すさまじきもの

1.人類拡散計画

「うぅ、寒い……」

 目が覚めたら真っ白な天井が見えた。ものすごく寒いのだけど、私はいったいどこで寝ていたの? 震えるように体を抱えた瞬間、自分が全裸であることに気が付いた。

「え!? なんで!?」

 上体を起こし、体を見下ろしてみても、やはり全裸だ。私は白いカプセル状のベッドに寝ていたようだ。現状はカプセルの蓋が大きく上に展開している。


『おはようございます』

「えっ!?」

 人の声に、私は思わず大声を挙げそうになった。一面真っ白な部屋の中、スライド式の扉らしきところに一人の女性が立っていた。髪はショートで白色。肌も白ければ服も白い。ぴっちりとした全身タイツのような服装だ。顔つきも体つきもまるでマネキンのようで、表情も無い。ただ真っ黒な瞳だけが、私を見つめていた。


「だ、誰?」

『私は汎用アンドロイドAN105HK、この"方舟00106号"搭載3号機です』


 方舟、アンドロイド……。朧気ながら記憶が呼び起こされてくる。




 ──「面白そうだから、登録してみようぜ」

 彼氏に言われて、"外宇宙人類拡散計画"の被検体として遺伝子と人格情報を提供した。なんか、注意事項とか事前情報とかいろいろ言われたけど、小難しくてよくわからなかったから覚えてない。とにかく、人格情報コピーとかいう話で、カプセル状の装置に入ったところまでは覚えている。


「まさか、そのまま拉致されたの!?」

『被検体反応パターンNo.3に該当。あなたは遺伝子提供者"初城はつしろ 玲奈れいな"ではありません』

「はぁ!? 何言ってるの!?」

『あなたは遺伝子提供者"初城 玲奈"の遺伝子を元にクローン培養されたF型繁殖用生体です』

 繁殖用生体……? 注意事項で何か聞いた気がするけど、あまり覚えがない。とにかくものすごく不穏な響きであることはわかる。


『本艦は既に惑星2MS1527RQに到着。方舟は住居モードへと移行しました。以降、速やかに繁殖行為を行ってください』

「繁殖行為!? だ、誰かとヤレっての!?」

『有体な表現をするならば、その通りです』


「なんでそんなことしないといけないのよ!! 意味わかんない!!」

『被検体反応パターンNo.107に該当。ご説明いたします。あなたの生成ベースとなった"初城 玲奈"様は、"外宇宙人類拡散計画"の被検体として遺伝子と人格情報を提供されました。"外宇宙人類拡散計画"は地球以外の惑星において人類の生存圏を確保し、超過人口移住を促すことを目的とした計画です。生存圏調査として、有志により提供された遺伝子を元に、短期間での繁殖が可能な"繁殖用生体"を作成し送り込み、10世代を目安として世代経過による影響確認を行います。』

 なんかアンドロイドが長々説明してるけど、途中から聞く気が起きない。

「意味わかんないこと言わないでよ! 私は彼氏が登録しようっていうから嫌々登録しただけだし!」

『あなたはクローン体であり、"初城 玲奈"様本体とは別個体です』

「そんなの知らないし! 私は私だもん!!」

 私は無機質な反応しかしないアンドロイドに詰め寄ろうとして、カプセルから降り、しかし脚に思ったように力が入らず、隣にあったカプセルに倒れこんだ。

 中に男が寝ているのが見える。実に平凡な顔立ち、いや、少々芋臭い。背も低そうで、体つきもやや太めで……、一言でいえば、1ミリも好みに合わない男だ。


「ま、まさか、この男とヤレっていうの!?」

『はい』

「いやぁぁぁ! 絶っ対嫌! 相手が彼氏だったらまだしも、こんな奴ありえない!」

 私はカプセルをガンガン叩いた。カプセルは頑丈なのか、ヒビ一つ入らない。こいつ、どうにかできないか!?


『繁殖用生体を殺すことは許可されていません』

 背後でバチィという音と共に、私の意識は薄れていった。








 私もしばらくは取り乱していたけれど、今は少し落ち着いた。アンドロイドの3号に「少し心の準備をしたいから、男の人を起こすには少し待ってほしい」と伝えた結果、あの男は依然としてコールドスリープ中だ。数日はアンドロイドの言うことを聞き、大人しくしていた。今日はやっとあの男の眠るカプセルを見せてもらうことができた。アンドロイドたちも、私が落ち着いて、歩み寄りを見せていると考えているようだ。

 私は中で眠る男を見るフリをして、カプセルを確認していた。中の生き物を殺すような機能があるかもしれないと思ったが、操作方法も分からない状態では分かりようもない。でも、カプセル自体にキャスターが付いていることはわかった。これなら、床の固定器具を外してしまえば移動できそうだ。


 翌日、私は早速実行に移す。ここでの食材調達や調理、水の確保もアンドロイドたちの仕事だ。今日は丁度、食材と水の調達のために複数のアンドロイドが外出しており、この船の中には1体しか居ない。その1体の目を盗み、私は男の入ったカプセルを固定具から外し、船外へと運び出した。


 船から出た外の景色は、広陵とした丘が続く殺風景なものだ。つくづく、私をここに送り込んだ奴らに殺意が沸く。何より軽い気持ちで遺伝子を提供した自分自身の本体面した奴に一番腹が立つ。

 船から歩いて数分のところに、非常に最適な場所があった。20mほどの高さがある崖だ。


「まずは、ここから……、これが私のスタート!!」

 私はカプセルを崖から落とした。

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