42.登校


学校に着くと俺はそそくさと自分の教室に向かい、自分の席にすぐに着席した。時間は3時間目の前の休み時間。


昨日の夜、あのまま眠りこけてしまった俺たちはまともに目覚ましもかけていなかったので、もちろん時間通りに起きれるはずもなかった。特に塚本くんは、いつもあんな時間まで起きていないから尚のこと寝起きが悪く、俺が思い切り叩き起こすまで一向に目を覚まさなかったのだ。しばらくして目が覚めてきた彼は、焦るでもなく自分が寝坊するなんてとただただ驚いていた。俺だってびっくりだ。

大慌てで身支度を整えて、大急ぎで家を出発する。幸いなことに俺の足はいつもの調子で動いてくれて、若干痛むくらいで走って向かうことができた。


しかし俺がこんなにも焦っているにもかかわらず、塚本くんはというと終始平然としていたな。初めての遅刻に顔も真っ青かと思えば、「貴重な体験でした」という始末。決していいことではないのに何を満足そうにしているのか。やたら焦っている俺が馬鹿みたいだったが、どう考えても正しい態度は俺の方だ。いったい彼は遅刻の理由をなんと説明するのか。あのど真面目がただの寝坊なんて言ったら、本人よりも先生たちの方が動揺するだろう。


ーそれにしても、周りの視線が痛い。

何日も休んでいた上に、所々絆創膏を未だに貼っている。その上に遅れて学校に入ってきた俺は、その時ばかりは注目の的になるしかなかった。親しい人間がいないおかげで問いただされることはなさそうだが、この視線の集中の仕方はなかなかきつい。


なるべく気にしないようにして次の授業の準備をしていると、机の隅をトントンと叩かれる。

顔を上げてみると同じクラスではあるが話したことなど恐らくない、そんな人物がそばに立っていた。一体何のようだと怪訝に思うが、彼の表情には悪意は無い。快活な爽やかな笑顔を浮かべている。


「なぁ、お前あの神白の兄ちゃんなんだって?」


突然そう言われたことに戸惑う。どうして知っているんだという疑問。はてなマークの浮かんだ俺を見て、笑いながら説明してくれた。


「ごめんごめん急に。俺サッカー部なんだけど。……ほら、弟くんもサッカー部だろ。あいつすげーお前のこと心配してたよ」


心配?あいつはいったい何を俺の同級生に話してるんだ?

俺の行方でも探しているのかとも思ったが、そもそも学校には俺が風邪で寝込んで休んでいるとかってことになっているはずだ。あの親が俺の家出を心配して警察に届けたりするはずがない。姉ちゃんは俺があの日学校に行ったことを知っていると思うし、行方はわからずとも学校から電話がかかってきたらそんな感じでごまかしていたに違いない。弟だってもちろんそれに口裏を合わせているだろうと思ったのだが。


一体何を考えてる?


「心配…?」


本気で内容がわからなくて顔をしかめていると、彼は声の音量をおとした。


「俺も味方になるからさ、相談でもなんでもしてくれよ」


「は?」


「あ!あと弟くんがお前にメールしても返信が来ないって嘆いてたぜ。家じゃ話しにくいこともあるから返事して欲しいって。返してやれよな」


「……ああ」


言いたいことだけ言ってさっさと自分の席に戻る彼の後ろ姿をじっと見やる。彼が何を言わんとしているのかはさっぱり分からなかった。しかし弟が彼に何かを話したということは確かで、その内容が想像もつかない。いやに足元を這い上がってくる気持ち悪さがある。

こっそりと机の下でメッセージアプリを立ち上げてみると、また山のように弟からのメーセージが来ていた。これは流石に返信した方が良さそうだ。同じ学校にいる限り偶然にも遭遇する可能性は十分あるわけだし。これ以上無視してあのクラスメイトに有る事無い事ふき込まれても困る。


今朝まで楽だった気分が急速に重くなっていく。あんなにもちゃんと向き合おうと休んでいる間に決心したのに、学校に来た途端俺の頭は弟のことで埋め尽くされて、もうすでに逃げ出したくなってきた。治ったはずの足までズキズキと痛んできて「重症だ」と思う。やっぱり思った以上にトラウマになっているらしい。

弟のメッセージを開くこともできずにただただスマホの画面を眺めていると、久々に聴くチャイムの音が鳴る。

そうだ、勉強。勉強に集中しなくては。期末も近い。休んでいた分の遅れも取り戻さなくてはならない。携帯をポケットにしまうと、自分を叱咤して無理やり先生の方へと集中を向けた。ポケットに感じる重さを片隅に感じながら。

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