20.帰ろう

 現れた光陽にルーは思わず泣きつきそうになったが、強く堪える。


「光陽……。全く、来るのが遅かったな。どこで何をしていたんだ?」


 ルーは座り込んだまま負傷した脇腹と肩の傷を塞ぐ様に回復させる。しかし、『聖歌』によって遅々として進まない。


「……ルー」

「なーに?」

「後は任せろ」


 彼はルーを庇うように前に立ってから一度も振り返らなかった。


「だから、お前は休んでろよ」


 光陽はルーに優しく告げる。ルーはこの状況も一人で何とかしなければならないと思っていた。

 それだけの能力を持っていると彼女は自覚している。同時に、サウラ・オーバーンがガロンを超える戦者であることも起因だった。


「あ……」


 サウラに向かって歩いていく光陽の背。それは二度と戻って来ないような――


「こ、光陽!」

「なんだ?」


 彼は振り返らない。


「死んでくれるなよ」

「あの人は強い。けど、時間くらいは稼げる」


 その間に動けるようにしておけと言う意図をルーは理解する。


「二人で帰るぞ」

「――うん」






「話は終わりマシタカ?」


 サウラは間合いを空けたままで光陽に問う。


「声、届くんですね」

「『聖歌』の効果デス。最も、ワタシが一方的に拾って放つだけデスガ」

「30年前……覚えていますか? サウラさん」

「覚えてマース。師父が身内を連れて歩くなど前代未聞デシタカラ」


 光陽はこの地に連れて来られる道中にサウラとは面識があった。

 ほんの数分程度だったが印象に残る出会いであったのだ。


「一度だけ言いマス。退きなサイ」


 サウラは槍を手に持ち、何時でも投げられる様に魔力を溜めている。

 互いにつもる話もあった。たった一歩、横に避けるだけで光陽はいつもの日常に戻れるのだ。

 村の復興を手伝い、ガロン達と此度の戦いを語り合い、サウラと30年前の話の続きが出来る。


「サウラさん。オレはこの一歩に後悔はしないよ」


 光陽は前に歩を踏み出す。


「残念デス……」


 投擲。『裁きの槍』はサウラの魔力によって素材の合金性能と鋭利性能が極端に羽上がり、防御不可の飛び道具として確立している。それが、サウラの投擲技量と風魔法によって類比なき精度と攻撃力を生んでいた。


「【白虎】『白尾』」


 『裁きの槍』は力の流れがほんの少し変わることで大きく軌道を変えた。

 速度は槍持のナイトウォーカーが放った槍術に比べると見切れない程ではない。


「『桜の技』……やはり、技術は伝えられているようデスネ」


 サウラは土魔法にて、次の槍となる円柱を出現させて握る。

 対して光陽は間合いを詰めるためにサウラへと疾走する。


「近づく意味が解らない程、愚かではナイ」


 距離が縮まれば『裁きの槍』を捌く難易度も上がる。それを光陽が解らないハズはない。


「見せてもらいまショウ」


 どのように『裁きの槍』を凌ぐのか。

 次の投槍は今までの中で一番の精度を持っていた。


 避ければルーに当たる。


 光陽は滑るように身を沈めながら減速し、手の甲に角度をつけ通過していく槍に横から僅かに力を加える。


「『白尾』」


 僅かなブレ。しかし、ルーに辿り着く距離に達する時には着弾位置は大きく逸れていく。


「いつ見ても、『桜の技』は神がかりデス」


 光陽はサウラが次の槍を持つ前に間合いを詰める。


「フム……」


 ふと、サウラはある疑問が浮かんだ。

 彼に『聖歌』が効いていない?

 ルーは我慢しているだけだが、光陽に関しては動きも鈍っている様子が全くない。効果そのものが作用していない様に見える。


「切り替えマスカ」


 サウラは戦い方を切り替える。

 どのみち次の槍は間に合わない。光陽とサウラは互いに同じことを判断し、各々の行動に移る。


「『聖人セルギウスの骨』」


 サウラに外見的な変化は全くない。どのような効果が発動しているのかわからないが光陽に出来るのは打ち込む事だけだ。

 サウラは接近してくる光陽の動向に集中し、動きの先を読む。


 『桜の技』は知っている。初動を見逃さなければ後手でも対応は間に合う。

 その時、間合が消失したかのように光陽は急接近。サウラは目測を誤ったと、咄嗟に手が出る。


「!?」


 しかし、サウラの見ていた光陽は最初から居なかったかのように消え去った。

 次に聞こえて来たのは大地を踏みしめる音――


「【玄武】『一門』」


 いつの間にか光陽はゼロ距離まで近づいていた。行動の初動を終え、技を放つところまで進んでいる。その肘撃は、食らえば只では済まないと直感させられる。


「デスガ、遅イ」


 サウラは僅かに後方に下がり『一門』の間合いから外れる。

 数ミリの見切り。魔法に頼るだけではないサウラ・オーバーンの自力が垣間見えた瞬間であった。


「――――」


 ふと、サウラは何かが来ると予感した。

 その間合いはまだ、光陽の間合の中であったのだ。


「打ち抜く」


 その言葉と共に放たれた衝撃は刹那の間に一点を穿つ。

 肉を叩く籠った音が強く響き、受けた対象は只では済まない。


 【白虎】『穿牙せんが


 その技は『桜の技』でも避けられない技の一つだった。






「なるほど。その技の正体は前蹴りか」


 ルーは正体不明であった『穿牙』の本質をようやく理解した。

 【白虎】『穿牙』とは足の拇指(親指)に威力を集中した前蹴りである。

 【白虎】に必要な脱力の状態から放たれる前蹴りは一瞬にして最高潮の威力に達し、振り幅の大きい瞬発力から生まれる速度は目で捉える事は困難を極める。

 30年間、鍛えてきた光陽の足腰から放たれる『穿牙』は正に一撃必殺のレベルにまで性能は引き上がっているのだ。


 だが、技の使用難易度は『桜の技』でも随一でもある。

 前蹴りの攻撃範囲まで敵に接近せねばならず、威力が最高点に達する刹那を相手にぶつけなければならないのだ。

 更に相手の着衣にも威力は左右される。

 それら全てを想定し、間合いを測り放つ。それが『穿牙』に最も求められる技量であるのだ。

 才能がなかった光陽は反復することでその技量を高め、実用に至るまで20年以上の月日を要したのである。

 だが、


「ガハ!?」


 膝をついたのは『穿牙』を受けたハズのサウラではなく、光陽だった。

 光陽は吐血し、胸部には『穿牙』を自分が受けたような痕が残っている。


「越えられぬモノは力や技量ではありまセン」


 高い実力を持つ者同士の戦いにおいて勝敗を左右するモノ。それをサウラは見に染みて実感している。


「『神罰』。情報と経験。その二つにおいて、アナタが劣っている以上の、勝ちはナイ」


 サウラも同じである。自らの特質と魔法を研鑽し、長所と短所を理解し、あらゆる戦いを経験してきている。


「30年程度で、追い付けるほど浅い人生ではありまセン」


 今から50年前。世界を滅ぼそうとした『死眼龍』を討ち取った【英雄】サウラ・オーバーンは今も尚、戦いを続けているのだ。


「…………」


 サウラの言うことはもっともだった。

 彼からすれば光陽は戦士としては未熟もいいところだ。手を伸ばせば届く位置などに居るはずがない。

 しかし、先程の『穿牙』は違和感があった。


「服の下に鎧か……プレートがある」


 間合いの想定は服だけだったが、サウラは更にその下に何かを着込んでいる。それを見誤り『穿牙』の威力は半減したのだ。

 すると、サウラの服の下から原因が落ちた。


「?」


 それはアイドルユニット『ジュエル』のバッチである。


「偉大なる神の前にはあらゆる事象が無意味デース」


 『穿牙』を狙った部位にあったのは、ユニットリーダーのクリスタルのバッチであった。


「…………」

「なんだそりゃ。バカじゃねぇの? 貴様」

「黙れっ! ワタシの神ダ! 愚物!」


 ルーの突っ込みに明らかな怒りを示すサウラ。

 光陽は自身の技量がまだまだ未熟であると考えていた。

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