11.夕焼け

風鈴の振動がおさまると僕達は既に最後に選んだバス停に海とは逆を向いて立っていた。




海側を向いてなくてよかった、となんとなくサプライズをしたかった僕は安堵する。



それにしても、自分以外の全てが目まぐるしく変わるという経験はなかなかの迫力だった。


魔法使いのお引越しをしているような面白く不思議な感覚だ、そんな感覚も終わり少しの沈黙が続く。


目をゆっくりと開き冬音が口を開く。




「ここ?」


「うん、ほら、波の音」




背後からは力強くも心地よい波の音。

爽やかな潮風は僕たちを優しく撫でる。

二度目の僕でさえワクワクしてしまう。





「一緒にみよう」


「うん!」




「「せーの!」」





振り向くとすぐに、薄ら桃花色に染まる空と穏やかな海の煌めきに目を奪われ、自分がまるで別の星に来てしまったと錯覚するほどの美しさに僕たちはしばらく見惚れて、声を、失う。










しばらくの沈黙の後、僕の口は無意識に言葉を発する。





「この前来たときより、綺麗だ」


「すっごい綺麗!」



冬音は目を宝石のようにキラキラにさせて僕を見る。




「こんな綺麗な景色 初めて!」



「きっと夕焼けはもっと綺麗だよ」





「そうだね。楽しみ!」



早く見せてあげたい。





でも…




冬音は真面目な声で話す。




「璃音」



「ん?」



冬音と僕はバス停のベンチに座り海を眺める。




「日が沈んだら私たちどこに行くんだろうね」



「うーん、記憶がなくなって赤ちゃんに戻るんじゃない?」



「生まれ変わるってこと?」



「うん。」



海に太陽とつながる光の橋が架かる。




また別の美しさを見せる自然に自分がちっぽけに感じる。




「じゃあ、生まれ変わりたくないな、わたし」



「どうして?」



「だって、それって消えて無くなるのと同じでしょ?」




冬音の言葉に僕は少し考えて答える。



「うん」



冬音の言う通りだった。



少しの間の後、冬音は再び口を開く。




「私、生まれ変わるより凌音みたいな感じになりたいな。

お金と時間にとらわれないで好きなことができるでしょ」





一見何も考えていないようなその言葉は多くの事を抱え込んでいるように感じた。





「そうだね」



「それに…辛い思いをした人、幸せを奪われた人の最期の幸せな時間の手助けができるでしょ」





僕はこの言葉を聞いてすぐに江ノ島で出会ったお兄さんが頭に浮かんだ。




お兄さんが僕たちを見つけていなければ、出会えなければこんなに幸せな時間を過ごせなかった。




お店自体もほとんどが観光地にしかないっていってたし…




亡くなってから何もないところにきていたらと考えたら。




いわゆる心霊スポット、助けを求める幽霊と言うのはこういう事なのかもしれない。




「幽霊の世界も、もっと栄えるといいね」




「うん。だから私ね、 いつか夏色の夢に戻りたい。


お店に来た人も勿論だけど人が居ない所にいる人とか、助けたりしたいな。」



「冬音なら、できるかもね」


「うん!璃音は、生まれ変わりたい?」



「どうだろう…」





僕は物心ついた時から死後について時々考えることがあったが答えは出なかった。

いざ死んで、生まれ変わるのかもわからない瞬間に直面した今も同じだ。

いくら考えても冬音のように答えは出ない。






だから僕は直感で答えた。









「生まれ変わる、かな」




「どうして?」



「うーん、なんとなく?」



「何それ」



彼女はいつもの笑い声を聞かせてくれた。


僕もそれにつられて笑う。





しばらく笑った後、僕は気になることを聞いた。



「ねえ、冬音」



「なに?」



「今日、楽しかった?」



「すっごい楽しかったよ」



冬音の笑顔とこの言葉で僕は腰が抜ける程の安心感に包まれる。




「璃音は今日、楽しかった?」



「楽しかった、でも…」




今日が最後、と言うことが一日中頭から離れなかった僕の気持ちを先に口にしたのは彼女だった。





「悲しかった?」




「…うん、これがずっと続いたらって思うと…」


「ありがと」


「え?」



「そう思ってくれて嬉しい、私もそう感じたから」



冬音は僕の手を優しく、握った。





「幸せだね」



「うん」




海と空は徐々に色を濃くしていく。




「もうすぐだね夕焼け」





空はまるでパレットのように色が混ざる。


み空色の空に浮かぶ赤橙色の雲。


ところどころにある桃花色。


雲の隙間から見える薄明光線。




「ねえ、近くにいこ」





冬音は僕の手を掴んだまま光に誘われるように立ち上がり海に向かい歩き出す。


海は少し肌寒くサラサラした風を僕たちに吹き付ける。

夏の涼しい風は心地よい。




道路を渡りきりガードレール兼防波堤に登る。



防波堤に立ち下を見ると数メートルの絶壁と波の花が咲き乱れる消波ブロックが敷き詰められているのが見え

る。



ここから見る景色を邪魔するものは何ひとつない。


地球の丸みを全身で感じられる。


この絶景を余すことなく堪能できるのだ。




「わあ!すごい!」


「でも、ちょっと怖いね」


「落ちなきゃ平気!」


「確かに」



海からの風は時折、潮煙を運び、まるで霧吹きを吹き掛けられているようだ。




「冬音、見てあそこ」


強い風が吹いているのか鮮やかで美しい色のついた雲は飴のように引き伸ばされ消えていく。



「雲、なくなるかもね」


「うん」



しばらく見惚れていると雲は一つ残らずなくなった。













僕は思ったより速く沈んでいく太陽に不安を感じていた。






雲のない空は紺色に変わる。








「冬音! 」










風が僕達を吹き付ける。
















「僕、冬音の事が……」














涙はぽろぽろと零れる。









「好きだ。」







強い風が優しく僕らを包み込む。


まるで柔らかいベールで守られているような感覚。


僕と冬音だけの世界。






彼女も涙を流し笑顔を見せくれる。







「私も好きだよ 璃音」






















ドクン
















ドクンッ




















ドクンッ
















……























太陽が沈むと同時に僕達は最初で最後のキスをした。









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