21.長い夜を越えて

 神聖魔法が最初に確認されたのは、一人の少女が母のために唄を歌ったからだった。

 安らぎと回復を願う唄。後に『聖歌』と名付けられるその唄が特殊なモノであると世間は気がつく。

 そして、彼女――セルギウスは多くの神聖魔法を発言し、それは与えられたものだと主張した。


 『神罰ジャッチ


 現存する神聖魔法の中でも最高峰と名高い魔法である。

 効果は単純。受けた事象を決まった対象に返す。

 だが、発動時間は極端に短く、瞬きの間しか効果は発動しない。その為、攻撃を受ける瞬間を見切る技量が必要なのだ。

 セルギウスは『予知眼』と合わせることで実用性を確保していたが、サウラは自身の持つ見切りの技量によって実戦での使用を確立している。






 『穿牙』の威力が下がったのは不幸中の幸いだった。

 もしも、威力をそのまま返されていれば光陽は意識を保つことなく敗北していただろう。


「恐ろしい技デスガ、経験の範囲内デシタ」


 サウラは光陽へ追撃を行う。彼から放たれる蹴打を光陽は咄嗟に両手で受けた。

 『白尾』で流す事が出来ない。それほどに先程の帰ってきたダメージは深かったのだ。


「グッ……」


 光陽は大きく後方に身体を飛ばされ、再度片膝をつく。

 サウラは休ませるつもりはなく追撃を行う。下から浮き上がるような拳で光陽の身体を浮かせると、間を置かずに回し蹴りを炸裂させた。


「カッ……」


 一つ一つの威力が半端ではない。サウラの打撃を受ける度に地面に叩きつけられたような衝撃が光陽を襲う。


「そこで、寝てなサーイ」


 押し退けるように吹き飛ばした光陽に告げると、サウラはルーへと歩みを進める。

 ルーは未だに傷の修復を続けているが、動けるまで回復していない。


「言葉は要らないのデシタネ」

「まぁな。そもそも、終わっていないからな」

「何を――」

「【白虎】――」


 言葉が背後から聞こえた。光陽はいつの間にかサウラの背後に追い付き、技の初動に入っていた。


「バカナ!?」


 常に警戒していたというのに、彼の接近を感知出来なかった。

 しかし今は――


「『穿牙』」


 咄嗟に振り向いたサウラは『神罰』を構え、事象を反す。既に『穿牙』のタイミングは見切って――


「――ナニ……?」


 光陽の拳がサウラの腹部にめり込んでいた。


「嫌らしい奴だな貴様は」


 知っているだけで対策されるのであれば、『桜の技』は今日まで伝えられていない。






 技を出す前に技を告げる。これには二つの意味がある。

 一つは、肉体と意識の整合性。

 言葉に出すことでイメージをより強固にし、動作によるミスを限りなく減らすことが目的である。

 そして、もう一つが『桜の技』を知る者への対策であった。


「クッ……」


 腹部に加わる一撃は『神罰』のタイミングを完全に外していた。


「【玄武】『一門』」


 流れる様に強い踏み込み。サウラは突き出る光陽の肘に合わせて今度こそ『神罰』を――


「――」


 しかし肘は、トン、と置かれる様にサウラに触れた。刹那、ゼロ距離で発生した衝撃にサウラの身体が吹き飛ぶ。

 【玄武】『重撃』。

 『神罰』のタイミングを外した完璧な一撃はサウラに直撃する。


「【白虎】――」

「コザカシイ!」


 どんな技が来ようとも関係ない。サウラは魔法による身体強化を施し『穿牙』のみに『神罰』を合わせる。それ以外の攻撃は無視する様に拳を繰り出した。


「『白尾』」


 力の向きが変えられ、前のめりにバランスを崩される。下がったサウラの頭部を光陽は蹴り上げた。


「虚と実ヲ――」


 蹴打を真面に受けたサウラは身体が大きく羽上がる。

 力と力は常にぶつかる。それは『桜の技』も例外ではない。

 『桜の技』同士がぶつかった際、互いに持っている情報は同じ。その時、雌雄を決するのは虚と実を上回った方である。


 【玄武】と告げ【朱雀】を使い、【朱雀】と告げ【白虎】を放つ。


 更に虚の中に実を混ぜることで敵は混乱していく。


「【白虎】『流牙』」


 脱力した両腕から放たれる不規則な軌道の乱打を虚と実で混乱しているサウラは捌ききれない。


「クッ……」


 このままでは――

 『流牙』の一発一発は大した事はない。しかし、防御をすり抜ける様な不規則な打撃は受ける度に衝撃が浸透し、ダメージが蓄積されていく。

 これを受け続けるのはマズイ――


「……『100年前の骨』」


 サウラは切り札の一つを切る。

 骨の効果によって『流牙』の乱打が一つづつ丁寧に捌かれ出し、程なくして完全に見切られ、防がれていく。


「――」


 今度はサウラが攻撃に転じる。光陽は向けられる拳を直線的な打撃と見切り、潜って踏み込みつつ、『一門』を。


「『砂塵デザト』」


 踏み込んだ位置が砂化し、『一門』に必要な衝撃がかえってこない。

 明らかな隙を光陽は晒す。サウラは彼の顔を鷲掴みにすると、


「『空槌エアハンマー』」


 炸裂する空気の衝撃を放った。

 光陽は頭を地面に叩きつけられたような衝撃をうけ、言葉も出ないほどのダメージを貰ってしまう。


「――ハッ……」


 それでも光陽は反射的に踏み込んでいた。長年の修練で染み付いた動作から生まれる最上の『一門』をサウラに叩きつけ――


「『神罰』」


 それにサウラは『神罰』を合わせる。それが決定打だった。


「!? ゴハッ!」






 それが何になるのかわからない。

 積み重ね続ける修練。魔物と戦い、実戦で技を合わせる。

 それでも、答えは見つからなかった。

 オレは何のために産まれたのか。何のためにこの世界に存在しているのか。

 修練を続けながら、敵を倒しながら、『桜の技』を極めながら、ずっと答えを探している。

 そこに割り込んできたヤツがいた。

 ルー・マク・エスリンとか言う、変なヤツだった。






 戦いは終わった。

 光陽の放った『一門』をサウラが『神罰』で反す。

 決定的な流れの中で生まれた勝敗は、片方が戦闘不能になったことで決定されたのだ。

 敗者は仰向けで倒れ、衝撃で身体が動かない。勝者はゆっくりと歩み寄る。


「……そう来ると思っていました」


 光陽は仰向けに倒れるサウラに語りかける様に見下ろしていた。


「バカナ……一体……何ヲ――」


 何が起こった? サウラの思考はただそれだけで埋め尽くされていた。

 魔力の反応は全くなかった。『神罰』も完璧に反した。こちらにミスは何もなかったはずだ。だと言うのに――なぜ、ワタシは倒れ、彼は立っている?


「【双神技】『甲牙』。『桜の技』の中の秘奥の一つです」

「ソウジンギ……コウガ?」

「貴方を倒すには、経験も実力も足りない。それでも、オレは……負けられない」


 光陽は、サウラが魔法を使い始めた事で一刻の猶予もない事を悟った。

 故に『神罰』に賭けたのである。


「貴方ならオレの技に必ず合わせてくると思っていました」

「……ワタシの敗けデス」


 実力を半分も出していないとはいえ、身動き一つ取れない状況に追いやられれば敗けを認めざる得ない。

 技の正体も『骨』に刻まれた記憶を見れば判明するだろう。


「決着だな」


 そこへ、動けるようになったルーが割り込む。


「……いい気なものデース。貴女は自らの立場をまるで理解してイナイ」

「理解しているさ。だから、ここに居るんだ」

「『ドラゴン』は世界に二体も必要ナイ。乱れたバランスの修繕を世界は望んでイマス」

「知ってる」

「貴方は知ってイマシタカ? 彼女が『ドラゴン』ダト」


 サウラは光陽に問いかける。


「いえ……ですけど、コイツは悪いヤツじゃありません。ただ――」


 『五柱』。世界を脅かす存在。世界共通の脅威。

 けど、周囲が何と言おうとも、出会った時に聞いた彼女の本音は偽りのないものだ。


「少しだけ、ヒトと歩き方が違うだけの“女の子”です」

「……愚かな考えデース」


 そう言いつつもサウラは光陽の答えに笑っていた。

 すると、サウラの身体が光に包まれ始める。


「『聖人の骨』の転送か。用心深い奴だ」


 『聖人の骨』は何人にも渡ることは許されない。危機的状況に陥った場合、安全な場所へ転移する様にサウラは術式を組んでいた。


「『ドラゴン』を生かス。その選択は世界を敵に回しマース。それと戦う覚悟ガ?」

「この世界次第です」


 世界から孤立して生きて来たのだ。光陽にとって世界と戦い続ける事は今さら考えるまでもない事だった。


「……貴方自身も自覚した方がイイ。その身に宿る……脅威ヲ」


 世界を護る者として光陽の異質にサウラは気が付いていた。そして彼の姿は光と共に消え去っていく。


「……やっぱり、そうなのか」


 光陽はサウラの言葉に薄々感じていた事に確信を持った。






 早朝。早苗は【白虎】の鍛練を続けるべく、紐付きの壺を倉庫から取り出して中庭へ歩く。


「力の流れかぁ」


 『桜の技』は【白虎】【玄武】【朱雀】【青龍】の四大系統に分けられる。

 その中でも【白虎】は力の流れを組む事を主としている。

 その範囲は敵と自身の両方に及び、極めた術は魔法を混ぜることで触れずとも敵の動きを制限する事が可能になるほどだ。


「お祖父ちゃんやお父さんがそうだけど、凄すぎて実感が湧かないなぁ」


 姉は【朱雀】と【青龍】だし、他の人を頼ることはできない。


「何をブツブツ言ってるデース?」

「皆凄いって話――」


 と、早苗はボロボロで座り込んでいるサウラの姿に気がつく。


「……え? サウラさん」

「ハイ」

「何でここにいるの? ん? え?」


 先程まで誰もいなかった中庭にサウラは湧いて現れたのだ。

 しかも、満身創痍。彼がここまで追い込まれるなど今まで見たことがない。


「朝からうるさいぞ早苗」


 そこへ、ゲンサイが現れる。そして、サウラの姿を見てすぐに状況を察した。


「早苗、ケイを呼んでこい。表を掃除しているハズだ」

「あ、うん。わかった。おかーさんー!」


 早苗は治癒魔法を使える母を呼びに行き、場にはゲンサイとサウラだけが残される。


「ここを転移先に設定するなと言っているだろう」

「安全だからデス」


 嘆息を吐くゲンサイはサウラの様子から珍しくヘマをしたと悟る。


「『ドラゴン』か?」

「その前に一つ教えてクダサイ、師父」


 サウラは光陽の存在を改めてゲンサイに尋ねる。

 ゲンサイが時折訪れる地に『桜の技』を持つ存在が居た。無関係ではないハズだ。


「彼はなんなのデスカ?」


 終始魔法を使わず、肉体で体現できる現象のみで戦う存在。常識の外にいる彼は一体、何のために『桜の技』を受け継いでいるのか。


「……アレは我らの悲願だ。いや、罪と言うべき存在でも間違いではない」

「罪……胡散臭いデース」

「フッ、こればっかりは身内にしかわからん価値観だ。だが、お前の様子を見れば形にはなったようだ」

「師父……彼の事はギルドに報告しマス」

「構わん」


 と、遠くから早苗が母を連れて戻ってくる。


「師父、もう一つだけ教えてクダサイ」

「なんだ?」

「彼の名前ハ、光陽で間違いありませんカ?」


 サウラはある極東人から人捜しを頼まれていた。






 サウラさんって世界中を旅するんでしょ? だったら「光陽」っていう、極東人を見つけたら私に教えて。祖父もお父さんも教えてくれないの。

 ナゼ?

 私の兄は故郷では死んだと思われてるから――

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