左足を袈裟懸けに振り戻す。風を切って首筋に迫るかかとから、クルークは必死に飛び逃れて無様に尻餅をついた。


「な、何なんだキサマは!? 話し合いとか言いおいて、やる気全開ではないか!」

「僕はちゃんと話し合うつもりでしたよ。なのに、いきなり抜刀したのはあなたです。なら、黙って斬られるわけにはいきません」


 じゃあそういうことで──と、追撃に入ろうとするコウシロウ。


「おのれぇッ! オマエたち! やってしまえッ!」


 クルークは背後の部下たちに号令をかけながら、自らも殴りかかってきた。

 部下たちも手にした武器を振り上げて、一斉に襲いかかってくる。

 ただひとり、あの禿頭の男だけがあわあわと狼狽した様子で尻込みしていた。


(……ああ、もう面倒ですねえ。何でそんなに喧嘩好きなんですか……)


 溜め息とともにコウシロウは身構えて──。


 ──中略──。


 コウシロウにブチのめされ、甲板に累々と横たわりもがいている暴漢たち。

 金色孔雀がパンパンと手を叩く。

 すると、どこからともなくワラワラと集まってきたのは数人の人影。

 皆一様に頭から足首までを黒いローブで覆い、白貌の仮面を付けている。一見して不審人物なそいつらは、この一座で働く裏方専門の団員たちだ。コウシロウも最初は奇異な姿に驚いたが、東方でいう〝黒子くろこ〟のような者だと思って得心したものだ。

 子供のように小柄な者や、枯れ木のように細くノッポな者など、体格が極端に特徴的なそいつらは、主人である金色孔雀の指示で、倒れた賊を手際よくスマキにして次々と船外に運び出して行く。


「……お、おぼえておれよーッ!」


 無様に運ばれて行くクルークの捨て台詞が、やけに勇ましく響き渡った。


「やっぱり、良く聞く台詞ですよねえ……」


 ウンザリと溜め息を吐いたコウシロウに、金色孔雀は満足そうに揉み手で歩み寄る。


「いやあ、ファナティアさんの言ってた通りにお強い」

「どうも。でも、良かったんですか? あの人、貴族なんでしょ?」

「ああ、お気になさらず。彼は帝都でも有名な問題児でしてね。五体満足な分には、好きにブチのめして結構──と、彼のお父上からお墨付きを頂戴しておりやす」


 何ともあきれた話だ。我が子の問題を理解しているなら、野放しにする前にちゃんと監督してもらいたいものだと、コウシロウは深々と溜め息を吐いた。


「それよりダンナ、どうですか? このままウチで護衛……まあ率直に言って用心棒をやってくれやせんかね? 報酬は弾みやすぜ」


 何だか無闇にイカガワシイ勧誘に思えるが、実際のところ、コウシロウにとっては文字通りに渡りに船な話だった。

 一文無しでさまよってもまた行き倒れるだけだろうし、街から街へと移動するこの一座に同行するのは、そもそもコウシロウの目的に適うものだ。


「食事と寝床をいただければ、給金は要りません。その代わり、新しい土地に着く度に、自由に動ける時間をもらえませんか?」


 コウシロウの提示した条件に、金色孔雀は何やら思考するように、あるいは面白がるように首を左右に揺らす。


「それは、ダンナがこの大陸にやってきた理由にかかわることなんでしょうかね?」


 金色孔雀の返しに、コウシロウは、別段隠す気もないとばかりにうなずいた。


「ええ、僕はこの大陸に、んです」


 こともなげで、されど真剣なコウシロウの宣言。

 金色孔雀はニヤリと笑った。

 口許はさも楽しげに、けれど、仮面に覆われた目もとが笑っているのかは、わからなかった。


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