【十九】


 ギイたちの車は通路を進んで行った。

 天井を見ている。

(このダクトみたいなものは何だろう……転換炉のある方から伸びている。まさか――加速器?)

 左側の開口部手前で車を停め、全員が降り立った。ギイとキタが壁の向こうを見つめる。

 車が六台ある以外、人影はない。

 ギイが頷くとゴーグルを着けた隊員が四人、開口部の左右にさっと分かれた。慎重に内部を窺ってから銃を構え、駐車場に進入する。

 さらに二人が左右に分かれ、内部に歩き出す。さらに二人。

 先頭を行く四人が二つの開口部に分かれて向かう。

 がん、と音がして右側の二人が体勢を崩した。

「ぐわっ!」「がっ!」

 悲鳴が響く。全員が音のした方に銃を向ける。

 誰もいない。

 途端に、部屋の四方八方から無数の石礫いしつぶてが飛んできた。

「馬鹿な! 誰もいないのに?」隊員が叫ぶ。

 石礫は壁に跳ね返り、想定しない方角から隊員たちを襲った。ヘルメットがあるので頭部の直撃は免れるが、それでも当たるだけでかなりのダメージになる。

 たちまち隊員たちの動きが鈍くなる。一人また一人と隊員が倒れた。

 キタが飛び込んで両手を広げた。

 念を集中する。無数の石が空中でぴたりと止まった。

 ギイが入り口に立ちはだかり杖を正面に向けた。

「むっ!」

 思念を凝らす。杖のリングがちかっと光ると一条の稲妻が走り、一台の車の背後に回り込んだ。

 があっと声がして小柄な男がまろび出てきた。

 二人の隊員が銃を発射する。男は一度跳ね上がってから倒れ、動かなくなった。全ての石礫がばらばらと床に落ちる。


「――姿も気配も消したまま念力を使えるのね、なんて奴」

 ギイが構えを解きかけたとき、二つの開口部から一斉に銃撃が始まった。隊員たちが左右に散り、伏せながら応射する。

 片手で杖を構える。光弾が隊員たちの手前で違う方向に逸れていく。

 キタが左右の手を二つの開口部へ向ける。

「はあッ!」

 室内の空気が揺らぐ。見えない力が開口部に圧力をかけた。向こう側でどどっと人が倒れる音がする。

「突入!」ヤマギが叫ぶ。

 隊員たちが二手に分かれて開口部へ突っ込んでいく。


「一気に行くわよ」


 ギイも走り出した。






 蓋が外れ、開け放たれた換気口。

 虫の声。

 周囲の雑草がざわざわと音を立てる。葉を繁らせた無数のつる草が虫のようにうごめきながら換気口の周囲に集まり始めた。

 やがて周囲を埋め尽くすと、先端が一斉に換気口の中へ滝のように流れ込んでいく。

 排水口に水が流れ込むようなぞぞぞおっという音が坑口の中に響いた。


 タカノは換気口の下から横穴を進んでいく。風洞だが立って歩ける高さはある。

 前方に神経を集中していた。五十メートルほどは進んでいる。隊員たちが距離を置いて後に続く。

 風が吹いてくる。目を凝らすと前方に細かい目の金網が見えた。風はそこから噴き出してくる。

 ダクトファンだ。横に扉がある。ノブに手をかけた。


 一番後ろを歩いていた隊員がふと立ち止まった。

「おい」前の隊員に声をかける。「何か聞こえないか」 

 声をかけられた隊員も立ち止まる。背後の暗闇にトーチライトを向ける。

 光の中に床と壁が浮かび上がる。

「何もいないぞ」 

 また前に向き直った。二、三歩進む。

「うわ!」

 背後で声。ざわざわという音。振り向く。

 後ろの隊員が首を押さえてよろめいている。何かが首に巻きついていた。

「どうした!」

 前を行く隊員たちが一斉に振り向いた。

 一人が首に巻きついた草に飛びついた。引きはがそうとするが離れない。腰からナイフを取り出した。刃を立てようとした刹那、一本のつる草がするするっと腕に巻きついた。

「うお!」別のつるが首に巻きつく。「うわあっ」ライトが上を向く。


 通路の天井をつる草が覆い尽くしていた。

 無数の先端が隊員たちに一斉に襲いかかった。

「わあっ」「ぐおっ」


 悲鳴が通路中に響いた。







 トキは思わず背後の鉄格子に飛びついた。

 揺さぶってみる。動かない。

 よく見ると左右の岩壁にレールのような溝が彫られており、鉄格子は上からそこを滑って落ちてきたらしかった。

 上を見上げる。鉄格子自体は三メートルほどの高さだ。

(うかつだった……上に仕掛けられていたのか)

「トキさん!」

 隊員たちが駆け寄って来た。

 前方からくすくすと小さな笑い声が聞こえる。

「来るな! ――誰かいるぞ」

 トキが叫ぶと一斉に鉄格子の手前で立ち止まった。

 倉庫の扉の前、灯りの下にいつの間にか太った男が立っている。

 隊員の一人が銃を構えた。鉄格子ごしに発射する。光弾が男をすり抜けて背後の壁に散った。

「なにっ」

 くっくっく、と男が笑う。

「――手ごわい能力者がぞろぞろっていう話だったから期待したのになあ。雑魚ばっかじゃないか」

 隊員がさらに二人、銃を放った。再び男を光弾がすり抜ける。

「けけけ、ばあか」

 男の姿がふっと消えた。トキが扉に近寄る。男がトキの背後に現れた。

「こっちだよお」

 ぱっと振り向いて拳を振る。空を切った。また姿がない。

「ばあ」

 一番後ろの隊員の背後に現れた。振り向きざま銃を撃つ。また消えている。

「こっちこっち」

 隊列の真ん中、ジュディの前に姿を現した。

「はッ!」

 ジュディが正拳を放つ。男の身体をすり抜けて、前にいた隊員の腹に当たった。うぐっと声をあげて隊員がよろける。

「きゃあ、ごめんなさい!」

「かははは、もっとやれ」また消える。二人前にまた現れた。反射的に銃を持ち上げる。二人がお互いに銃を突きつけ合う。

「うわあ」


「落ち着け!同士討ちになるぞ!」班長が叫ぶ。

 隊員たちが左右を見回す。完全に翻弄されていた。


 ふははは、はっははは、と男の笑い声が洞窟の中にこだました。







「そっちが機械室だ」ヤマギが指をさす。

 三人の隊員が走る。先頭の二人が角を曲がった。

「うわあっ」「おああっ」

 二人が宙を飛んで通路の壁に叩きつけられた。もう一人が角を曲がる。太い腕が隊員の胸ぐらをむんずと掴んだ。ヤマギが銃を構えて角から顔を出す。


 だんだら縞のタトゥーが彫られた半裸の大男がそこにいた。


 隊員が天井近くまでつるし上げられている。ヤマギが発砲した。二発、三発。大男はびくともしない。

 大男がごあっと咆哮するとヤマギに隊員を放り投げた。かろうじて躱す。隊員がぼろきれのように床に投げ出される。

 ヤマギが発砲しながらじりじりと後退する。

「隊長、下がって」

 キタが前に出る。大男が掴みかかる様に飛びかかってくる。キタが両手を前に出す。

「むうっ!」

 念を凝らす。がん、と大男の動きが止まる。粘土の塊をでたらめに捏ね上げたような顔がぐにゃりと歪んだ。笑ったのだとわかるのに時間がかかった。

 ごおお、と大男が唸る。丸太のように太い腕がじりじりとキタに迫ってくる。力が押される。

(こいつ――念力を使うのか!)

 キタの額に汗が浮かぶ。

 必死に念を凝らす。力が拮抗する。

 隊員が背後に回って銃を連射する。大男の力は全く緩まない。

 ナイフを抜くと、瓶のように太いアキレス腱に切りつけた。硬い。

 大男の首がのけぞって力が緩む。

 ――いまだ。


「おおおりゃあああ!」

 キタが吠えた。大男が飛んだ。宙で逆さになって頭から床へ落ちた。岩石同士がぶつかったような音がする。

 逆立ちした体がゆっくりと傾き、地響きを立てて倒れた。振動で足元が揺れた。

 はあはあと肩で息をしてキタががっくりと膝をつく。

 ギイが入って来た。

「キタ、大丈夫?」ぜえぜえと息をしながら頷いた。

「要所要所にえげつない奴を置いてるわね。センサーがずぼらなわけがわかったわ」


「ブラボー、チャーリーと連絡が取れません」

 ヤマギがレシーバを離した。ギイがちっと舌打ちする。


「挟み撃ちにするつもりが――待ち伏せをくらったようね」







 タカノが弾かれたように来た道を戻る。

 メンバー全員につる草が巻き付いている。すでに動かなくなっている隊員もいた。時間がない。

 タカノは目の前に両手を突きだした。


「かあっ!」


 気合いが迸る。隊員たちもろとも空間そのものが停止した。もちろんつる草も動かない。

 空間フリーズ。タカノだけにできる特殊能力だ。

(敵はどこだ)

 周囲を見回す。凍結した空間を避けたつる草の一部が素早くタカノの背後に回る。

 力をキープしたまま振り返る。つる草がつむじ風のように空間で旋回している。草の背後に男がいる。顔に十字のタトゥーが入っている。

「ふん――お前は少しは使えるようだな。待ち伏せは暇でかなわん。お前もとっとと草どもの餌食になれ」

 旋回する草から放射状につるが飛び出す。

 タカノの腕や足につるが絡みつく。首を狙って伸びてくるつるを右手で掴んだ。左手にも絡みつく。

「ぬう……」

 もがけばもかくほどつる草は腕に食い込んでくる。ついに首にも一本のつるが伸びてきた。

「なんだ、その程度しか抵抗できんのか。がっかりだな」

 タカノがにやりと笑った。男が怪訝そうな顔になる。

「――何がおかしい」

「やり方を確かめていたのさ。草に念を通すんだな、初めて見たぜ」

 ふん、と笑った。

「なんだ、そんなことか。感心しただろ。――そのまま死ね」

 男が右手を上げる。

「そうはいかないんだな、これが」

「なに?」動きが止まる。

「お前にできる、ということは」

 男の右手につる草がひゅるるっと巻き付く。「なにっ!?」


「――俺にもできる、ということになるんだがね」


 旋回していたつる草が男に一斉に巻き付いた。タカノに巻き付いていた草も物凄い勢いで男に巻き付いた。首だけでなく顔じゅうに草が絡みついた。

「ぐぉうっ! ――むぐううっ!」

 ぎりぎりと締め上げる。こうなったら力の差だ。

 男の動きが止まる。棒を倒すように男が倒れた。


 フリーズを解除する。

 どさどさっと草もろとも隊員たちが一斉に床に崩れ落ちた。

 動ける隊員が次々と草を引きはがし、仲間を助け起こしていく。

 草でぐるぐる巻きになった男を見下ろした。ふうっと息をつく。


「自身の力を驕ったのがおのれの敗因よ。……OZのPK七人衆をなめるんじゃねえぜ」





「どうしたのかな。もう終わりかい? ――もっと遊ぼうよ」

 太った男が再び扉の前に現れる。

 トキが背後をちらっと見る。隊員たちは動けない。くそ。

「ほらほらこっちだ」

 再び背後にいる。また消える。隊員たちが左右を見回す。銃が出せない。

「ほれ」

 ジュディの前に出る。きゃあっと言って飛びのいた拍子に岩に頭をぶつけた。

「痛!」

 頭を押さえる。鉄格子の前に現れた男の姿がふらっと揺らめいた。

(あれ?)

 姿が再びはっきりする。消える。扉の前にまた現れる。

「正面から来てる連中が片付いたら次は君たちだよ。それまでは僕と遊ぼうね」

 あはははは、と笑う声が響く。


 ふっとジュディは冷静になった。扉の前の男を見る。上から下、足元。


 影がない。


 実体じゃない。幻覚――心理攻撃だ。

 訓練所で習ったことを必死に思い出す。

 ――視界で捉えられない場所から、心理攻撃をかけることは、基本できない。

 

 本体はどこ?


 扉の向こうならトキさんが発見しているはず。

 前じゃなく、後ろじゃない。

 ――上。


 うろたえているふりをしながら、拙い透視力を振り絞る。

 ぼんやり見える。五メートルほど上、岩がせり出して踊場のようになっている場所がある。


 あそこだ。


 袋の中の小柄を握る。この視界じゃ命中しない。銃は?

 岩陰に逃げ道があったらおしまいだ。


 ならば。


 鉄格子の上を見る。高さ三メートル強。

 隣にいる隊員の袖を引く。隊員が振り向くと耳を指さし、手招き。

〈ここで頭の上に両手を乗せて立ってて、絶対動かないで〉

 耳打ちする。手を引いて位置を決めた。隊員が頷く。

 もう一人呼ぶ。一メートルほど位置をずらす。

〈ここで馬になって〉耳打ちする。怪訝な顔になる。

〈馬ですか?〉

〈そう。早く! 動いちゃだめよ!〉

 狼狽しながらも隊員が上体をかがめた。

 様子を見ながらすすっと後退する。もうちょっと。

 男は別の場所に姿を見せている。あと三メートル。


「ほらほら彼女お、逃げちゃだめだよお」

 目の前に男が現れた。狼狽したふりをして後ずさる。ここだ。


 にやっと笑った。男が訝しむ。

 弾かれるように男に向かって走る。姿が消える。

 走る。

 思い切り踏み切る。馬の背で一段。立っている隊員で二段。鉄格子のてっぺんで三段。

 真っすぐ上に飛び上がる。

 踊り場に届いた。

 太った男が振り返って凍り付く。

「はいッ!」

 がら空きのみぞおちに渾身の力を込めた前蹴りが突き刺さった。

「げえ!」

 くの字になった男の足が浮き、岩棚から逆さになって落ちていく。

 途中の岩にぶつかり、トキの向こう側でぐしゃっと潰れた。


 左右の壁を使って鹿のように交互にジャンプしながらジュディが降り立った。


「やった! 助かったよ、ジュディ」トキがジュディの肩を叩いた。

 えへへ、と照れ笑い。


 二人の隊員が鉄格子を持ち上げようとしている、が、びくともしない。

「ダメだ。岩の床にも溝が彫ってあってそこに食い込んでるんだ」

「どいていろ」トキが近寄りながら上着を脱ぐ。

 ぷっと手に唾を吐く。掌を揉んでからぽきぽきと指を鳴らす。

 鉄格子の間の棒二本を左右の手でむんずと掴む。両方に引く。

「ぬう! ……う!」

 腕と肩の筋肉が盛り上がる。と、みるみる膨らんでいく。Tシャツがはち切れそうだ。

 棒がわずかにたわんだ。徐々に間が広がっていく。やがて体が入るぐらいの隙間が開いた。

 トキは手を離して息をつくと、隙間に上半身を横にこじ入れた。両手で棒の片方を押さえ、腕と背中でジャッキのように力をかける。


「ぬおお! おおお! おお!」


 ぎぎぎぎ、と音を立てて間が広がっていく。やがて人が通れるほどに開いた。

「どーだ、この野郎」はあはあと息をつく。


「トキさんすごおい!」ジュディが拍手する。「テレビ出られますね」

「はあ、はあ、馬鹿言え、二度とやるもんか」


 肩を上下させながらトキが吐き捨てた。





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