【二十】



「ヌエバさん遅えな」

 頭にバンダナを巻いた男が銃を構えたまま言った。

「さっき向こうで物音がしたような気がしたんだがな」

 もう一人が壁際に寄る。壁のニメートルほど上に一メートル四方ほどの換気口が開いている。格子は外して床に置いてある。

 傍で聞き耳を立てる。

「機械の音が大きくてなにも聞こえねえ」

 バンダナの男の方に振り返った。ぎょっとして凍り付く。男が首を押さえて壁に張り付いていた。換気口を振り返る。

 隊員の銃が男に命中した。ばったりと倒れる。

 換気口からタカノが顔を出す。左右を見回し、床に飛び降りた。後ろに合図すると隊員たちが次々と廊下に降り立ち、正面側へ向かって走り出した。

 通路一つ先の角から光弾が飛んでくる。隊員たちが伏せる。タカノが右手を前に出す。光弾が手前で四方に逸れて行った。

 伏せた隊員たちが放った光弾が飛ぶ。角から悲鳴が上がった。男が二人倒れる。

 班長がレシーバを取り出す。

「こちらブラボー、侵入に成功しました」



 ※



 トキは倉庫の扉をそおっと開けた。内部に誰もいないのは確認済みだ。

 壁際に機材や袋が山積みにしてある。人二人がかろうじてすれ違える程の幅だ。挟撃するには不向きと見たのだろう。

 倉庫の奥の扉に近づくと向こう側にじっと目を凝らした。

 廊下になっている。扉を挟んで右側の角に四人、左側にも四人いる。

 振り向いて隊員に合図した。


 倉庫の扉が廊下側にわずかに開いた。左右の八人が銃を構える。

 小さな円筒形の物体が扉の隙間から三つ、ころころと転がった。通路の真ん中でばん、と音を立てて凄まじい閃光を発した。

 一瞬ひるんだところに続けざまに小さな爆発音がして、廊下はたちまち煙で満たされた。

「撃て撃て!」

 男たちが一斉に発砲するが、目が眩んでいる上に煙の中で狙いがつけられない。

 白い影が煙から飛び出してくる。銃を構えるが、遅い。

 正面の男の喉にジュディのつま先がめり込んだ。振り向きざま裏拳が横の男の顎を捉え、回転した足がもう一人の延髄を打つ。

 狙いをつける前に最後の男の急所に前蹴りが命中した。男たちがばたばたと倒れる。

 反対側の四人も隊員たちの銃撃で次々と倒れた。

 班長が走りながらレシーバを取り出す。

「こちらチャーリー、侵入に成功しました」


「わたし、先行きます!」

 後ろに叫んでジュディが一目散に走り出した。


(こっちだね――あかり、無事でいて!)



 ※



 祭壇に灯った炎の前で両手を組み、ナイアは目を閉じている。

「内部に侵攻してきます」

 背後に座っていたジェンがゆっくりと立ち上がった。

 ふん、と鼻で笑う。

「使い捨ての兵隊を倒していい気になっているな。そろそろ引き返せないところまで入ったころだろう。……ここらで少し痛い目に合わせてやるか」

 ナイアが両手を開き、何かを捧げ持つように左右の肩の上にかざした。

 ジェンが背後からその手を取る。

「同調しろ、お前の目で見る」

 はい、と頷いて心をジェンに向かって開く。


 掌を通じてジェンの意識が流れ込んでくる。

 鉄のような意思。

 熱くたぎる思い。

 自分の心の襞に絡みついてくる、意識。

 ナイアの唇が開いた。


 ああ――ジェン様。




 ※




 広間に出ると石段の上の開口部から男が発砲してきた。隊員が応射する。男は石段の上から転げ落ちた。

 もう二人現れる。タカノが片手を上げて一歩踏み出した。


 タカノの視界にぐわっと巨大な眼が現れた。

「なに!?」

 頭蓋に強烈な圧力がかかる。締め付けられるような頭痛が襲いかかった。


 ――ふはははは、ははははははは。


 思考の内部で笑い声が響く。集中できない。

 周囲で隊員たちが頭を押さえてもがいている。開口部から降りてきた敵が容赦なく発砲する。隊員たちが次々と斃れた。


「この……くそ……め」


 念を凝らそうとするが哄笑に遮られる。

 複数の光弾がタカノの身体を貫き、タカノは仰向けに斃れた。



「くそ……頭が」

 先行していたキタが頭を抱える。

 離れた部屋の扉が開く。


 大柄な男が現れた。顔に稲妻模様のタトゥー。敵だ。


 キタが右手を上げる。男が大きな剣をずらりと抜いた。

 精神攻撃に妨害されて思念が集中できない。

 男が無言で大刀を軽々と振り下ろした。

「ぐっ!」キタの顔が断ち割られた。正面に倒れこむ。

 よろめき、ふらつく二人の隊員をバトンガがあっさりと斬り捨てた。



 ギイはもう一班と別の部屋に飛び込んだところで襲われた。

 凄まじい圧力が強風のようにのしかかってくる。

「くっ!」

 とっさに杖のモードをリバースに切り替える。


 杖から無数の稲妻が迸る。

 雷鳴を轟かせ、稲妻が部屋を、通路を駆け回る。壁や天井の石がはじけ飛ぶ。


 だだーん、という強烈な音がしてナイアのいる部屋の木の扉が吹き飛んだ。


「むおッ!」

「きゃあっ!」


 ジェンが咄嗟にナイアに覆いかぶさった。

 稲妻が一条祭壇に落ち、炎と石片が部屋中に飛び散った。





 トキと隊員たちが我に返った。角を曲がった敵が再び発砲してくる。

 隊員たちが応射する。

「先へ進め!」


 ジュディも頭痛から解放された。

 あかりの方向は。

 波の位置を探る。――あっちだ。

 

 通路を走り抜ける。あの角を――。

 手前で立ち止まった。


(――来たね)



 角からゆっくりと、ネコが姿を現した。





 砂埃が舞う中、ジェンが立ち上がった。

「ふふん、そう来なくては面白くない」

 篭手を構える。念を集中する。


「むん!」


 思念の圧力が再び通路を駆け抜ける。

 ギイが杖を構える。


「はっ!」


 襲ってくる思念が稲妻に変わり、通路を逆に戻って行く。

 ジェンが篭手をかざす。稲妻が篭手に当たり、ジェンの身体が壁まで飛ばされた。


「ふふふ、やりおるわ。――お前はここにいろ」

 ナイアを振り返った。床に伏せていたナイアが上体を起こす。

「ジェン様――」

「大事ではない。少し遊んでくるだけだ」

 にやりと笑って、踵を返した。

「あ――」

 ナイアの手が上がる。


 行かないで、となぜ言えないの。


 ジェンの背中が遠ざかって行く。


 ――なぜ言えないの。


 わたしにはわかる。

 あの人は行ってしまう。――遠くへ行ってしまう。


 ナイアは顔を覆った。







 がちゃっと鍵を開ける音で目が覚めた。

 体育座りのまま頭を伏せていたみつるが顔を起こした。

「あ、あかり起きた?大丈夫?」

 あかりは上体を起こした。首を振ってみる。まだ多少鈍い痛みがある。

「うん――たぶん、大丈夫」

 扉が開いた。銃を手にした男が二人立っている。

「出ろ」銃を振った。

「ちょっと待ってよ。この娘はまだ起きたばっかなのよ!」

 みつるが食い下がる。

「うるさい。出ろ」

 銃を向ける。

 みつるがにらみ付ける。あかりが手で制した。

「行きましょ。どうせ待ってはくれないし」


 白い廊下の突き当りのドアを開けると、階段が地下に通じていた。階段の下はまた岩窟になっている。

 通路を進み、広間を抜けるとまた通路。その先は例の研究室だった。

 みつるの足が止まった。入るのに抵抗があるようだ。

 男が後ろから銃で背中をつつく。

 しぶしぶ足を踏み入れる。


 ガラスが片付けられた例のブースの脇で教授がディスプレイをいじっている。あかりたちが入っていくと顔を上げてにやりと笑った。

「来たね、お嬢さんたち。休憩時間は楽しく過ごせたかね」

「あんたの顔見ないで済んだだけでも楽しいと思わなきゃやってられないわね」

 あかりが毒づいた。

 くっくっく、と教授が陰険に笑う。


「――君は実に優秀な被検体だ」

 手を後に組んであかりをじろじろと見る。


「君のおかげでアスラマータシステムは間もなく完成し、『メディオディア』は殲滅され、人類は救われる。君の協力は歴史に輝く偉大な実験の成果として後世に残るだろう。――名誉なこととは思わんかね」

「何をわけわかんないこと言ってるの、この爺さん」

 みつるが眉根を寄せる。

「自分のことを偉大な科学者だと勘違いしてるただの気違いよ」


 教授の顔から笑いが消えた。


「後世に残したいのはあんたの名前だけでしょ。わかってるのよ。あんたの心にあるのは名誉欲と支配欲、権勢欲とひがみとやっかみよ。その歪んだ欲求を満たすためには何したっていいと思ってるただの自分勝手なエゴイストよ。それもこれも自分の意見が世間で認められないからだわ。こんな秘密基地みたいなとこでこそこそやってるのが何よりの証拠じゃない。――協力なんてまっぴらだわ」


 くふふふ、と笑った。

「言いたいことはそれで終わりかな?――さて、騒々しくなってきたので少々急ごうか。ではさっきの続きと行こう。座りたまえ」

 ブースの方へ顎をしゃくった。

「御免だわ。あんたがやってみればいいじゃない。少しは性格よくなるわよ」

 後から銃を突き付けられた。


「まあ、たぶんそんなとこだろうと思ったからお二人でお越しいただいたのさ」

 男がみつるに銃を突き付けた。

「とっとと座れ」


 教授をにらみつけながらあかりは歯噛みした。


 ――誰か、助けて。






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