5.暴威との闘い

 ピンポーン



「え!? 普通!?」

 最近、奇抜な音ばかりだったんで、この部屋のインターホンは普通の音が出なくなったのかと思っていたが、当然普通にも鳴るらしい。

「もしかして、今度こそ新聞屋とかだろうか……」

 と言いつつも、一瀬さんである可能性もあるため、一応出てみる。



「なっ……」

 俺は絶句した。

「お風呂のシャワーがおかしくなっちゃって……」

 十分に水気が拭き取れていない濡れた髪、おそらく風呂上りに着る部屋着であろう、タオル生地の上下。当然彼女のわがままなソレは上着を引き延ばすように強烈な自己主張をしている。だが、今日特筆すべきは下だろう。日頃はロングスカートに隠された秘宝。ホットパンツから伸びるすらりとしつつも艶めかしい生足は、もはや至宝ともいうべき代物だ。ああ、小一時間眺めたい。


 俺は一瞬のトリップの後、正気を取り戻した。お風呂のトラブルなら、明らかに水道屋を呼ぶとか、管理会社へ連絡するとか、そういう案件だ。素人の俺でどうにかなるとは思えないが……。

「と、とりあえず、見ます!」

 このまま外に立たせておいて良い姿ではないし、まずは現場確認だ。







 荒れ狂う暴威。決して広くはないその空間は、竜のごとき首を振り乱し、苛烈な水流を吐き出し続ける存在により、まさに地獄と化していた。これほどの猛威に、人の身でどれだけ抗うことができるのか。天変地異の前に人類が無力であるのと同様に、人の矮小な力でなにが成せるというのか……。



「あのー、シャワーヘッドが無いんですが……」

「取れちゃって……」

 一瀬さんの手には取れ落ちたらしいシャワーヘッドが握られている。

「まずは、水止めてきます」

「あ、気を付けて」

「大丈夫、必ず生きて帰る」


 俺は首を失い、水流を吹き出しながらホースが暴れまわる風呂場へと足を踏み入れた。

 飛沫化し、室内にあふれる水しぶきが襲い掛かるも、両手で顔をガードしつつ進む。そんな俺の動きを察したのか、右側からホースが襲い掛かる。俺は身をかがめ、それを回避。あふれた水流が背中を濡らすのを感じたが、今はそれに構っている余裕はない! ホースの下をくぐりながら、その懐へと踏み込む!

「あ! あぶない!!」

 後ろから一瀬さんの声! 潜り抜けたと思ったホースは、その水流で軌道を変化させ、俺の後頭部を狙って一直線に向かってくる!


 カァン!


「そ、それは!!」

 衝突の刹那、俺は右手に持っていたシャワーヘッドで後頭部をガードした。シャワーヘッドに弾かれ、ホースは大きく俺から離れていく。

 更に一歩踏み込む、水道の蛇口まであと数cm! だが、ホースもまだあきらめては居なかった。はじいた先、天井を足場に水流で加速し、重力すら味方につけ、今までで最大の速度で俺を強襲──

「それも読んでいたぜ」

 ホースの中ほどにそれが当たる。奴の動きを既に読んでいた俺は、予測軌道上に既にシャワーヘッドを投げていた。空中でシャワーヘッドと衝突したホースは折れ曲がり、力なく落下していく。だが、最後のあがきとばかりにホースが吐き出した水流は、俺を強かに打ち付けた。

「ぐっ! だが、これで終わりだ!」

 俺はレバー式の蛇口に手をかけ、一気に下へ下げる。


 水流が停止し、ホースの暴威は止んだ。室内にしばしの沈黙が流れた。

「ふぅ、なんとかなったな」

 心地よい疲労感と共に、俺はホースを見下ろす。力の源を止められ、それはもう動く気配もない。


「生まれ変わったら、また勝負しようぜ」

 すでに力尽きたライバルに、俺はそう声をかけた。奴もどこか満足気であるように感じた。






「蛇口自体がダメっぽいですね」

 また水を出してみると、再びホースから水が出た。蛇口とシャワーの切り替えでシャワーを切っても、ホースから水が出てしまう。普通に蛇口だけでも使えれば風呂が使えるかと思ったが、これでは無理そうだ。

「こりゃ、業者に診てもらわないとだめっぽいですね。水道屋か管理会社に連絡するしかないですね。」

「そう、ですか……、すぐには直らないのね……、くちゅん」

 一瀬さんがかわいらしいくしゃみをした。そうか、彼女はお風呂の途中だったんだ。だいぶ乾いてきているけども、まだ髪は湿っているし、十分に温まることもできていないようだ。少し暖かくなってきた季節とはいえ、まだまだ気温は高くない。このままだと風邪ひいてしまうな。

「あ! よかったら、俺の部屋の風呂、使ってください」

「え、でもあなたも濡れちゃったし、お風呂入らないと風邪ひいちゃうわ」

 確かに、水止めるためにだいぶ濡れた。でもまあ、俺は多少は大丈夫だろう、たぶん。

「いや、俺大丈夫なんで、一瀬さんの後で入りますから、先入っちゃってください」

「うちのお風呂診てもらって、その上お風呂を先に入らせてもらったら悪いわ……。そうだ! 一緒に入ればいいわ!」

「はぁ!?」

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