12.現

「璃音~起きなさ~い!」






ん…!?






あぁ…母さんか…











……っ!?





バサッ





「どうなった!!」




母は起きない僕に愛想をつき部屋まで起こしに来た。




「何寝ぼけてるのよ、早くしないと遅刻するわよ。

今日は卒業式なんだから。」






…卒業式?





そんな…





妙にリアルな感覚は残るのに記憶は薄れ夢のように消えて行く。






あの子…あの子は?







もう名前も顔も思い出せない…




それでも…僕は好きな女の子と2人でデートをした帰りに電車に轢かれ死後の世界で再び会い幸せな時をすごした。

再び会うことを約束した。




この漠然とした記憶しかない。







そうだ…その子は確か同じクラスの子だ!



学校に行けば絶対に思い出すはず。






璃音は朝食も食べずに制服に腕を通す。






「急げ急げ!」





バックを手にし1階に駆け下り顔を洗い歯磨きを済ませ玄関から飛び出す。





「璃音、ご飯は!?」



「いらない!いってきまーす。」






心が躍り気分が高揚するのがわかる。




自転車のカゴにバックを入れ立ち漕ぎで走る。




よく考えると高校生活の一年以上も記憶が無いまま卒業式を迎えるのはおかしいが今はそんな事すら気付けないほど必死だった。





煙のように掴むことが出来ない物を必死に掴もうとするもどかしさを感じながら。







春の心地よい風が全身にぶつかる。



桜の花は見るだけで甘い風を感じられる程、美しく色付く。







赤信号に止まり息を整えるなか、璃音はあることに気が付く。





「あれ?こんなの、つけてたっけ?」




バックには小さな風鈴のキーホルダーがついていた。




「…夏色の…夢?」
























突然、後ろから友人の拓真が声をかけてきた。



「おう!璃音、おは~。」




ビクッ!!



「拓真かぁ~ビックリさせんなよ~。」


「お前本当、ビビりだな。あははは!青なのに進まずに考え事か?」



「いや…」




再びペダルを漕ぎ道の広い坂道をくだり風を感じつつ、拓真に説明する。




「笑わないで聞いてくれ…」



「あぁ。」



「クラスにいる彼女を思い出すんだ。」



「あっは…。え?」



「いるんだよ!彼女が!」


「名前は?」




「それは…分からない。」




「あっははは!夢でも見たんじゃね?」


「あれは現実だ。たぶん…」




「んで、見つけて告白でもすんの?」



「まぁ…そんな感じ。」



大笑いする拓真を後目にふと思い浮かぶ。




告白…



このワードは何か大切な気がする。






学校が近付くと拓真は笑顔で言う。



「結果、教えろよ?じゃ、式終わったら焼肉行こうぜ!」





「おう!じゃ、また後で。」




拓真と僕は別のクラスだから自転車置き場も式中も別々だ。





僕は自転車を置きクラスに入る。





あの子を探さないと…






思い出せ!





思い出せ!







記憶と一緒に自分が消えてしまうような恐怖が大きくなるにつれ心は焦る。








「璃音くんおはよ~。」




「おはよー。」



クラスメイトに挨拶をしていると不思議な感覚に襲われる。




……なんだ!?




椅子に座っているのに身体が浮かぶような感覚。



スゥ…








「卒業生、在校生…起立!」



「…ぅゎっ…。」




ダダン!



ぶねぇ~


ギリギリで立てたけど…






でも、やっぱり間違いない。


あの夢は本当だった。


多分、こっちに戻ってきてすぐだから不安定なんだ。


きっとそうだ!



ほんの少しだけ思い出しただけでは時間稼ぎにもならない。


早く彼女を探さないと…


来賓の挨拶が聞こえなくなるほど集中して彼女を探がしても見当たらない。




焦りが増す中、僕は夢の出来事をより詳しく思い出そうと試みた。



何か思い出せれば…









考えても考えても思い出せない。




それどころか記憶はどんどん遠ざかっていく。






考えれば考えるほど…







引っ張れば引っ張るほど…






求めれば求めるほど…






それは









僕から離れていく。








なんで…なんでなんだ。















気が付くと卒業式は終わり、夕陽色に色付く教室に一人佇んでいた。


窓からは普段は無いはずの海がキラキラと輝いて見える。






どこだ…



ここ。






見慣れた教室に見慣れない海。












見慣れた僕の前には見慣れない彼女。




「璃音。私ね、やっと気がついたの。」















「…冬音?」




思わず口から漏れたその名前は紛れもなく目の前の彼女の名前。



僕が必死に思い出そうとした名前。








それでも、僕は彼女が誰なのか分からなかった。






「私たちね…」
















「死んじゃったんだよ。」






「え?」







その一言に僕の頭の中はぐちゃぐちゃにかき混ぜられたように混乱した。






「何言ってるんだ、今日は卒業式だった。


確かに死んでから今日までの記憶はないけど…


でも、生き返っ…」




冬音は記憶の形を保とうと必死になる僕の声を遮る。






「それは今のみんなを見ているだけだよ。


会話出来たのはこうなったらいいなって言う妄想。


人は死んだら生き返れない。」








「そんな…」




全部、全部夢を見ていた?




そんな…




そんなわけ…










絶望の最中、消えかけた記憶が鮮明に思い出される。

まるで一瞬で全てを体感しているような感覚。





全てを、消えかけていた自分を取り戻した僕は冬音に叫ぶ。








「冬音!死後の世界だよ!」






冬音は嬉しさを隠すように僕を試すような顔で繰り返す。




「死後の世界?」







「ほら!一緒に風鈴を作った!

江ノ島とか水族館も行った!」





すると突然、冬音は涙を流し僕に抱きつく。






「良かった、思い出してくれたんだ。」




「うん。」





「死んだ人はあの世界のことを忘れて自分が生きていた世界を見に行くの。

まるで自分が生きているかのような妄想を見て生活していくうちに今までの記憶と一緒に自分も消えていく。」





「冬音が来てくれたおかげだよ。」




「まあね~。

そんなことよりさ!向こうに行ったら何する?」




「う~ん…そうだ!水族館に行こう。」




「同じこと思ってた!」


2人で笑い合う何気ない日常を幸せに感じる、こういう事を考えるのが幸せなんだ。



日が落ちる寸前、最後の一番輝く夕日は彼女を照らす。


美しく染まる彼女の笑顔は何よりも美しかった。


「よし、じゃあ行こっか。」








「うん。」







僕は彼女と手を繋ぎ、日没と共にここから…



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夏色の夢 R音 @rion731

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