【二十一】


 ジュディが少し距離を取った。

 黒のノースリーブに黒のカーゴパンツ。両足の大腿部にホルスターを装着している。

 コンバットナイフだ。ジュディの眼光が鋭くなる。

 ネコは角から出てくると、ゆっくりとジュディに向き直った。

「――お楽しみの時間が来たな」

 無表情に言う。ふっと右手を動かすと、一挙動でナイフが握られていた。

 刃先を前にしてぶらんと下げている。

 ジュディが素早く背中の革袋に手を回す。手が前に出ると二本の棒が握られていた。間が紐で繋がれ、端は鉄の輪で固められている。

「今日は遊びないね。あかり助けに行くね。そこどく気は……ないね」

「まあな」

 左手を前にして腰だめにナイフを構え、ゆっくりと回るように足を運ぶ。

「仕方ないね」

 ジュディが右手で棒を回す。右、左。腰から後ろへ回して正面で水平に構える。

「棒で遊べるほど余裕があるかな」

 ジュディがにやりと笑った。二本の棒の付け根を指で押さえる。ぱちんと音がして棒の先端から五センチほどの刃が飛び出した。

(むっ)ネコが眉を寄せる。

双節棍ヌンチャクじゃないよ、双節槍。――当たると痛いよ」

 ネコの左手が動いてナイフを手にする。両手のナイフを逆手に持ち替えた。

 ジュディが武器を左右に回す。間合いを計る。

 ネコがじりじりと右側に回る。

「はッ!」

 跳ぶようにジュディが踏み込む。刃先が横に空を切る。引いて躱す。すぐに上から棒が来る。左へ躱しながらナイフで弾こうとするが棒の方が早い。腕を引く。

 ネコが前にぴくりと動く。その間に棒が左右を往復する。速い。ネコは踏み込めない。

 棒が空を切って回る。ひゅんひゅんと音を立てながらジュディがじりじりと距離を詰めてくる。

(もう少し来い)

 飛び込むタイミングを計っていた。届く距離、回る速さ、リーチの差。神経を刃先に集中する。

 半歩動く。ネコが踏み込む。棒が回る。右のナイフに当たる。左で喉を狙って繰り出す。下から手の甲。弾かれる。左から棒。跳び下がる。

 にらみ合った。


(ためらいがない――る気だな)

(喉を狙ってる――る気ね)


 ならば。

 とん、とんとネコは軽くフットワーク。相手は右手で棒を使ってくる。左手はフリーか。

 上体を引いて、たっと右足を飛ばすフェイント。棒が振り下ろされる。すかさず左を放つ。掌底に弾かれる。左から刃先。右で弾く。ナイフをくるっと回して下から腹。腰を引くと見せかけて同時に左へ回る。上から刃先が飛んでくる。ひねって躱す。頬をかすめた。

(つ!)

 右から刃が返ってくる。左手で弾き、そのまま顔へ横薙ぎ。反射的にジュディの手が出る。甲をかすめた。

(ちッ!)

 手首が返る。刃先が下から来る。のけぞる。右を出す。左の棒で跳ねる。前蹴り。肘で受ける。前の連撃。左で薙ぐ。きゅっと膝が曲がってナイフが空を切る。

(しまった、フェイント)

 左から刃先、間に合わない。柄で受けたが手に食い込んだ。

(くッ!)

 離れた。

 再びにらみ合う。


 ネコの頬から血が一筋垂れる。手の甲で拭う。

 ジュディの手の甲からも血が一筋。ネコをにらんだまま舌を出してぺろっと舐めた。棒の回転は止まらない。

 ネコの右手から血が滴り落ちる。再び逆手に構えた。


「はいッ!」

 飛び込んでくる。左から顔狙い。掻い潜る。腹を薙ぐ。紙一重。長拳服の端がぴっと裂ける。掌底。顔をかすった。

 再度距離を取る。間合いを詰めようとするがジュディが微妙に距離を取り、常に武器の射程を計っているためなかなか踏み込めない。

(いちかばちか)

 棒の回転と同じ方向にすすっと回り込む。跳び下がる、と見せかけて前へ。ジュディが踏み込んでくるところへ一気に間を詰める。

 右から棒。右の刃で受け、左が返る前に右をそのまま突きだす。掌の前に喉へ届くはず。

 と、棒がジュディの手を離れて首の周りでくるっと回転し、左から刃先が顔に向かってきた。

(!!)

 辛うじて鼻先で躱す。手が下からネコの両手を弾く。

「はいやァッ!」

 鳥の翼のように開いた両手の間から前蹴り。躱す。右手が弾かれた。ナイフが宙を飛ぶ。

「あつッ!」

 首をくるりと回った棒が、体勢を戻す前にジュディの手に戻る。た、たんと踏み込んでくる。右、左。刃先がネコの身体をかすめる。

(まずい!)

 顔に刃が飛ぶ。かがむ。逆から返ってくる。逸らせてそのままバック転。着地と同時に右から蹴り。棒が払う。ブーツに当たってぱあん、と音がする。

 ナイフを持ち替えて横へ薙ぐ。棒が受ける。下から刃先。躱す。ジュディの身体がくるっと回る。下に沈む。足元を棒が狙う。飛び上がる。蹴りを入れる。

 肘で躱される。そのまま前へ。ジュディの肘が胸板に入った。連撃の掌底が腹を打つ。

「うぐッ!」

 跳び下がる。畳みかけてくる。刃先が右、左。上、下。縦横無尽に飛ぶ。避けるのが精いっぱいだ。

(こうなったら――片腕くれてやる!)

 飛び込む。ぱっとジュディが間を取る。棒が左。刃先が腕に刺さる。ナイフを真っすぐに伸ばす。喉、取った!

 棒から手を離したジュディの上体がくるんと裏返る。逆立ちした足がネコの顎を捕えた。すぱあん、と音がする。


 衝撃。一瞬天地を見失う。ふらつく。立て直す。ナイフを落としていた。顔をぶるっと振る。ジュディも棒を落としている。


 ――素手同士か。

 にらみ合う。構える。

 同時ににやりと笑った。踏み込む挙動に二人の足が動いた。


 ぱしいん、と床に光弾がはじけた。


「ようし、そこまでだ」

 角からルスマが銃を構えて出てきた。二人の動きが止まった。

「上出来だ、ネコ。おっつけ手勢が来る。こいつを盾にして正面の奴らを黙らせよう」

「くっ」 

 ジュディが唇を噛んだ。ネコから表情が消えた。

 ルスマがゆっくりとネコの前に出る。

「ちょろちょろよく動く小娘だ。足でもぶち抜いておくか」

 銃を構えた。引き金に指がかかる。


 ふっとネコが飛び上がるとルスマの首筋を手刀で打った。びしっと音がする。

 うっと呻いて銃が手から落ち、ルスマが顎から床に倒れた。


 ジュディの口がぽかんと開いた。ネコが無表情にルスマを見下ろす。


「馬鹿が――人の楽しみを邪魔しやがって」


 ジュディが何か言いかけた時、ばたばたと走ってくる音がした。男が二人向こう側の角から出てくる。

 倒れているルスマを見つけたか、銃を構える。

 ネコが咄嗟にルスマの銃を拾って発砲する。

 一人が倒れた。もう一人が発砲してくる。二人が壁際に避けた。ネコが応射する。


「早く行け!」ネコが叫ぶ。

「ネコ……どうして?」

 ネコは振り向かない。相手が二人増えた。慎重に狙ってまた一人倒した。


「――決着は次回のお楽しみだ」


 槍を受けた腕から血が滴っている。


 ジュディが親とはぐれた子猫のような顔になった。


「行けったら」

 振り向かずに言う。ジュディがネコに背を向けた。


「ありがと、ネコ。――ごめんね」

 ジュディが走り出した。







 広間に出る。

 ギイの杖がぱりぱりと小さな電光を発し続けている。

「敵が来るわ。ここはわたしが押さえるから人質をお願い」

 ヤマギが頷く。隊員たちと共に別の開口部に向かって走った。

 ギイが杖を前に構える。

 通路に向かって念を集中する。空間が歪む。ごおっと衝撃波が返ってくる。

「むう」


 通路からゆっくりと大柄な人影が現れた。

 鋭い眼光がギイを射る。


「あなたが親玉ね」

「そちらも、そんなところのようだな」

「わたしはギイ」

「ジェラ・パ・ジェン」

 杖を構える。

 ジェンが長い剣を抜いた。片手で持ち、腕を開いた。

「参るぞ」

 ごごごご、と室内の空気が鳴る。ずうん、と圧力が来る。

 ギイの杖が稲妻を発した。ジェンが篭手をかざす。稲妻が篭手に当たってジェンがわずかに後ずさった。

「――面白いものを持っているな」

 ギイがにやりと笑った。

「そちらもね」

「このナスカの篭手にはその手の攻撃は効かん」

「どうかしら」

 杖を横にする。

「はあッ!」

 リングから複数の稲妻が迸る。ジェンが篭手に剣をかざす。

 篭手が跳ね返した稲妻が剣から四方に散る。壁や天井に衝撃波が伝わり、ばらばらと石が落ちてきた。

「ふん、やるようね」

「そちらもな――行くぞ」

 ジェンがが上から切りかかった。ギイが体をかわし、杖ではじく。金属音がした。

 ジェンが手を開く。

「ふんッ!」

 圧力が襲い掛かる。杖が電光を放ち、ジェンの篭手に当たって体を押し戻した。

「この杖は精神波を物理攻撃に変えるの。あなたに勝ち目はないわよ」

「その言葉、そっくり返してやろう。俺の剣に勝てるか」

 ジェンが剣を横に薙ぐ。下がったギイの杖から電光が走る。篭手が弾かれる。


 二人がにらみ合った。







 銃につつかれながら少しずつ椅子の方に押されていく。

 あかりはまだ抵抗していたが無駄だった。ついに椅子に足が当たる。


「やめてよ!ねえ!あたしたちが何したっていうのよ!」


 銃を突き付けられながらみつるが叫ぶ。声が半泣きだ。

 教授が下卑た顔で薄笑いを浮かべた。

「別に。まあ、しいて言えば、能力者に生まれた彼女の境遇でも恨むんだね」

 くっくっく、と笑う。

 助手がヘッドギアをかぶせた。手首を固定するベルトに手をかける。


 壁の機械が禍々しく唸り出す。

「くくく、今度は一気にいかんとな。目標値に達する前にお嬢さんが壊れてしまっては意味がないのでね」


 言葉の意味を察してみつるは慄然とした。

 死ぬ。


 ――あかりが、死ぬ。


「やめて!――やめて!」

「黙ってろ」男が腕を掴んだ。みつるが振りほどこうともがく。


「やめてやめて!――!!!」


 絶叫した。室内の空気がびりびりと振動する。

 みつるから広がった見えない波が男を弾き飛ばした。机にぶつかって仰向けに倒れる。

「ぐわっ」「うおおっ」

 教授と助手、そして男たちが頭を押さえてのけぞり、床に倒れた。

 みつるがあかりに駆け寄った。ヘッドギアをむしり取る。

 手首のベルトが外れない。手が震えてうまく動かない。倒れた男が頭を振りながら起き上がる。


「このガキ――」銃を持ち直す。みつるを狙う。

 

 ぶつっと男の腕に小柄が突き立った。おわあっと声をあげて銃を取り落とす。起き上がったもう一人が銃を持ち上げた。

 ジュディが風のように飛び込んできた。

 机を飛び越し銃を上げた男の顔面に全体重を乗せた蹴りを見舞った。壁に激突する。はね返って勢いよく倒れた。

 手首を押さえている男に突進する。左右の正拳が腹にめり込んだ。突き出た顎に下から裏拳。男は仰向けに倒れ、動かなくなった。

 あかりに駆け寄って手首のベルトを外した。

「ジュディ!」

 あかりが抱きついた。

「よかった。あかりもみつるちゃんも無事ね、よかった」ジュディが肩を叩く。

 みつるは安心しながらもどこか呆然としている。

「よかった、けど……何が起こったんだろ」

「みつるの力のおかげ、かも」

 まだ倒れて呻いている教授を見やりながらあかりが言った。

「あたしの……力?」

「みつるちゃんも能力者だったですね。前から知ってましたね」

 ジュディがしれっと言う。

「知ってたの?」頷く。

「あかりの能力が大きいので影に隠れてましたですね。お日様とお星様みたいですね」

「なんかわかったようなわからないような」みつるがくすっと笑った。


 がちゃっと音がした。

 三人が緊張してぱっと振り向いた。



 開口部からバトンガがゆっくりと室内に入ってきた。





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