12.蠢く影

 現れただけであらゆる戦闘行為は停止し、それに対応しなければならない。


 『ナイトウォーカー』


 奴はどこにでも現れ、そして全てを喰らいつくす。

 他の『五柱』でも正面から相対することを避けるほどの存在であり、世界共通の敵であった。






「あああァァはぁ……」


 不気味に声を出すナイトウォーカーの四つの目が別々の方向を見ていた。

 二足歩行の人形。長い手足は直立すれば2メートルを越える。溶けたような顔面は目玉以外には存在せず、体毛のない色白の肌は痩せ細った身体に張りつく様に細身の印象を与えた。


「……」


 光陽はその場で前屈みでカクカクと動くナイトウォーカーの様子を伺っていた。

 一見すれば隙だらけではあるのだが、得体の知れないナニかを隠し持っている可能性は十分にあるため、先に手を出すことは出来ない。


「ああ、おなか、すいた」


 光陽の目の前にナイトウォーカーの口があった。何もなかった顔面がパックリ割れ、無数の乱杭歯が現れている。

 他には何もいらない。ただ目の前の肉を喰らう事に全能力を振り分けた様に、高い瞬発力を要していた。


「【白虎】『白尾』」


 ナイトウォーカーの飛びかかりを光陽は手を添えて横にそらしながら、前後が入れ替わる。


 『白尾』は【白虎】の中でも基礎となる、力の流れを操作する技。

 どのような行動にも力の流れは存在し、相手の体格と攻撃距離からどれ程の攻撃が来るのか明確に予期。重心の移動タイミングを合わせて力の方向を乱す。

 無論、眼で捉えられるモノに限られるが光陽は長年の鍛練に加え、アスルの森に現れる魔物との戦いで、大半の生物の重心がどの位置になるのか見切る眼を携えている。


「意外だな」


 ナイトウォーカーは細身ながらも重かった。あの細身の身体は全て筋肉だろう。力の配分を間違えないようにしなくては。


「あうん、うん、うん」


 ペタペタと長い手足を使い、ナイトウォーカーは四つん這いで地面に張り付く様に態勢を整える。

 不気味な動きだが対応が丁寧だ。『白尾』によって重心が乱されたまま地面に落ちてくれれば追撃も出来たのだか。


「……まだか」


 光陽はライラたちを見るが、まだ配置に動いている。中には恐怖で動きを停止する者も目に映った。

 すると、ナイトウォーカーの目が周囲のエルフ達を見る。

 まずい!


「アアアアア!!!」


 闇魔法『叫び』。恐怖の感情を増長させるその声は聞くだけで身体の動きを停止する程の感情を引き出す。

 彼方まで響くソレは至近距離にいる光陽とライラ達にぶつけられた。

 光陽が踏み込む。『叫び』で硬直しているナイトウォーカーに向かって『一門』を――――


「きたきたきた」


 ナイトウォーカーの長い手は光陽の間合いの外から彼の肩を掴んで拘束すると同時に、攻撃を停止させた。

 『一門』は届かない。光陽は逆にナイトウォーカーの腕を掴む。


「噛噛噛噛噛噛!!」


 大きく裂けた口が拘束した光陽を食らいつかんと向けられた。


「『白尾』」


 不意にナイトウォーカーは膝をつく。重心が下に動かされたのだ。光陽によって重心変えられたナイトウォーカーの牙は上に空を切る。


「『穿牙』」


 かわせない距離。防げない威力がナイトウォーカーの顔面に襲いかかり、身体から分離した頭部は高々と打ち上がった。

 首の断面から溢れる鮮血を光陽は距離をとって回避する。


「耳笛を!」


 光陽の声は『叫び』で硬直しているライラたちに動けるだけの意思を戻した。

 ライラは笛を吹く。ナイトウォーカーの『叫び』と耳笛で他のエルフ達にも状況が伝わる。






「寺院へ急げ!」


 松明の誘導に従い、皆は一斉に寺院へ戻っていた。

 『ナイトウォーカー』の出現。世界共通の脅威であり、災害の一つである。


「野郎共! 戦闘だぁ! 村の皆を護るぞぉ!!」

「イエッサー!!」


 戦場に物資を届ける事もあるギルドの支援部隊は敵勢存在との戦闘に備え、高度な戦闘技術も持つ。

 この『ライフリング』第4中隊も例外ではなく、総隊長である獅子の獣人ガロンを筆頭にした戦闘チームは戦場を突破する程の力を持っていた。


「頼もしい限りだが『ナイトウォーカー』だぞ? 大丈夫か?」


 ドラグノフは残った狩人に武器を持たせ、避難する村人の護衛を指示していた。


「心配するなドラグノフよ! 某の部隊は『夜の国』に物資を届けた事がある! 『ナイトウォーカー』との交戦は部隊全員が経験済みよ! 奴の『叫び』など子守唄同然!!」


 ガランはそれ相当の気迫と実力をあわせ持つ巨漢である。細かい作業とミカンが苦手。


「頼もしい限りだな。言っておくが、俺達も修羅場はくぐってる。遅れはとらねぇ!」

「ガハハ! ならばどちらが多く討ち取るのか勝負だ!」

「おお? そんな大口叩いて良いのか? こっちは弓だぞ?」

「放たれる矢よりも旋風になれば良いだけの事よ!」

「なに、バカな事言ってるんですか。寺院の周りを固めて敵を迎え討ちます。ガロン隊長は前衛にドラグノフさんは後方からの援護を指揮してくれますか?」


 エキドナは比較的にリスクの少ない方法で現状を回避できると考えている。


「エキドナよ! 攻めこそ最大の防御! まさに攻防一体! 何故ソレがわからん!!?」

「ドラグノフさん。寺院の周りに結界を貼ります。人手を貸してください」

「あ、ああ。それは構わんが」

「エキドナよ。無視するなぁ!」

「五月蝿いですね。その動きは戦場だけにしてください。ここは私の故郷です」


 その言葉に高揚していたガロンは熱が少しだけ引き、冷静になる。

 自分たちの目的はエルフの村を復興することである。戦果を挙げることじゃない。


「フッ。戦者の血が騒ぎよったわ! 指示をせい! エキドナ! 村のみんなを護るぞ!」

「だから、最初からそう言っているでしょう」

「立派になったな、本当」


 村では娘のように見られていたエキドナに指示をもらう日が来るとは、とドラグノフは微笑まずにはいられなかった。






「おお、暑苦しい奴らの中に美女が割り込んだぞ」


 ルーとクルウェルは三人のやり取りを見てそんな感想をもらす。


「ワシが指示を出すまででもないか。お前さんも結界を張るのを手伝ってくれるか?」

「そっちだけでも十分に間に合うだろ。我は『ナイトウォーカー』と遭遇した部隊の方が気になる」


 耳笛の方角から遭遇したのはライラの狩人チームだ。

 恐怖耐性を持っていたとしても、至近距離で『叫び』喰らえば戦うどころか退却も難しいだろう。


「『ナイトウォーカー』に関しても知識を?」

「まぁな。だから最前線の状況は非常に悪い。『感染』は知っているだろう?」

「……ああ。だが、なぜ今になって現れた?」

「森が禿げたからだ」


 アスルの森は一種の結界だった。魔力を帯びて成長した木々が幾重にも折り重なって天然の結界として機能していたのだろう。

 だが、津波によって森の一部が消失し、森全体の結界としての機能が弱くなったのだ。


「いい月夜だ。ちょっと様子を見てくる」

「すまんな」


 ルーは翼を展開すると、風魔法でフワリと浮き上がる。


「ふむ、まだ六割と言ったところか」


 自らも未だ全快にはなっていないと思いつつも、上空から光陽の様子を確認に向かった。






 頭部を失い、力なく倒れるナイトウォーカーの身体は色白い肌が黒ずんで行くと、そのままボロボロと崩れ去る。


「……」

「光陽」


 ナイトウォーカーの死体が完全に消えるまで警戒していた光陽にライラは額に手を当てながら意識を保っていた。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ……」


 増長させられた恐怖はすぐには治まらない。小刻みに震える指では矢を引くことは難しいだろう。


「退却するわ。寺院では結界を張る準備をしてるハズ」

「対策はあるんですか?」


 光陽はナイトウォーカーに関してほとんど知らない。ただ現れた事がとても危険だと言うことくらいだ。


「嵐が通りすぎるのを待つしかないの。ナイトウォーカーに、ここには何もない、と思わせなければ、永遠に――」

「おなかすいた」


 会話を中断する声が聞こえ、僅かな木の影から這い出すように細い腕が出てくる。


「! 全員退却よ! 寺院へ走る! 動ける者は動けない者に肩を貸しなさい!」


 ライラはまだ動けない仲間の一人に肩を貸す。

 しかし、周囲の影から無数のナイトウォーカーが這い出て来る。まるで、ライラ達を囲むような意思を感じられた。


 無理だ。逃げ切れない。

 誰もが理解した。全滅か、動けない者を置いて少数が生き延びるか、選択をしなければならないと。

 だが、這い出した中に顔を出した一体が、選択肢を与えないと言わんばかりに『叫び』を行う――


「黙ってろ」


 寸前で光陽はそのナイトウォーカーの顔面を踏みつけた。生々しい音と共に体液と肉を撒き散らす。

 その行動から周囲のナイトウォーカーは一斉に光陽を認識した。

 その様子から光陽は僅かな活路を見出だす。


「なるほど。これなら――」


 全員生き残れる。


「ライラさん、オレが殿をします! 先に皆と引いてください!」

「そんなこと――」


 できるハズがない。そう言いかけたライラは既にスイッチが入っている光陽を見て、言葉を呑み込んだ。代わりに耳笛を投げて渡す。


「どうしても限界が来たらソレを吹きなさい。絶対に助けに戻る!」


 彼からの返答を聞く前に、影から現れたナイトウォーカーたちは光陽目掛けて攻撃を開始した。






 光陽が最前線で殿を始め、寺院では迅速に結界を張る準備が進められる。

 今宵のアスルの森は戦場へと変わろうとしていた。そこへ、


「最悪のデース。殆んどビーストロードではないデスカ」


 文句を言いながら夜の森を歩き、エルフの村を目指す一人の神父がいた。

 彼の名前はサウラ・オーバーン。アイドルユニット『ジュエル』を神と信仰する、心清き信徒である。


「いくら、マイゴット生誕の地と言えど、交通の手段は考えなくてハ」


 アスルの森は結界と防壁、そして遊撃地としての役割も持つ。並みの軍隊では森に慣れたレッドフォレストの正規兵を相手にするには数倍の戦力が必要になるだろう。

 その為に地元民でなければ分かりづらい獣道ばかりなのである。


「ん? ヘーイ」


 すると、視界の端に横切る人影を発見。道を聞こうと手を上げて追いかけると、


「おなかすいた」


 大きく裂けた口が、サウラを待っていた。


「シット」


 刹那。サウラを喰らおうとしたナイトウォーカーは凄まじい勢いで木に激突すると、潰れた果実のように砕け散る。


「区別くらいつけなサーイ。カス」


 身動き一つしないサウラは悪態をつくと、一瞬で状況を理解した。

 過去に経験がある故に、事態は少子面倒な方向に進んでいるようだ。


「『枷』がなければすぐこれデスカ。あのクソガキには十字架を背負わせマース」


 サウラを認識するように、ナイトウォーカーが周囲の影から現れ始める。


「『聖人の骨』」


 サウラは静かに魔法を唱えた。 

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