二十

 一ヶ月後、クサーヴァの映画『アナンは風車を廻す』が完成した。

 もちろん、この映画製作に、例のアンディの日記は大きな影響を与えた。クサーヴァは製作途中で相当悩んだらしい。

 クサーヴァにとって、ゴルトムント島とは労働を通して人間が人間であることをどこまでも体現している理想の環境であった。しかし、それを作り出した張本人であるシミック教授の判断は、クサーヴァを悩ませた。果たして彼は正しいことをしたのか、それともとんでもないことを仕出かしたのか。

 しかし、歴史は全て偶然より成り立っている、クサーヴァはそう考えることにしたのだ。歴史の流れを一人の人間が制御するなどということは不可能である。全ては偶然の積み重ねによって、偶発的に歴史は作られている。一人一人の人間の、一つ一つの判断の積み重ねが大きな歴史のうねりになっていく。そこに大まかな歴史の方向性があっても、一人の個人が作り上げたものでは絶対にない。非の打ちどころの無い人間などいないし、一人の人間の主張が首尾一貫しないことだったあり得る。だから歴史上の人物を、歴史的文脈の中で絶対的に評価することなど出来ない。

 従ってシミック教授の判断に対して、私たちは絶対的な評価は不可能だ。ましてや、その後のゴルトムント島の歴史の展開は、シミック教授の判断とは無関係なものだ。それは決してシミック教授によって制御された歴史などではあり得ないし、その惨事のために、その後にゴルトムント島で生きた人々の価値が変わるわけではない。

 しかし、事件が起きた背景を考えることは出来る。そこに、その時代に生きた多くの人の、多くの見方があったことを忘れてはいけないし、さらにその中に多くの様々な感情が存在していたことを、我々はもっと想像すべきなのだ。

 クサーヴァは、アンディの日記に書かれている痛ましい事件のことは、この映画には一切関係ないこととした。何故なら、この映画はゴルトムント島の今を描いているのであり、シミック教授をはじめとしたファーストビジターのことを扱ってはいないからだ。


 映画はアナンとクリスが結婚したところから始まる。

 二人は子供も授かり、幸せな家庭を築く。

 アナンは村の農業がより効率的に行えるように風車の建設を始める。風車を作るには、たくさんの人々の協力が必要だ。アナンは村の人々の賛同を得ようとするが、このような得体の知れない物に対して協力は出来ないという意見が大半である。

 アナンは友人のカレルと二人で風車を作り始める。最初は冷ややかに見ていた村の人々も次第にその出来に注目し始め、協力者も現れた。二人の風車に反対する一派は、風車作りを妨害するが、最後に彼らの妨害工作が暴かれ、風車は立派に完成する……


 この映画は、まずその映像のリアルさで人々を大変驚かせた。

 しかし、この映画の本当のすごさは、アナンの監修によって島の人間関係や、島の風習や、その政治形態などがリアルに描かれていることにあった。これらは、今までのゴルトムント島の映画とは一線を画すものとなった。

 これまでゴルトムント島には、まるで未開人が住んでいるようなイメージを、ナルチスシティの人々は抱いていた。ところが、この映画は全く違った。人々はナルチスシティに住む人たちと全く同じような考え方をし、そして行動する。政治形態も効率的で、かつ万民が納得できるような仕組みになっている。確かに、ナルチスシティが持つような技術力はない。しかし、逆に言えば彼らにないものは技術力だけなのだ。彼らには力強い生命力があった。どこまでも生き抜いていこうという力強い意志があった。

 アナンは最初にこの映画を見たとき、みんなかっこ良すぎるよ、と思わず言ってしまった。アナンとて、こんなに力強くゴルトムント島で生きていたわけではなかったからだ。しかし、それは映画のリアルさとは関係がない。むしろ、映像作家としてのクサーヴァの力強さなのだ。彼が心の中で夢想する理想の島、ゴルトムント島。その圧倒的なイマジネーションがこの映画の中にあった。

 映画はナルチスシティで大評判になった。

 この映画の影響で農作業をしたいという者も現れた。ゴルトムント島のような南洋の楽園で同じような暮らしをしようという運動も起こった。クサーヴァの映像作家としての芸術の力は、ナルチスシティを席巻し、人々を深く魅了した。そして、アナンもまたナルチスシティの人々から注目を集める人となった。


 アナンはその後、何度もゴルトムント島のことを思い出した。時には、もう一度島に帰りたいと思った。一人寂しく床に付いたとき、両親や兄弟のこと、そして結婚を約束したクリスのことを想い出し、何度も涙で枕を濡らした。

 しかし、この世の仕組みを知ってしまったアナンにはもうゴルトムント島に帰ることは出来ない。そして、あの楽園のような島の生活が永遠に続くためには、ナルチスシティが存在していることも、そしてもちろん五百年前の悲劇も、やはり伝えてはいけないのだ。アナンはそのことを強く思う度に、このナルチスシティで暮らしていかざるを得ないことを実感するのだった。


 さて、果たしてその後アナンは、ナルチスシティでどのような生活を送ったのであろうか。ナルチスシティに生まれなかったアナンにだって、その後の人生には無限の可能性があるはずだ。

 もしかしたら、スクリプトFの免許を取得し、モッド並みの暮らしを手に入れたかもしれない。そして引き続きファーストビジターの研究をし続けたかもしれない。

 また、ゴルトムント島を思い出し、クサーヴァの元でさらに多くの映像用の3Dライブラリを製作したかもしれない。

 あるいは、ウィンディの元で、風車による風力発電機の製作を行ったのかもしれない。

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