22.またな

「今、何と言った?」


 ナイトウォーカー襲撃の夜が明けた昼下がり、『聖歌』の効果で戦いの疲労が回復していた面々は、起きると同時に行動を開始していた。


 ガロンたちは村の復興と、周囲の警邏の二部隊に分かれ、エルフたちは炊き出しと狩に必要な矢の作成に勤しんでいた。

 昨晩の戦いでより親密になったエルフたちとガロンたちは各々が出来る役割を率先して行っている。


「クルウェルさんも気づいているハズです。なぜ、師がオレの存在を外部に秘匿するように言っていたのか」


 『聖歌』の効果をただ一人受けられなかった光陽は最低限の治療と睡眠をとってからクルウェルの元を訪れていた。


「魔力を持たないと言うことは、あらゆる存在から透明になるということです。昨晩の戦いでそれが間違いではないと実感しました」


 ナイトウォーカーは元より、サウラも光陽から視界を外した事で接近を見誤る事があった。


 魔法は世界の構築理論。魔力は全ての存在が持つ要素。永い時代を得て確立された、魔力を探知する事で敵を認識する技術は誰もが当然として身につける。

 熟練者ならばどれだけ魔力を抑えようとも探知し、多くの者たちがその裏をかこうと躍起になっている。


「探知に全く引っ掛からない。これはあらゆる備えをすり抜ける事が可能であると言うことです」


 現在の光陽はこの世界全ての存在に対して、確実な接触が可能と言うことだ。それは全ての存在に対して殺意与奪を持つことを意味する。

 それはまるで――


「サウラさんに認識された以上、『五柱』に数えられる可能性もあります。ギルドから通達が来ればガロンさん達が敵に回るかもしれません」


 村の通信機能はまだ戻っていない。しかし、緊急であればどのような形で彼らに指示が出るのかわからない。


「だから出ていくのか?」

「村にはガロンさんたちが必要です」


 魔力を持たず大きな問題となる一人の人間と、復興に必要な一個中隊。どちらを取るかは誰が考えてもわかる。


「ガロンたちは必要だ。だが、光陽。お前は彼らよりも必要だ」


 クルウェルは30年間光陽を見てきた。

 既に彼は村の一員で家族なのだ。それは、何者にも代えられるモノではない。


「お前は同胞を救ってくれた。ワシの家族に関しては三度だ。村の復興は時間をかければワシらだけでも出来る。だが、家族は失えば二度と戻ってこない」


 レインメーカーの時と違い、手段が無いわけではない。


「ガロンたちも話がわからん奴等ではない。口裏を合わせてお前が昨晩の戦いで死んだと言うことにも出来るかもしれん」


 全てが元通りになる可能性は残っている。


「師が言っていました。お前が生まれた意味を証明して見せろ、と」


 光陽はこの地に連れてこられた時の事は鮮明に覚えていた。

 最初は『桜の技』を極める事がそれに繋がる事だと思っていた。しかし、昨晩の戦いで気がついたのだ。


「いくら技を極めても、なにも変わらない自分がそこに居ました」


 結局は何も変わって居ないのだ。幼少の頃の泣きじゃくっていた自分と。

 師から『桜の技』を教えてもらい、世界の歩き方を知った。

 なら、今回の件はきっかけなのだ。


「オレは村を出ていきます」


 その意思を宿す眼は何よりも強く、只の自己犠牲ではないのだとクルウェルは悟った。






 ホーキンスは寺院の屋根部に座り、昨晩の戦場跡を眺めていた。

 木々が薙ぎ倒れた事で出来上がった空間。自分とナイトウォーカーが発生させた土壁の解体作業が行われている。


「調子はどうだ? 妖精娘」


 そこへ、ルーが現れる。Yシャツにミニスカートというラフな服装で長い桜色の髪が風に揺れる。


「問題ないよ」

「そうか。それでは返してもらうぞ」

「何を?」

「『太陽光サンシャイン』だ」


 ルーはゾーンダイバーの空間を脱出する時にホーキンスに貸した魔法の回収に来たのだ。


「返せるものなの?」

「正確には忘れてもらう。この魔法は貴様らには過ぎた代物だからな」


 ホーキンスはルーから教えてもらった『太陽光』の理論を紐解き、火魔法の一種であると判断していた。

 火魔法とは魔力を燃料に熱を発生させ、物質に火をつけるところから始まる。

 発生した火を操ったり、巨大な質量にするのが主なのだ。日常生活から戦闘まで、あらゆるところで活用されている。


 『太陽光』の本質は熱そのものに作用する究極の一つである。

 火や炎と違い、熱は視界に捉える事が出来ない。しかも作用する熱は範囲で指定されていおり、敵の持つ体温を極端に上昇させる事が出来れば、なす術もなく内側から焼くことも可能だ。

 それを詠唱も無しに発動できる事が出来れば、誰にも防ぐことは出来ない。


「この魔法は貴様らにはまだ早い。後、2000年は我慢してもらわなければな」


 攻撃能力を見れば、レインメーカーの水操魔法にも匹敵する能力である。

 ルーはその理論を一時的にホーキンスに貸していた。そして、回収に現れたのである。


「ルーちゃんは『ドラゴン』?」

「そーだよ。貴様らが脅威と見なす『五柱』の一つだ」

「アイちゃんは敗けたの?」

「あっちはまだ戦闘中だ。もたついてる所を見ると、互いにやる気はないようだがな」

「私の一族は『五柱』に滅ぼされたの」


 『妖精族』はある『五柱』の標的となり、一夜で滅ぼされた。


「一族丸ごとってことは『魔剣オリジン』か。使ったヤツも大概だな」

「私はまだ半人前だったから」


 『妖精族』の全滅。なにか重要な理由があるわけでもなく『魔剣オリジン』を持つ者の気まぐれによって滅ぼされたのである。


「『五柱』は全て気まぐれで世界を滅ぼせる。そうでしょ?」

「まぁな。我らの力に制限はない。皆、完結を待つ存在だからな」

「私は二度と家族を失いたくない」


 ホーキンスは一人で居るところを当時のガロンの部隊に拾ってもらった。

 その時から彼らは掛け替えのない家族なのだ。彼らを理不尽な理由で失いたくない。

 今回の件も一人ではどうしようもなかった。『五柱ナイトウォーカー』に全て奪われる所だった。

 『太陽光』はそんな理不尽に抗える唯一の魔法だとホーキンスは認識している。


「だから『太陽光』は返せない」

「知らんよ。そんなこと」


 しかし、ルーはホーキンスの思いを一蹴する。


「『太陽光』を他のヤツもが使えることの方が問題だ。お前たちには過ぎた力なんだよ」


 ルーは己の力を理解している。己の知識を理解している。

 頼まれれば条件次第で手を貸すし、知識も与えよう。しかし、それはこの世界を壊さない範囲でだ。


「技術と知識を見せる者は、それに対して責任を取らなければならない。それが世界を大きく進めるものならば尚更な。無駄に世界を混乱させてワクワクしてるアホは只の思考異常者サイコパスだ」

「だけど!」

「だけど、じゃない」


 その言葉にホーキンスは心の底が冷えたような感覚を感じとる。ルーの向ける眼は静かな怒りを宿していた。

 『五柱』の向ける敵意は万の戦士を萎縮させる。


「一個人が持つ程の魔法として相応しい時代ではないのだよ」


 ルーは忠告しているのだ。


「貴様の言うことは理解できる。だが、これは貴様の大切な者を奪った『五柱』の知識だぞ? 理解しているか?」


 ルーの言葉にホーキンスは自分の求めているものが何であるかをようやく理解した。


「力を求めるのは力に溺れているのと同じだ。これは貴様の求める力ではないだろう?」

「でも、ナイトウォーカーは倒せた」

「アレは氷山の一角だ。ヤツも根は深く、容易く滅ぶ存在ではない」

「でも!」

「貴様には家族がいるんだろ?」


 食い下がらないホーキンスを黙らせるようにその話題を口にする。


「貴様は世界に嫌われるな。二度と失いたくないのなら皆で乗り越えればいい。それは、弱い者にしか出来ない事だ」


 強い者は一人でどこまでも歩いていける。しかし、その果ては誰も観測したことのない虚無だ。

 だから強い者など、一人で歩いていける者など存在しない。誰かが隣の存在を見ておかなければならないから――


「『ドラゴン』は【英雄】に殺される」


 そうする事で誰もが覚えていてくれる。今までの『ドラゴン』は皆、その正しき結末に満足して行った。


「だから、今一度『太陽光』の有無を考えてみろ。貴様は一人で虚無を目指すか、家族と共に世界で生きるかをな」


 ホーキンスは復興作業に勤しむ部隊の面々を見る。答えは迷いなく出た。


「『太陽光』を返す」

「うん。貴様ならそう言うと思った」


 ルーは、この世界に住まうヒトの繋がりの素晴らしさを改めて垣間見た。






「出ていくのですか?」


 寺院で必要最低限の物をまとめていた光陽は、訪れたエキドナを一度見る。


「頃合いだと思ってる。オレとしては師を待つつもりだったが、こっちから【青龍】を教わりに行く」

「二度と帰って来ないつもりでしょう?」

「まぁ、状況次第だな。一応は師を頼るつもりだ」

「私がサウラ・オーバーンに情報を与えたのです」

「ルーのか?」

「はい」


 エキドナはギルドの職員として当然のことをした。しかし、今は後悔している。


「でも……ルーさんは私達の為に戦ってくれた」

「そうだな」


 光陽の魔力に関する件はエキドナも薄々気がついていた。けれど彼から説明がない限りは聞くべきではないと思っていたのだ。


「私のせいで二人は村を出ないといけない事に……本当にごめんなさい」

「気にするなって言うのも無理があるか」


 彼女は責任感が強い。それが長所であるが短所でもある。


「エキドナ」

「はい……」

「十分に悩め。後悔もして、徹底的に考え続けろ。今日を絶対に忘れるな」


 エキドナは涙を堪えて返事をする。


「それで、どこかでオレとルーが生きていると知ったら笑ってくれ」

「……え?」

「ただ覚えてくれるだけでいいんだ。オレはたちは確かにここに居た。それだけでいいんだ。だから、お前は何も悪くない」


 涙を流す彼女の頭を慣れたように優しく撫でる。昔、からミナよりもエキドナの方が良く泣いていた。






 夕刻になり、皆が作業を止めて昨晩の戦いに華を咲かせている頃、光陽は傷の治療の為に席を外すと告げて寺院から必要最低限の荷物を持つ。


「30年間か……」


 物心つく頃に連れられて、鍛練を始めた時は逃げ出したくてしょうがなかった。

 師は厳しかったし、恨んだことも多々あった。けれど、今この場に生きているのは師の教えがあったからだ。

 レインメーカーを倒し、ナイトウォーカーとの戦いを生き延び、サウラさんと拳を交える事ができた。

 名残惜しいと言えば嘘になる。出来るものなら離れたくはない。


「いつまでも子供のままじゃいられないな」


 子供はいつか、親元を巣出たなければならない。それは誰かに手を引かれては意味がないのだ。


「ししょー!」


 寺院を出たところでミナが立っていた。


「あっちで皆騒いでるぞ。あと、師匠と呼ぶなと何度も――」

「わたしもついていく!」


 ミナは何かを察しているようだった。誰かに聞いたわけではなく、直感で光陽が出ていくと察していた。


「……ミナ。オレはな――」

「ついていくから! ししょーがなんて言ってもついていく!」


 誤魔化しの効かない様子に光陽はどうしたものかと途方にくれた。


「だって、帰ってこないんでしょ?」


 今にも泣き出しそうな様子でミナは呟く。


「帰ってくるよ」

「うそ!」

「こらこら。勝手に決めつけるんじゃない」


 うー、うー、とミナは光陽を行かせまいとしがみつく。


「……わかった、わかった。ミナ、お前を弟子にする!」

「え! ほんと?」

「ああ。オレは用事で少しの間、村から離れるが、戻ったら【玄武】を教えてやる」


 ぱぁ、とミナの表情が明るくなる。


「ぜったい? ぜったいね!」

「ああ。だから、オレの代わりに寺院と皆を守っててくれ」

「わかりました! ししょー!」


 光陽はミナの頭を一度撫でると歩き出す。


「またな」






 話をしなかった者もいたが、これでよかった。

 見送られるような立派な事ではないし、どこか恥ずかしい。


「……『一門』は覚悟するか」


 この地で鍛練を続けろと言う師の指示を破った上で師を頼るのだ。それ相当の制裁は覚悟しなくてはならないだろう。


「物騒な事を言っているな」


 肌を撫でる風を感じると、次にはルーが飛行して光陽の傍に降り立つ。


「用事は終わったのか?」

「ああ。そっちは別れは済ませたのか?」

「まぁな。色々と予定が変わりそうだが、やる事に変更はない」

「そっか。我の方は正直言ってワクワクしてるよ」


 ルーは街道に続く道を先歩くように光陽の前に出る。


「本当に良いのか? お前はもっと遠くまで行けるだろ?」


 昨晩、サウラを倒した後、光陽は村を出るとルーに告げていた。すると彼女は共に行くと返したのだ。


「果てまで飛んでいける。だが、光陽との旅は今しか出来ないからな」


 そう言いながら無邪気に笑うルーはこれからの旅を何よりも楽しみにしていた。


「暢気な奴だ」

「ふふん。まぁ、敵としても脅威は固まっている方が何かと助かるだろうからな」


 光陽もルーも、その存在はギルドに知られている。敵が来るなら固まっている方が良いだろうとルーは悪い笑みを浮かべた。


「それに何かに追いかけられるのも旅の醍醐味だろう?」

「知らん。ただ、厄介ごとは少ない方が良いに決まっている」


 そもそも追いかけてくるのが、世界でも最大勢力を誇る組織ギルドだ。

 戦時中という事で幾分か動きは鈍っているだろうが、それでもサウラやガロンに匹敵する強者を差し向けられる可能性は十分にある。

 更に最悪の事態――師も敵に回る可能性も考えておかなければ。


「夜はどうするんだー? 野宿?」


 光陽の心配事もどこ吹く風にルーは暢気に次の事ばかり考えていた。そんな彼女の様子に光陽も、今先の事を考えてもしょうがないと、その考えは一旦打ち切る。


「コートに包まって寝る。ちなみにお前の分は無い」

「なるほど確信犯だな。仕方ない、添い寝をしてやろう」

「お前が一着燃やしたからだろうが!」

「まぁ、そう言うな。ちゃんと抱きしめたやるから、それでチャラな」

「本当にめんどくさい奴だなお前」

「ふふん♪」


 魔力を持たぬ青年と竜の少女は、世界を知る為に自分たちの足で歩き始めた。






「これが『心臓』ですの?」


 ゲンサイは、宝石と化した【紅の炎竜】の心臓を【剣の英雄】に手渡していた。


「国に入ろうとしていたらしい。水際でサウラが見つけて確保したそうだ」

「サウラ殿が? 今度お礼を言わなければなりませんわね。彼は?」

「少し休んでから北へ向かった」

「北……『銀甲竜』の所へですか?」

「さぁな。ただ北に向かうとだけしか聞いておらん。奴は『死眼龍』の遺体だけを目的にしている」

「知っていますわ。我ら【英雄】は『ドラゴン』を倒した後でも、残された竜の遺品に対して唯一の対抗能力を持ちますから」


 かつて『五柱』の二体を率いて世界を滅ぼそうとした『ドラゴン』――【死眼龍】は、【英雄】――サウラオーバーンに倒された。


「しかし、彼の信仰は理解できませんわ。神徒であるのであれば、もっと崇めるべき対象はいるでしょうに」

「その話は奴に直接してやれ。それよりも、その『心臓』の処理は頼むぞ」

「心得ましたわ。準備が整い次第、破壊致しましょう。これを滅することは先代【剣の英雄】の悲願ですから」

「いいか? お前以外が持ち歩くな。サウラの施した封印も弱くなっている。耐性が無ければ容易く呑み込まれるぞ」

「それも心得ております、師範」


 20年前に『レッドフォレスト』を襲った『ドラゴン』は再び復活することを望むようにドクンと心音を響かせていた。

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