10.夏色の夢

ジリジリと肌を焼く陽射しは弱まり、まるで森林の中にいるような気持ちの良い涼しさを感じる。

「ついたね」

「うん!」

鎌倉と言えば坂道からの踏切と海の美しい眺めや自然と融合する古風で爽やかな街並みを体験できるのが素晴らしいところだ。

あとはやっぱり、食べ歩きだろうね。

「あ!幽霊案内の人がいる!」

「本当だ!」

見えてないから良いんだけどやっぱり…

「お!お二人さん、地図あげるよ!楽しいんでな!はっはっは!」

「ありがとうございます!璃音、地図もらったよ!」

目立ちすぎなような…

分かりやすいから良いか。

地図を見ると幽霊専用の飲食店やお土産店などの場所が細かく分かりやすく記載されていた。

「おお、良いねこの地図」

「でしょでしょ!」

それに幽霊専用の自動販売機の場所まであるなんて便利だ。

「ねえ、璃音 小町通りにいこ!」

「いこいこ!鎌倉きたら小町通り行かなきゃね」

「こっちだ!」

 

駅から徒歩3分ほどでついた。

「なんか良いね」

「うん、一番好きな街かも」

「私も…」




江ノ島とはまた違う雰囲気の商店街が広がる小町通りは生きた人間も多いが幽霊専用の看板も多く目に入る。

「あ!おしるこ飲みたい!」

「いこいこ」

中に入ると老舗感満載の味のある店内におばあちゃんが一人。

「あら、いらっしゃい」

「「こんにちは」」

「冬音は何にする?」

「おすすめしるこかな」


「よし、じゃあ、おすすめしることトロ煮しるこください」

「はいよ」


 

少し無愛想だけど横柄な老舗がある中でここは堂々とした老舗の貫禄と優しさを感じられて入ってすぐにまた来たいと思わせてくれる。


「お待たせ、こっちがおすすめしるこね…火傷しないようにゆっくり食べな」

おばあちゃんは優しさ溢れる笑顔を見せる。

「「はーい」」

  

小豆のいい香りが店内に広がる。


お椀の中に広がるおしるこはまるで小豆色のキラキラと光る湖に薄茶色の島が浮いているようだ。なんて僕にしては良い例えが出てくるほど心動かされる。


トロ煮しるこは冬音の注文したおすすめしることちがい少し輝きがなく餡子のような見た目をしている。


「いただきまーす…ん!おいし」

「うん、美味しい」

何だろう。

この満たされる感覚。

甘すぎず喉越し食べ応えもしっかりしているが喉に全く残らず不快感がない。


一言で表すなら…


「お…」

「璃音のおしるこ一口ちょうだい」

「い、良いよ」


美味しい、だ。


「私のもあげる」

 おお、こっちはトロ煮よりもサラサラしている。

やはりしつこくない甘さ、あっさりしているのに深みのある不思議な味。

おしるこなんてなかなか食べないけど、間違いなくおしるこ界一位だと僕でも分かる。

「両方美味しいね!」

「うん、すごく美味しい…ここを選ぶなんてさすが雪音」

「でしょ!ようやくわかったか、私の凄さ」

「前から知ってたよ」

「照れるな~」

「「あはは」」


おしるこをぺろりと食べ終わる。


「次どこ行く?」

「地図見てみるか」

折りたたまれた地図を開き幽霊でも楽しめるお店を探す。

「ガラス細工とか良いよね」

手作り風鈴なんてかっこいい。

「行きたい!」

「え、良いの?」

「私、風鈴好きだから」

「作りに行くか!」

「うん!」



とは言うものの…

お店が10以上あるぞ!

「どこにするか選ぶのも楽しいよね」

「私、ここかここが良いかな」

「どれ?」

ボロボロの古民家の写真に色あせた

恐怖、真夏のヒヤヒヤ!きゃあー、幽霊のガラス作り!

と書かれた看板の店「ガラス細工 真冷」


木々に囲まれた明るい色の和風な広い木造平屋建ての一軒家に涼しそうな風鈴が飾られているお店。

入り口の横には「夏色の夢」と書かれた看板。


「冬音…」

「ん?」

「夏色の夢にしよう」

「やっぱりこっちの方がいいよね!」

「完全にこっちだよ、真冷なんてやってるか分からないし」

他にもたくさんある中で一番良さそうな夏色の夢と一番良くなさそうな真冷の二つで悩むなんて不思議だ。

「よし!じゃあ、いこ」

店から出ることを察したのかおばあちゃんが声をかけてくる。

「お金はいらないよ、早く行ってきな」

「いいんですか?」

「いいのよ、そのお金もおままごとみたいなもんでね ほら、早く行きな!時間、目一杯楽しんでね」

「「はい!」

 

店を出ると入る前より気温が下がり1日が進んでいると実感する。

「あのおばあちゃんいい人だったね」

「うん」

初めは怖そうだったけど、幽霊っていい人だらけだな。


「ねえ、この地図すごい」

「え?」

「ほらここ」


地図の表紙にはこんなことがかいてある、

行きたいところを指で押さえ目を瞑るとすぐに行けます。

「おお!すごいハイテクだ」

いや、待て、そんなことないかな。

でもすごい。

「じゃあ、早速」

冬音と恐る恐る指で店の場所を押さえ瞼を閉じる。

 





まるで波のようにさわさわと音をたてる葉の音、心地よい蝉時雨が耳を優しく撫でる。

「ついたね」

「うわあ綺麗」

地面にくっきりと葉と枝の影が映り、ゆるりと揺れる木漏れ日。

葉を見上げると黄緑色のライトのように柔らかい光が僕らを照らす。

「ここにしてよかった」

「ね」

しばらく自然を堪能したあと店に入る。

自然に揉まれた柔らかい風に涼しげな風鈴の音が漂う。


「「こんにちは」」

「おお、いらっしゃい」

奥から鈴を転がしたような声で迎えられる。

出てきたのは若い、いや、同い年くらいの少女だ。

襟足で切り揃えられた濡烏色の髪。

まさに、蝉鬢とはこのことだ、と心の底から感じられる。

綺麗すぎて人間味がない少女だ。


「風鈴作りに来たんでしょ、それしかないか あはは」

「うわあ、綺麗 これ全部作ったの?」

え、知り合い?って思うほど打ち解けている二人においていかれる。

「うん、江戸時代からやってる」

同い年かと思ったんだけど…

大先輩だった。

「ええ!すご!」

「そう?照れるなあ、早速作ろうか!」

「うん!」

「ほら、君も 行くよ」

「う、うん」



奥に進むと隙間から紅蓮の炎が漏れている。

「ねえ、お名前なんていうの?」

「ああ、言ってなかったね  はいこれ道具ね」

少女は冬音と僕に細長い透明の筒を渡してくる。

「私の名前はあれ!」

少女が得意げに指差す方向には長半紙には書道家並みの字で 

天才の凌音と書かれていた。

この子、うっすら感じてたけどひょっとして変?

「ええ!みんな一緒だ!」

冬音はそんなこと気にせず先に進む。

それにまあまあついていける僕もきっと…

「なにが?」

「私、冬音 音がついてるでしょ 璃音も音がついてるの!」

「ほう、二人とも綺麗な名前だね、私が一番だけど、よしやるか」

凌音は黒板に説明しながら絵を描き始める。

「まず、この窯ん中に溶けたガラスがある」

スラスラと迷いなく、生き物のように滑らかに動くチョークは簡潔で分かりやすい絵を描き出す。

「「うん」」

「ガラスを水飴みたいに取ったらくるくるしてふぅして柄を作って切ったら終わり」

「おぉ!」

絵が上手いから理解できたけどすごく適当だったような気がする。

「よし、璃音 君からやろう 女の子はちょっと怖いからな」

「できるかな」

不安がつのる中、冬音を見ると開かれた窯の中を目をキラキラさせてみていた。

冬音より僕の方が怖いんだけど…

「はい、じゃあガラス掬って」


「おお!ちょっと硬いけど本当に水飴みたい!」

「ええ!いいなぁ」


「くるくる上手いねぇ」

凌音に手伝ってもらいながら膨らませる工程に移る。

「じゃあ、回しながらちょいふぅして」

ちょいふぅね。

スゥ…ブブブ!

「あれ…」


「「あっはっはっは」」

二人は大爆笑。

「ねえ、冬音 今の聞いた?」

「聞いた聞いた」

「「あははははははは」」


「笑いすぎだってぇ!」

なんて言いながら心から楽しい時間だ。


「まあでも、ふふ、ちょい膨らんでるから ふふ ちょい貸して」


くるくる回しながら渡すと慣れた手つきで筒に針を通し穴を開ける。

この人なんでもできるんだ、 

笑いながらやる彼女はなにも知らない僕からみても職人、いやそれ以上の技術がある。

書道もそうだし、尊敬できる人物を初めて見つけた気がする。

「はい、これ風鈴くらいに膨らませて 最初ちょい硬だけど急に柔らかくなるから気をつけてね」

 

「よし!次こそ」

  

ふぅ


「おお!上手い上手い あ、設計すんの忘れた」

「え?」

「まあ平気平気!ちょい貸してね」

カチンッ 

カチンッ

「ほら、よくできました!」

「おお!すごいじゃん璃音!」

 

少しゆがんだ透明の風鈴。

「おお!綺麗だ!」

自分で作るとこんなにも愛着が湧くなんて。


「これに絵を描くんだけどその感じじゃ描かないよね?」

「うん!このままがいい!」

「じゃあ、冷えるまでちょいかかるから冬音の応援して」

「はーい!」

僕は絵が下手だし、何より、無色透明で少しゆがんだ風鈴ほど涼しげなものはない。

冬音はどんなの作るのかな。


「よし、冬音やろうか」

「うん!」

「璃音より良いの作ろうね」

「やった!」

「まず設計しよ」


設計バージョンもきになるな。


「この紙に絵を描いて、少しなら出っ張りもできるから」

「はーい!」

冬音は丸の中に赤い太陽と水色の空に少しの白い雲ふたつを出っ張らせる。

「可愛い!」

「でしょでしょ!」

本当、昔からの友達みたいだ。

「ベースは水色のガラスにしよっか」

「うん!」

「じゃあ、ガラス掬ったらこの粉の上に転がして」

「こう?」

「そうそう」

シャリシャリと心地よい音が耳を撫で粉と溶けたガラスはひとつになる。

「ちょいかして」

凌音の滑らかで軽々と動く手は溶けたガラスを扱っていることさえ忘れる。

まるで水飴に色を練りこんでいるように。

見る見るうちに熱せられた朱鷺色のガラスは鮮やかで美しい秘色に変わる。


まるで魔法だ。


「おお!綺麗な色!」

「次は冬音の番だよ」

「よーし!」

冬音は窯に負けないくらい顔を真っ赤にしてガラスを膨らませる。

「ぷは!どう?」

「すごいよ冬音!上手!」

「えへへ」

得意げにこちらをみてくる。

「すごいね、職人だったよ」

「でしょ!」

本当に、すごく上手い。


「次はね冷えるまでにくっつけるやつ考える工程ね」

「はぁーい」

「これが白系と赤系のガラスの透明になるやつとならないやつね、冬音が好きなの選んで」

「うーん、透明になるのがいいけど色に悩むな」

それもそうだ、同じ赤色でも聞いたことも見たことも無い色がたくさんある。

鮮やかなで美しい色、名前に心動かされる。

豊かになるような、不思議な気持ちだ。

「悩め悩め!ここも風鈴作りの面白いところだぞ!」

決め台詞を言ってやったぜと言わんばかりの表情だ。

やっぱりこの二人、似ている。

冬音の家系だったりして、睫毛が長いところとか、切れ長の大きな瞳…

それにあの性格だからなぁ。

「決めた!」

「お、真白の雲に紅緋の太陽か、いい色選ぶね」

「照れる」

「「あはははははは」」


冬音の風鈴は冷えてさらに綺麗に色を放っている。

「よし、固まった!バーナーで溶かしながらつけるからちょいムズだけど冬音ならできるぞ」

「頑張って!」

「頑張る!」

バーナーに火をつけるとすぐに懐かしいボオオっという音を出す。

凌音は桃色のガラス棒をなにも考えずに手に取り、たまたま手の届くところにあったグラスにハートを作る。

ただでさえ言葉にできない清涼感と美しさを持つ透明のグラスに鮮やかな桃色のハートが付け加えられ、高級感と上品な可愛さを持つグラスがたった数秒で作られる。

それもお手本で。

「こんな感じ!太陽と雲どっちからやる?」

「雲!」

「じゃあ、ひとつ目は私が手を動かしてあげる」

「やった!よーし!」

凌音は冬音の手を包み真白のガラスを炙る。

水飴のようにくねり始めたら風鈴にくっつけ形を作る。

「ここ、こうやると…」

「うん…」

「ほら、今の感覚ね、こうすれば風に吹かれたような雲になる」

「わあ!すごい綺麗!」

「よし、じゃあ一人で挑戦!」

ゆっくり慎重に風鈴にのせ固まる前に雲の形を作る。

「ちょっと変だけどどう?」

「才能あるよ冬音!」

「うん、上手い!」


「やった!次は太陽」

紅緋のガラスは炙られて溶岩のように赤みをます。

「あ…横に伸びちゃった」

「いいじゃん!夕日みたいで綺麗!」

確かに夕日に見えて綺麗だ。

冬音も納得してるし。

「ちょっといびつだけどいい感じだ!」


「じゃあ次は、二人ともこの短冊つけたら完成!」

 夏色の夢と書かれた爽やかな短冊だ。

「「わあ、綺麗!」」

 

僕は色の美しさに魅了され質問する。

「これなんていう色?」

「この色ね、水縹色っていうの綺麗でしょ」

「色って面白いね」

「でしょ、音も合わせたらもっと面白いよ」

「音?」

「そう、色の音 まだ冬音と璃音には分からないと思う」

「色の音か」

「何百年も存在したらわかることだよ」

言葉の重みを感じる。

「あ!ほらほら、もうすぐ夕日の時間だよ」

「もうすぐって言ってもまだ…」

「最期の数時間は二人でいないと、大切にしないとだめ」

凌音の真面目な声に僕たちは背中を押される。

「うん、大切にする」

「冬音、夕日、見に行こうか」

「いこ!」


「あ!ちょい風鈴貸して」

「「うん」」

凌音の掌に置くと風鈴は見る見る小さくなる。

「「おおお!」」

そのままストラップの大きさになる。

「はい、絶対壊れない風鈴だから大切にね」

「「うん!」」

「大きさ戻したかったら短冊見て思い出して、また来てね」

「ありがと」

ふと冬音を見ると今にも泣きそうな顔になっていた。

それを見て僕は涙をこらえる。

「冬音、おいで」

凌音は透き通る綺麗な声で冬音を呼ぶ。

冬音は彼女に抱きつき、頭を撫でられる。

「大丈夫、また会えるよ」

「うん…」


「璃音 泣くな、最期まで冬音を大切にするんだよ」

「…うん」

「よし!なくの終わり!じゃあ、お別れだ 最期まで楽しんでね!」


「「うん!」」


「二人で風鈴をならしてごらん、二人の行きたいところにすぐ行けるから」

僕と冬音は風鈴を顔の前にあげる。


「じゃ、またね~!」


「また来るね!」

「僕も!」

「「「バイバイ」」」

風鈴を揺らすとこの世のものとは思えない透き通る美しい音色が響き始め、同時に周りの風景から気温や湿度いったありとあらゆるもの全てが移り変わり始めた。


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