第4話

「__以上で、報告を終わります。なお裏取りについては後日報告します」

 僕はそう言って、一礼した。

「……なんだかよくわからないな」

 話を聞き終わったあとの彼女の第一声はそれだった。

「この事件の関係者は、今のところ三人だが、どいつもこいつも白とも黒とも断ぜない」

 それは僕も思っていたことだった。

 部長に関しては、話している雰囲気からはとても犯人とは思えないが、一人で先に帰ったというのがわからない。目撃されているわけでもないので、真偽もわからない。

 悠斗くんにしてもそうだ。画材を運び出したのには証人がいるが、屋上で描いていたときの証人はいないから、そのときどうしていたかがわからない。

 恭一くんはその逆で、外を歩き回っていたときに、どうしていたのかがわからない。描いていたときの証人はいるので、そこは大丈夫なのだが、いずれにしても判然としない。

 そして何よりも、なぜ犯行に及んだのかがわからない。誰を犯人にとってもだ。

「まだなにかが足りない。なにかが足りないんだ」

 笹谷有紀はそう言うと、頭を抱えてしまった。こうなるとなかなか動いてくれない。

 しかし、いずれにせよ考え初めてはくれた。だったら、僕のするべきことは一つ。

「さて……」

 僕は文芸部室の中においてあった机の一つを借り、別の証言をまとめ始めた。裏取りの際に聞きに行った証言の内容だ。もっとも、今ここでまとめたところで、特に意味は無いのだが、後でどうせ全部まとめるのだから、今できることはした方がいい。

 僕はまた、証言の内容に思いを巡らせた。

________

 茶道部の部室も、やはりクラブ棟にある。美術部が一階、文芸部が二階、茶道部は二階だ。

「こんにちは! 体験入部の方ですか!?」

 ノックするなり勢いよくドアを開けてきたのは茶道部の部長だった。なお部員は部長ともう一人の計二人。悠斗くんは部員と言っていたので、きっと今自分の目の前にいる方ではない、が、油断は禁物である。

「いや、違いますけど」

 こういう類いは早めにきっぱりと断っておかないと、ずるずるむこうのペースに巻き込まれると知っていた僕は、さっさと違うと言い切った。

「……なんだ。違うんだ」

 僕のその言葉を聞くや否や、茶道部部長はさっさと扉を閉めてしまった。

「いや用事はありますけど!」

「うちは体験入部の子以外は受け付けておりませーん」

 間延びしたその声に僕は頭を抱える。証言の裏が取れないというのは最悪だ。真偽の判断ができない。かといっても、今の僕の体は、さっきまで美術部員の証言を聞いていたのと、日頃の度重なる激務で疲弊している。僕は証言の真偽と、自分の体の疲労とを天秤にかけて、盛大にため息をついた。

「冗談です。実は体験入部でここに来ました」

 次の瞬間だった。

「ようこそ! 茶道部へ!」

……これは泣いても許されるのだろうか。

 苦笑いしながら僕は、この先受けることになるであろう茶道部の洗礼に身構えた。

__かくして一時間ほど経ったあとのこと。

「ところで、聞きたいことがあるのですが構いませんか?」

 あまりにも長い時間正座していたせいで、もはや足がしびれているのだが、慣れというのは怖いもので、まだ正座に耐えれている。

「もちろんもちろん! じゃんじゃん聞いちゃって!」

 体験入部をしたからか、明らかに気前がいい。さっきからお茶を何杯かと、茶菓子をいくつか出してもらっている。

「美術部の悠斗くんが、画材を部屋から出したときに、茶道部員の子を見たと言っているんですが、心当たりはありませんか?」

「ん……」

 茶道部部長は顎に手を当てて少し考える。なお彼女も彼女でずっと正座しているはずなのだが、大丈夫なのだろうか。

「私は知らないかな。祐子にも聞いてみるけど……」

 書類で見たことがある。確かその子がもう一人の部員だ。

「それで構いません。わかったらここに連絡してください」

 僕が胸ポケットから生徒手帳を取り出して、そこに挟んでいた名刺を渡した。

「……名刺なんて持ってるんだ」

「委員会の関係で、連絡先を教える機会が多くてですね。面倒になって作っちゃいました」

 なにかおかしかったのか、部長はにこやかに笑った。

「では、僕はこれで」

 立ち上がった瞬間に、足がもつれてしまった。

「やばっ……」

 足がしびれていることを忘れてしまっていた。ギリギリのところで器に当たることは避けたので、床を汚すことと、器を割ることだけは避けることに成功した……が。

「大丈夫……あっ!」

 まさかの部長も倒れ込んだ。ていうか足しびれていたのか……じゃなくて!

 予想通りに彼女は倒れ込んで、見事に器を倒してしまった。

「あーあ……」

 柄にもなく、そうつぶやいてしまった。

 まあサッカー部はこれよりひどくはないだろう。僕はそう思っていた。まさかこのあと、別の意味で怖いものが来るとは、思ってもいなかった。

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