地下聖堂

 町中に響き渡る鐘の音はひどく忙しなく、人々をいたずらに焦らせる。

 矢継ぎ早に打ち鳴らされる鐘に煽られ、人々は早々と店じまいをしていた。いつもなら夜間になってもある程度は店を開けているものだが、今日は違う。町の中心の辺りから片付けを始める店が波のように郊外へと広がっていった。

 西の空に左右に赤く広がる光を投げかける陽射しの中で、響き渡る鐘の音にバサバサと風に煽られる音を紛れ込ませながら、旗が掲げられていく。

 それは領主の屋敷から始まり、等間隔に、一直線に町を横切り地下聖堂へと向かっていた。

 薄暗い空よりもさらに暗く黒い半旗が一つ掲げられるのに合わせるように、黒い服に身を包んだシャノン・・が重い足を動かす。彼女にしては珍しく長い髪を下ろしており、そのままぽきんと折れてしまうのではないかと思われるほど俯いている。胸元でハンカチを握りしめ、口を引き結び、時々ふらりと足元が覚束なくなるが、助けられた手を振り払い、自分の足で懸命に列について行く。

 シャノンの前には、棺があった。

 黒いレースの縁取りがつけられた黒い布地で覆われており、一般の物よりも幅が大きく、布の下から少しだけ覗く棺の部分には黒い光沢があった。

 シャノンと棺を取り囲んだ黒い一団は、町民に無言で知らせをもたらしながら、時間をかけて地下聖堂へと行きついた。

 地下聖堂の前で止まった一団の前に進み出たシャノンは、ぞろぞろと後ろをついてきた町民たちに向かって一礼した。

 声を張り上げ、領主が長い眠りについたことを皆に伝える。一息に告げるその声からは、凛としていなければならないと気負っているように感じられた。

 シャノンは傍らに運ばれてきた花を棺の上に置き、目元を拭ったハンカチをぎゅうと握りしめた。

「祖父が生前横暴な領主であったことは、皆も知っての通りです。私は無力な小娘でした。ですが、領主であった間中ずっと、祖父が横暴でいたということはなかったはずです。祖父が人の心を失くしかけていたのは、ある魔物に憑りつかれていたからです」

 町民たちがシャノンの話をもっとよく聞こうと近くに集まってくる。シャノンは彼らの頭上を通り越し、ひたとある一点を指さした。

 この町の誇る歌劇場である。

「我々は祖父から魔物を引き剥がすことに成功しましたが、狡猾な魔物は今度は別の人間に乗り移ると、祖父を手にかけたのです。ですが我々は乗り移られた者共々、あそこに閉じ込めました」

 どこからともなく、乗り移られた人間が誰なのか、と問う声がする。シャノンはその者の名前を口にすることをためらっていたが、一度疑いの種が投げ込まれた人々ははっきりと明かされるまで諦めない。シャノンは俯き、たっぷりと躊躇った後、毅然を言い放った。

「エルトン・マコーレーです」

 その瞬間どよめきが起こる。信じられないと口々に囁かれ、可愛そうにと嘆かれ、やがてどうにか助けなければとの声が上がる。

「私は一刻も早く彼の元に行かなくては。魂の抜けた体を好きにされないように、祖父の遺体はこのまますぐに地下聖堂に安置したいと思います。葬儀はできませんが、祖父もわかって下さるでしょう」

 シャノンが合図をすると、棺を担いだ男たちが地下聖堂へと入って行く。町民たちも続こうとしたが、シャノンに止められた。

「申し訳ありません。遺体とはいえ、まだ祖父の体の中に魔物の残骸が残っていないとも限りません。あなたたちを巻き込みたくはありません。どうか胸の中で、冥福を祈ってやっていただけませんか」

 シャノンの切実な願いに、町民たちはこぞって頷き、聖堂の入り口前に整列すると手を組んで元領主に別れと祈りを捧げた。

 領主だった祖父に代わり黙祷を捧げる町民たちにシャノンが礼を述べる。すると、町民たちの間から自分たちが歌劇場へ行くのでシャノンはここで待つように、と声がかけられた。

 シャノンは首を横に振ったが、それを押し切るように数人が奇声を上げて歌劇場へと走って行く。

「待って」

 最初の数人に先導されるように、続々と町民たちは拳を振り上げ、思い思いの武器を手に突撃を開始する。

「……私もすぐに行きます」

 シャノンは誰にともなく呟くと、ヒールの音を響かせながら棺と共に地下聖堂の中へと消えて行った。

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