43.素の顔



「どうしたんです、先輩」


昼休み、スマホとにらめっこしながらおにぎりを食っている俺を、不思議そうな顔で見てくる塚本くん。

いつも通り俺の教室まで迎えに来た彼は、あらかじめ売店でおにぎりを購入して持って来てくれた。彼も今日は同じ売店のパンだ。本来であれば俺が弁当を作って料理の腕をふるってやったのだが、寝坊した後にそれは不可能。こういう時ばかりはやっぱり、弁当は俺じゃなくて以前のように使用人の人に任せた方がいいのかなと思わないでもない。塚本くんが購買の100円そこらのパンを食べている姿が珍しく、申し訳なくなってきた。


「弟になんて連絡いれようと思って」


「いれなくていいと思います」


すぱっと切り捨てるように言い切る。彼は途端に機嫌を悪くしたように、ぱくぱくと食べるスピードを上げだした。


「…なんで怒んだよ」


昨日からなんだかんだ拗ねがちだ。晩御飯はカルシウムたっぷりのメニューにしてやろうか。

塚本くんはちらっとこっちを見て「分からないならいいです」と小さく呟く。そんなふうに拗ねられても分からないものは分からないんだけど。こっちは真剣に悩んでるっていうのに。俺だって連絡なんて取りたくないが、連絡しなかったら弟からあのサッカー部員へ不満が伝わって最終的に俺の元に返ってきそうだ。返事を返すと言ってしまったからには、一言でもいれておきたいと思う。内容には気をつけて、こっちの居場所がわかるようなことを言わなきゃいい話。

なぜか不機嫌になってしまった彼を放っておいて迷いながら文字を打っていると、急に手の中からスマホが奪われた。ここには2人しかいないのだから犯人の特定などするまでもない。


「…………おい」


「今はお昼ご飯です」


「?……知ってるけど」


言いたいことが理解できずに彼と数秒見つめ合うという謎の時間が過ぎる。痺れを切らした彼は、遂には俺のスマホを自分のポケットにしまってしまった。


「おい!」


「今先輩は俺とご飯を食べてるんです!」


「…………はい?」


顔を赤くしてして声を荒らげる彼に気の抜けた声が出てしまう。その言っている意味を理解して、まじまじとその顔を見つめた。本当に?本当にそんなことをこのクール系男子が言うか?平然と冷めた顔を常に貼り付けて生きている奴が。急にそんな小っ恥ずかしいことを。

いや、でも昨日もだいぶ拍子抜けするようなことでいじけてたし。

しばしの沈黙ののち、俺は耐えきれず吹き出した。ゲラゲラと笑う俺を顔をしかめて睨んでくる。こんな顔も最近では結構見慣れてきた。表情が豊かになったのか、本来の彼が見られるようになったのか分からないけど。塚本くんが素で接してくれているのがわかりやすくていい。


「そんな怒んなって。全く、塚本くんはかわいいな」


そんな俺の言い草に自分がバカにされていることに気がついたらしく、すっかり不貞腐れてしまった。


塚本くんはやはり目立つ人種のようで、ちらほらと噂が耳に入ってくることが多い。彼がわざわざ俺の元へ来たりするから、時々塚本くんのことを尋ねられたりもする。主に女子に。塚本くんの好みだの、彼女の存在などを根掘り葉掘り聞かれるわけだ。ところが残念ながら俺と塚本くんの間にはそう言った話題が上がってこないので、その質問には「分からない」と返すしかない。しかしまあ、俺とこれだけ一緒に過ごしている時点で、彼女がいるとは考え難いだろう。もしいたとしたら俺はもうじき彼女に刺されるに違いない。

とにかく噂を聞くに、どうも塚本くんは完璧な王子様キャラが定着しているらしい。…まあ、金髪高身長イケメンだし。実際に弱点なしの完璧超人だから間違っちゃいないけど。しかし知れば知るほど俺の中では彼は王子様からかけ離れていく。すごいやつだけど、変わってるし子供っぽい。こういう一面を知ったら、今彼のことを王子様だと目を輝かせて見ている彼女らはどう思うんだろうか。意外とギャップが受けてファンが増えるような気がしないでもない。それにそっちの方が男子ウケもいいと思う。自分しか知らない塚本くんの素顔をバラしてやったらみんなどんな反応をするか、考えるだけで面白い。


「いつもそういう風に感情出していけばいいのに」


「そういう風って、どんなです?」


「お前は基本鉄仮面かぶったみたいな無表情してんだろ。今の素の感じの方が友達とかもできるんじゃないの」


「俺いつも素ですよ。空気読んで感情取り繕うとか、面倒なことはしない主義なんで」


そうは言っても、俺がたまたま学校で見かける塚本くんの他の人への態度と俺への態度には差がありすぎる。ピクリとも動かない口角に、感情のないロボットかと思ったくらいだ。頬を赤く染めながら勇気を出して話しかけたのであろう、可愛らしい女生徒に向ける視線の冷たさったらない。


「好きな人とそうじゃない人に対する対応に差があるのって当然じゃないですか?」


「あー…まぁそりゃそうだけど、そのうちお前嫌われるんじゃないの」


先輩としての忠告に、彼は心の底から理解できないという顔を向けてきた。


「別に良くないですか?俺は先輩に嫌われなければそれでいいです」


平然と吐かれたその言葉は嬉しいけれど、俺が卒業した後こいつはどうするんだろうと思った。考えてみれば彼も俺も2人だけの世界に閉じこもりきりな気がする。居心地がいいと言ってもいつまでも一緒にいることはできないというのに、他の人間との関係性を築いておこうという考えはないのか。それは俺自身にも言えることだけれど。彼に言う前に俺も、もう少し周りの人間に歩み寄るべきなのかもしれない。


そう考えると、ふと今朝声をかけてきたやつの顔が思い浮かぶ。弟と同じサッカー部の、確か名前は「花宮」だったか。

弟のことで聞きたいこともあるし、彼に話しかけてみようか。



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