11.新たな災害

「久しぶり。お母さん」


 エキドナはクルウェルと話をしたその足で寺院の様子を見に来ていた。

 小さい頃、姉のミナと共に冒険と称して、たどり着くことを楽しんだ思い出の場所だ。

 帰ると決まって怒られたが、彼が居たので何度も足を運んだ。今思えば不良な素行だったかもしれない。


「お帰りなさい。エキドナ」


 寺院で配給の食事を大型の鍋で煮詰めていたライラは帰って来たエキドナを見た途端、有無を言わさずに抱きしめる。


「元気そうでよかったわ」

「私はお母さんの方が心配だった」


 最初に村の報を聞いたのはレインメーカーによって発生した津波が村を呑み込んだというものだった。

 ギルド内でも情報は規制され、現地の者たちとコンタクトを取りやすいと言う名目で彼女の支援部隊に就かせてもらったのだ。


「おや、そこに居るのはエキドナかな?」

「エキドナちゃん!」


 マナセと手伝いをしているミナもエキドナを見つけて駆け寄ってくる。


「叔母さん。姉さん」

「元気そうだね」

「エキドナちゃーん!」


 跳びかかってくる姉を抱き留め、マナセは微笑ましく眼差しを向けてくる。エキドナは二人も元気そうであると改めて安堵した。

 すると、話を聞き付けた他のエルフたちも次々にエキドナに話しかけてくる。皆、エキドナが村を出たときの姿と殆んど変わっていない。

 種族としての寿命が大きく違う事もあって、時間の流れも大きく異なるのだ。他の種族より寿命が永いエルフにとって、一日一日の流れは早い。


 一般的な寿命しか持たない『角有族』であるエキドナを見て、さっきまではこんなに小さかったのにねぇ、と本当のような冗談のような言葉が当たり前に出て来るのだった。

 暫く世間話をしていたが配給の時間も近い為、また後で、と皆は手短に去っていく。


「クリスタル姉さんは戻ってないの?」


 姿の見えないもう一人の姉の存在を尋ねる。


「あの子は各地を転々としてるから。こっちの知らせが入るのに時間がかかっているのかも」


 マナセは一人娘の事は心配いらないと補足する。

 通信手段が人伝である以上、どうしても情報が行き渡るのに時間差が生じる。村には伝書鳩を飛ばす伝達所があったのだが津波で流されてしまった為、今は機能をしていなかった。


「伝達所の修繕も最優先の一つだね」

「仕事モード? 様になってるよ」


 そうかな? と村に恩返しが出来ることにエキドナは嬉しくなるのだった。


「あ、ししょー!!」

「だから師匠じゃないって言ってるだろ」


 ミナの声で作業に戻ったライラに話しかける光陽の姿が目に入る。彼は少しだけくたびれた様子で場に現れた。


「すみません、ライラさん。配給の担当ですけど――」

「あら、そうなの? なら傍にいてあげて。ただし、夜の狩りには出てもらうからね」

「すみません。配給も残り物でいいんで」


 村を出る際に見た彼の姿も全く変わっていなかった。確か彼は『人間』でも珍しい極東人。極東人はジパングしか出身者が居らず、黒い髪が特徴だとギルドでは認識されている。


「ん? なんだ、エキドナか?」

「お久しぶりです」

「でかくなったな」

「……どこ見て言ってます?」

「身長」


 少し畏まった口調は村を出る前の頃に戻っていた。

 村に居た頃の光陽の存在は寺院に住んでいる謎の人物で人を寄せ付けない、恐いと言う印象があった。

 しかし、エキドナは幼少の頃に助けられた事があり、彼に対する感情は違うものへと変化している。


「ギルドの職員になったのか。復興の件はお前が担当してくれるのか?」

「はい」

「よろしく頼む。オレは何も出来ないから、こんなことしか言えないが」

「そんなことありません。村の早期復興は皆で力を合わせなければ成し遂げられませんから」


 皆に役目がある。エキドナは誰一人欠けることなく必要になると告げた。


「そうか……オレの配役は狩りか力仕事に振ってくれ。魔法は得意じゃない」


 村で光陽が魔法を使えないと知るのはクルウェルとライラとマナセとドラグノフの四人だけ。更にゲンサイの要望で外部には光陽の存在を表に出さないように厳守している。


「わかりました」

「それと少し見てもらいたい奴が居るんだが、ちょっといいか?」






 エキドナは光陽に頼まれて寺院の奥へ共に歩く。昔は一人で問題を解決する事が多かった彼が頼ってくれたことに嬉しさを感じた。


「コイツなんだが」


 光陽が見て欲しいと言ったのはルーの事である。少し段差を上った所で座るように眠っている彼女をエキドナは見る。


「可愛いお嬢さんですね」


 幼さを残す顔つきで、目を閉じて眠っている彼女は同性から見ても美少女にあたるらしい。

 光陽さんもすみに置けないなぁ、と思っていると、ふとした違和感を覚え魔力の感知を強める。


 角有族特有の魔力感知能力は他の種族よりも高い。角が大きな役割を果たしているのだが、角の本数によっては能力に差が出たりと、解明されていない事は多々あった。

 エキドナのギルドで鍛えられた感知能力は雑踏から個人を特定することが出来るほどに磨かれている。

 その感覚でルーを見た感想は、


「……え?」


 そんな言葉しかでない程の事態に気がついた。


「オレは世間に対する常識に疎い。村を出てギルドにいるお前なら、コイツがどんな存在なのか判ると思ってな」


 普段ルーは自らの魔力を隠し『竜人』と言うことで振る舞っている。

 だが、光陽はその奥底に秘める並みならぬ力量を察していた。気を失っている今ならその本質を隠しようがないはずだ。


「…………あり得ない」


 エキドナはルーを見てただ言葉に詰まるしかなかった。


「何か分かったか?」


 ルーを見たエキドナの反応から只事でないと光陽は察する。


「え……光陽さん……コレが見えないんですか?」

「オレは魔法は苦手でな。感知の類いは特にひどい」

「そう……ですか」


 ルーは外部から魔力を得ていなかったのだ。エキドナは彼女が内部で魔力を生み出し、それを自らの回復に当てている様が見えているのである。






 魔法とは周囲に存在する魔力を体内に取り込む事で、己の属性として使用する。

 上位の技法ではあるが、周囲から得た魔力を体内で増幅させる技術もいくらか存在する。だが、どれほどの才能があろうともゼロから魔力を作り出すことは出来ない。


 この世界はあらゆる循環を得て魔力が生み出されている。

 その根源は所説があるものの、何かしらの魔力を生み出す『核』が存在し、それから溢れる魔力を世界の循環によって増幅させているということは証明されている。

 ルーはその小さな体内で、この世界と同じことをしていた。


「返答には……少し時間をください」


 エキドナは思わず返答を先延ばしにする。

 ギルドも予想してはいた。だが、エキドナ個人としては本当に居るとは思わなかったのだ。


 『ドラゴン』


 レインメーカーに並ぶ『五柱』の一角。

 個人で判断して良い情報ではない。下手をすれば家族も彼も村の皆も危険に晒すことになる。


「ヤバイ方か?」

「はい。下手に彼女を刺激しないでください。『師範』は王都に戻っていますが、同戦力がこちらに向かっています。それまでは」

「……まぁ、オレが見張っとくよ」


 同戦力という言葉は気になったが、ルーの性格を見るに世話になった所を破壊するような奴じゃない。面倒ごとになったらさっさと逃げ出すだろう。


「そ、それは! 危険……じゃないですか?」

「色々あってな。村じゃオレが一番対応できる」

「で、ですが!」

「オレが強いのは知ってるだろ? 大丈夫だ。お前はお前にしか出来ない事をやってくれ」


 エキドナの目的はエルフの村の復興であり、ルーを監視する事じゃない。対応できる存在は後に到着する。今は――


「わかりました。光陽さんも気を付けてください。彼女は見た目以上に危険です」

「ああ。それは知ってる」


 サウラ・オーバーンの到着を待つ。この件に関してはそれからだ。






 目を覚ましたルーは、村へある物を納品していた。光陽はライラの班と夜の狩りに出向く時間帯になり寺院から出立する。 


 ギルドの支援部隊『ライフリング』による作業で夜には村の井戸は復活した。

 井戸と言っても、滑車によって水を汲み上げるのではなく井戸の内壁に書かれた陣によって水操作の魔法を駆使して使用する物である。

 『ライフリング』が行ったのは井戸の内壁の修繕と陣の確認。

 エキドナの確認を得て、村の井戸は全て機能を再開。エルフ達は少し離れた小川まで水を汲みに行っていたため大助かりであった。


「こんなものか」


 村の皆が井戸に並ぶ中、ルーは村長クルウェルから要望のあったモノを作り終えたのだった。


「これで雨季はなんとかなるのか?」


 その件に関して話を聞いているクルウェルは改めて質問する。


「雨を弱めたり出来る。使うヤツの技量次第ではあるが」


 村長の宅地の横に設置されたのは石碑である。2メートル程の縦長の石碑はレインメーカーの角を混ぜてルーが魔法で造った特注品だった。

 クルウェルはレインメーカー関係で色々と事情を把握している。


「この辺は雨季になると家から出られないほど大変だと聞いたからな。レインメーカーの死体も何かの弾みで見つかるよりはこうした方がいい」


 石碑は村の新たな門出を祝う記念碑と言うことになっているが実際は違う。

 対応が浮いた状態にあるレインメーカーの死体。隠していても魔力感知の高い者が現れれば、いずれ見つかってしまう。

 何かと揉め事になる可能性が高い事もあり、ルーの提案で石碑を造り、その中に角を混ぜることにしたのだ。


「ヤツが特殊なのは角と毛皮だけだからな。毛皮は寺院内部の石畳の下に隠した。肉は適当に我と光陽で食う」

「角はこっちか」

「石碑に触れて一定の魔力を流し込むことで触れている間、広範囲の水操魔法を可能としている」

「誤作動の可能性は?」

「ない。そもそも、レインメーカーの角は意思を明確に受け取らなければ水操魔法は発動しない」


 レインメーカーの角は水操と魔力の拡散と増幅の役割を持つ。しかし、その発動条件は角に対して明確な意思を持って命令する必要があるのだ。


「そんな訳だから、村を継ぐ者だけにこの事を教えればいい」

「そうしよう。だが、やけにレインメーカーに関して詳しいな」


 ルーと話せば誰もが感じる事である。詳しすぎる事情にクルウェルも当然のように疑問に感じた。


「見聞が広くてな。年の功と言うヤツだ」


 『竜人』はこの世界で最も長寿な種族であり、蓄える知識や実力は他の種族とは比較にならないとも言われている。

 国々の重要なポジションには竜人がちらほら確認されていた。


「お前さんが村に居着いてくれると、ワシらとしても助かるのだがな」

「色々と面倒事を抱える事になってもか?」

「既に光陽の件を抱えている。今更一つ増えたところで変わりはせん」


 アスルの森が関係上、能力の高い者は出来るだけ村に居てほしいのだ。


「ふふん。まぁ疲れたら適度に寄らせてもらうよ。ここは居心地が良いからな」

「そうか」


 彼女に居着く意思が無いことを口調から察した。ルーの見ているモノは自分たちでは想像が出来ないくらい遠くであるようだ。


「ん?」


 ふと、ルーは静かに隠された異常な魔力反応を三つ感知する。


「どうかしたか?」

「いや。何でもない」


 なるほど。本来ならこの地は格好の餌場か。まぁ、村まで近づいて来たらでいいか。

 ルーは強力な三つの魔力の内、二体は交戦中であると感じ取る。






「全員! 魔力感知を最大まで上げて、距離を取りなさい!!」


 ライラの声が響く。

 アスルの森、北部。津波の被害を逃れた密林に狩りへ来ていたライラの隊は予期せぬ存在と遭遇し、警戒するしかなかった。


「クヒヒ」

「…………」


 不気味に体をカクカクと動かすソレは光陽と正面から相対する。


「カララ」


 中腰で大地に深く重心を預ける【玄武】の構え。光陽もソレが最悪の存在であると知っていた。

 四つの目玉。痩せ細った身体に張り付く皮膚。体毛一つないソレは悪夢に出てくる怪物を連想させた。


「おなかすいたよぉ……」


 ソレの吐く言葉には恐怖を増長させる闇魔法が付与されている。


『ナイトウォーカー』


 ギルドで最も危険視している魔物であり、現れた地域は生き物が残らない記録が残っている。

 この世界で最も害悪とされている、『五柱』であった。

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