13.月下の死闘

 大地を踏みしめる音が、巨人の足踏みのように響き渡っていた。

 無数のナイトウォーカーと相対する光陽はただ一人その場に留まる。


「【玄武】『一門』」


 潜るようにナイトウォーカーの懐へ入り、肘打ちで一体を戦闘不能にさせる。

 左右から別の二体が光陽を挟むように襲いかかる。


「【白虎】『白尾』」


 力の見向きを変え、左右のナイトウォーカーを互いに激突させた。


「いいぞ。オレに来い」


 退却するライラたちよりも派手に暴れる光陽に集中してくる。その動きから光陽は確信に至っていた。

 ナイトウォーカーは感覚を共有している。

 そして物事の優先順位は強い存在の排除。現状、存在感を示している光陽に殺到しているのはその為だ。


「アアアアア!!」


 現れ続けるナイトウォーカーの数体が光陽に『叫び』を行う。


「うるせーな。効かねえよ」


 光陽には効いていなかった。寸分乱れぬ動きで捕まらないように移動しながら一体ずつ確実に始末していく。しかし、


「おっと」


 木の影から現れたナイトウォーカーの一体が出現と同時に光陽の足を掴んだのである。


「ごはんだー」

「うで!」

「あしはぼくのだぞ!」

「くわせてぇぇぇ!」


 一斉にナイトウォーカーが迫る。


「ちゃんと掴んでろよ」


 光陽は残った足を僅かに後ろへ引くと同時に、強く大地を踏みしめる。

 雷でも落ちたかのような衝撃と轟音が発生し、円形に地面が沈むと、光陽に迫っていたナイトウォーカーたちは吹き飛んだ。


「【玄武】『震撃』」


 踏み込みから発生する衝撃を身体を通して周囲に発したのだ。

 本来は攻撃技ではなく、素早い敵の動きを鈍らせたりする搦手の様な技なのだが、研鑽し続けた光陽が使うことで十分な攻撃能力を持つに至る。


「まったく」


 足を掴んでいたナイトウォーカーが一番衝撃を受け、手の先端だけを残して身体は吹き飛んでいた。


「そろそろ、いいか」


 光陽はライラ達が十分に退却した様子を確認する。そして、夜闇に紛れた。


「?」

「あれれ?」

「ごはんはー?」


 ナイトウォーカーたちは光陽を見失う。

 月明かりがあるとはいえ、夜の森は見通しが悪い。その為、ナイトウォーカーは気配と派手な動きで光陽を捉えていた。


 それが突然察知できなった事で、辺りを見回し魔力による索敵も強める。しかし、彼の存在を捉えることは事ができない。

 光陽もこの森で生きてきた一人であり夜森戦は熟達している。


 幼少の頃。夜の森に放り込まれ、朝まで生きる延びる事を師に言われた。その為には獣でさえ察知できない完璧な気配遮断を身につけなければ数時間と持たなかっただろう。

 夜の森で生き延びるために命を賭して身につけた技術は夜闇と木々の影に紛れることで存在そのものを完全に遮断する。

 今の光陽を夜の森で捉えることはゲンサイでも不可能だった。


 ナイトウォーカーは光陽を見失うと、諦める様に影の中へ帰っていく。同時に寺院の方に結界が発動した光を確認した。

 あちらは上手くいっているようだ。ライラさんたちも上手く逃げ延びただろうし、時間稼ぎは十分だろう。


「…………」


 寺院に戻るのが一番良いのだが、村の回りは更地だ。木のない場所で流石にナイトウォーカーを躱すのは難しい。

 朝になればナイトウォーカーは消える。それまで適度な場所で隠れて待つとしよう。自分一人が居ても居なくても戦力に大きな差は出ないだろうし。


「……ん?」


 ヒヤリと、肌を撫でる空気がやけに気になった。






 悪寒とは違う。どこか神秘的な聖地に居るような澄んだ空気が辺りを包む――


「…………なんだ?」


 少し歩いた先にある拓けた場所。

 中央に枯れた木が存在するその場所は、アスルの森では珍しい場所だった。それは、枯れた木に背を預けて座り込り、剣を肩に立て掛けている。


 黒い鎧甲冑。剣は黒い鞘に収まっている。

 こんなモノは有っただろうか? 鎧甲冑と言う、珍しいモノを見かければ忘れそうにはないのだが。

 すると、アイガードにあたる部分から命が宿る様に赤い光が灯り、ソレは立ち上がる。


「……なに?」


 立ち上がった姿を見て光陽はその姿に見覚えがあった。

 あの時、意識を飛ばした空間に居た、鎧甲冑だ。あの時とは違い、形は完全に修復されている。


『評議委員会ノ決ニ従イ、竜殺ヲ開始[閉]』

「お前は――」


 甲冑が消える。いや、僅かに動く紅い閃光が動く先を示していた。いつの間にか抜かれた剣が光陽に振り下ろされる。


「【白虎】――」


 『白尾』にて流そうとしたが直感で無理だと悟り回避を選択する。

 振り下ろされた剣は何の抵抗もなく大地を切り裂く。更にその剣線上の木々も二つに両断されていた。


「ふざけた武器をもってやがる!」


 『一門』を甲冑の脇腹に叩き込む。しかし、僅かに仰け反っただけで、殆んどダメージは無いように見える。

 光陽としても、手応えは空箱を殴った様な感覚だった。


『“白キ竜姫”ノ反応検知』


 甲冑の赤い光が光陽に向けられる。

 剣を担ぐように身体を前屈みに撓めると、光陽に標準を定めていた。


「笑えないくらい意味がわかんねぇぞ。クソ野郎」


 甲冑は弾ける様に疾駆すると、光陽を剣を向けるべき相手だと認識していた。






「おいおい。【英雄】バグってんじゃん。狙いはバグ竜だろ? なんで現地民を襲ってんだよ。アナクフィ」

「イレギュラーとなる竜の存在による痕跡も始末するように設定してある」

「と言うとあれか? この現地民はバグ竜と関わりがあるってことか?」

「イレギュラーとなる竜と接触したのだろう。何らかの行為で体液でも体内に取り込んだのかも知れん。それに僥倖だ」

「何が?」

「この現地民は色がない」

「おいおい。『無色の器』は全部綺麗にしてるハズだろ?」

「恐らくは突然変異だ。他では確認されていない。それに【英雄】が標的と見なした以上、対処も時間の問題だ」

「まぁ、それなら問題ないか。一応、評議長には報告するぜ?」

「頼む」






 鎧甲冑を着こなすと言うことはある種のステータスなのだ。戦いにおいて素早く動けないと言うことは致命的でしかない。

 敵の動きについていけなければいくら、防御を固めても意味がない。故に鎧甲冑は拓けた戦場の集団戦闘で最も効果を発揮する。


 一対一の戦い。視界を狭め、素早く動けない鎧甲冑は不利にしか働かない。

 無論、光陽は鎧を纏った存在との戦いも熟達しており、さほど時をかけずに対処出来る――ハズだった。


「チッ!」


 剣が空を切る。月明かりに反射する刀身が間を置くことなく、光陽へ襲いかかる。

 速い。その動きは甲冑を身に纏う者の速度ではない。


「特注品か、それとも動きに魔法で補佐でもしているか」


 甲冑の動きは常に直線的だ。ハメ手やフェイントが一切ない。剣筋や動きの初動は簡単に読める。故に動きが速くともかわせるのである。


「見切ったぞ」


 沈んで剣をかわすと同時に『一門』を胸部に叩き込む。

 『一門』の質を変える。内部に浸透する打ではなく、表層に正面から当たる一般的な衝撃。甲冑は初めて大きく怯んだ。

 光陽は追撃に距離を詰める。


「!」


 だが、大地がその動きを阻害した。光陽と甲冑の間を割るように土の壁が形成される。

 土魔法による単純な壁であるが、今の状況では光陽にとって不利にしか働かない。


「まずい!」


 横に跳ぶ。土壁を縦に割る剣筋は光陽の想定通り最悪の状況だ。

 気付かれた。魔法を使うと言うことを――

 土壁が次々に現れる。動きを制限させるつもりだった。


「ふっ!」


 光陽は土壁の一つに背をつけると『一門』で破壊し、囲いから離脱する。

 魔法による搦手を持たない光陽にとって、それらの手段を使われれば成す術もない。

 本来なら相手にとって優位な状況を作られる前に戦いを終わらせなければならないのだ。


「奴は――!?」


 土壁の上を移動した甲冑は飛び降りながら光陽に剣を振り下ろす。


「流石にそれは――」


 単純すぎる、と剣線をかわした光陽は着地に硬直する甲冑に『一門』を――


「!?」


 バランスを崩した。踏み込んだ地面が僅かに盛り上がり、タイミングが大きくずれたのである。

 土操作による簡単な地形操作。たったこれだけで、光陽の【玄武】は無力となる。

 剣が横凪ぎに動く。バランスを崩した状態ではその一閃を避ける事は出来なかったか。


「がおー」


 剣が止まった。






 周囲が醒めるような空気に包まれ、神秘的な空間に成り変わる。

 甲冑は光陽ではなく彼女を見上げていた。

 彼女は月を背景に翼を広げて見下ろしている。

 見慣れた表情。見慣れた姿。しかし、彼女は違う存在に見える程に雰囲気が変わっている。


「こんなに早く再会するとはな。【英雄】殿」


 甲冑――【英雄】の紅い眼光が彼女を捉えた。

 彼女――ルー・マク・エスリンの瞳が甲冑を映す。

 その再会さいかいは、途切れた『英雄譚』を再びつづるためのモノだった。

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