6.本能との闘い

「ふふ、昔親戚の子と一緒にお風呂に入ったのを思い出すわぁ……」

 どどどどうしてこうなった!? 俺の後ろには推定全裸の一瀬さんが居る。いや、さすがに直視できない。

 俺は風呂椅子に座り、後ろで一瀬さんは立膝でいるようだ。洗い場の鏡でたまに映る彼女は、フェイスタオルを片手で押さえて前を隠しつつ、温かいシャワーを俺と自分へと交互にかけてくれている。当然、彼女の主張が激しい部位は、タオルで押さえて隠れるのは要所のみ。全貌はほぼ赤裸々な状態だ。それが、彼女の動きに合わせてぷにぷにと形を変える。だめだ、これはマズイ。冷静になるんだ。今は特にヤバイ。万が一俺の宿す魔剣が真の姿を現してしまうようなことになれば、隠しようがない。


「せっかくなので、お背中、流しますね」

「え、あ!」

 一瀬さんは「いつもお世話になってばっかりなので」と言いつつ、俺がいつも使うボディスポンジを手にとり、ボディソープを泡立てる。俺は止めようと思えば止めることもできた。だが、止められないだろ!! いかに苦行とわかっていても、その誘惑に抗えないだろ!!


「痛かったら言ってくださいね」

「あ、はい」

 優しい手つきで背中にスポンジが当てられ、撫でるようにスポンジが移動していく。痛みを与えないように、という気遣いが現れた力具合で、ともすれば少しくすぐったいほどだ。

「なかなか硬いスポンジを使われてるんですね。痛くないですか?」

「あ、その、ゴシゴシするの好きなんで、大丈夫です」

 一瀬さんは「そうですか」と少し笑みを感じさせる声で答えつつ、少し力を強めた。俺は目をつぶり、精神統一を図っていた。だが、気が付いてしまった。彼女の手の動きに……。洗う態勢の問題か、たぶんスポンジを持つ手を頻繁に変えている。ついに、空いている手が、支えのように背中に当てられているのだ。つまり彼女は背中を洗うために両手・・を使っている。これが何を意味するのか……。彼女は自身の前を隠すために、片手を使ってフェイスタオルを胸元で押さえていた……。そう、片手を使っていたはずだ! それが今は両手ともに、俺の背中にある。マズイ、これ以上の想像はマズイ!!


「シャワーで流しますね」

 背中にあたたかな雨が当たり、表面を覆っていた泡の膜が洗い流されていく。なんだかどっと疲れが……。

「あ、ありがとうございます……、こ、今度は俺が、背中流しましょうか?」

 やってもらったことへのお礼の意味と、ちょっとしたいたずら心で俺はそう提案してみた。まあ、8割方遠慮されるだろうと思ってのことだが……。

「その、私、そのスポンジはちょっと硬すぎて……」

 そ、そうだよな。一瀬さんの柔肌には、かなり硬すぎだよな。いや、しっかり見たわけじゃないけども。

「なので、手でしたら……」

 そうね、手なら痛くないしね。って、手ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?





 やや湯気でかすんでいるが、目の前には脇からウエスト、さらにヒップにむけて滑らか、かつ魅惑的な曲線を描く背中があった。その肌は息を飲むほどに白くきめ細やかだ。

 再び前をタオルで守っている彼女が鏡に映る。その顔は、熱気で暖められたせいか、それとも照れなのか、かなり上気している。たぶん、俺の顔も似たような物だろう。

 俺はボディソープを手に取り、しっかりを泡立てる。

「い、痛いところとかあったら、言ってください……」

「はい」

 俺は恐る恐る、彼女の背に触れる。しっとりとして、風呂の中なのにほんの少しだけ冷たい肌の感触。背中なのにかすかに柔らかい。圧を加えると、ほんの数mmだが指が沈み込む感触がなんともたまらない。俺は夢中になり、しかし爪をたてたりしないよう、気を付けて背中を撫でていく。

「……んふぅ」

 彼女の吐息が漏れる。もしかしてくすぐったかったかと思い、彼女の顔を見ると、ますます上気し、恥ずかし気に俯いていた。

 ええもう、俺の魔剣も既に臨界状態です。幸い、背後にいるお陰で最終形態の状態を見られていないことだけが救いです。おちつけー、俺おちつけー。素数を数えるんだ。1、2、3、5、7……、

「は、一瀬さん、背中、シャワー、しますね」

 もうなんかよくわからなくなってきて、言語中枢が崩壊してきた。

「優希……」

「は、はい?」

「優希で、いいです」

「ぇ、ぁ……、ゆ、優希、さん、シャワー、します、ね」

 無心。無心だ。心を無にしろ。


 シャワーで洗い流し、泡がなくなると、再び滑らかな背中が露わになる。気のせいか背中も赤くなっているような気がした。






 天国のような、地獄のような時間は終わった。

 あのあと、いそいそとお互いに背を向けた状態で自分の前を洗い、その後小さい湯舟に向い合せになるように入った。お互いに体育座りで小さくなって入ったため、彼女の要所も隠され、俺の魔剣も隠れた。特に会話もなく、お互いになんだか照れ臭くなったところで、俺が先に出てきた。もしかして魔剣が見えてしまったかもしれないが、もうそんな余裕がなかった。



「これ、よかったらどうぞ」

 俺のベッドに背を預けて座っている優希さんはタオルで髪の水分を取っていた。俺は、優希さんの目の前にあるちゃぶ台に氷入りのお茶を置いた。

「ありがとうございますー」

 俺も首にタオルをぶら下げ、彼女の対面に座る。自分用に持ってきたお茶に口をつけた。

「ぶはぁ」

 改めて優希さんを見る。再びタオル生地の上下を着ている。風呂の中とは違い、風呂上りの姿もまたいいものだなぁ……。ふと目が合う。

「そんなに見られたら、恥ずかしいです」

 頬を染め、顔を逸らす。

「ご、ごめん……。そだ、テレビでも見る?」

 俺は焦ってリモコンを取ろうと立ち上がり、ちゃぶ台に足を引っかけた。振動でお茶がこぼれ、彼女の脚にかかった。

「あっ」

「あ! ごめん!!」

 俺は焦って首のタオルを彼女の脚に当てる。と同時に彼女も自分の持っていたタオルを脚に当てる。

「あ……」

 期せず、顔が近づいた。吐息が感じられるほどの距離。彼女の顔、その肌のきめ、つややかな唇、潤んだ瞳、表情は熱を帯び、とろけそうに見える。


「……はぁん」

 彼女が熱い吐息を一つ、そして瞳がゆっくりと閉じていく。





 俺は本能との闘いに敗れた。

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