第4話 ドールを大切にしてほしいのです

 ――『ルチア・ライト』さん。

 彼女と初めて会ったのは、先月、私が学院に入学した直後のことです。

 ルチアさんは物静かな方で、あまり自分から意見をするタイプではないように見えました。

 けれど、彼女がドールを見る目は本当に優しくて、温かくて。私は、すぐにルチアさんが私と同じようにドールを大好きな方なのだとわかりました。まだあまりお話をしたことはありませんけれど、私はルチアさんをとても尊敬しています。


 ルチアさんは、体調を崩されている魔導人形技師のお父様を支えるため、亡くなったお母様のため、実家の工房を守るために、魔導人形技師を目指して頑張っているそうです。興味があって、一度ルチアさんの工房へ赴いたとき、ご近所の方からそんなお話を聞きました。ルチアさんは小さな頃からお父様の真似事をして、ずっとドールと共に過ごしてきた方なのだそうです。


 そんなルチアさんがこの子に――『カプリス』にどれだけの愛情を注いで生み出したのか、私にはよくわかります。

 ドールには、技師マイスターのすべてが表れるからです。


 だからこそ――とても悲しい気持ちになりました。


 私は立ち上がり、少し早足に歩き出します。


「――あの、待ってくださいっ」


 声を掛けたのは、大きな背中。

 周囲の人や、部下の方たちに続いてその大きな背中の方――ボーマンさんもこちらを振り返りました。


「ん? なんだね君は。僕のファンかな?」

「こんにちは、はじめまして。私はユフィール・パルルミッタと申します。突然引き止めてしまってごめんなさい」


 頭を下げてご挨拶します。

 ボーマンさんはじろりと私を見つめました。


「……パルルミッタ? ああ! あの『伝説の錬金術師』の孫娘かね! 確か、最近田舎からこちらへ出てきたと聞くぞ。君もボーマンカンパニーが出資した技師学院で勉学に励んでいるのだろう? 今ではユーリシア様の技術もだいぶ古いものになったからねぇ。王都で最新の技術をよく学ぶと良い。はっはっは」


 ボーマンさんがお腹を揺らして笑う中、私は言いました。


「『カプリス』の魔導バッテリー下部に、小さな傷穴がありました」


 その一言に、ボーマンさんがギョッとした顔になります。また、周りの部下さんたちがとても驚いた顔をしていました。中には青ざめている人もいます。


「魔導バッテリーは、ドールの命とも言える『魔導核』を動かすための必須パーツ。ドールにとってのエネルギー源。その分、扱いには非常に繊細な気遣いが必要です。破損してしまえば、すぐ動くことが出来なくなります」

「…………何が言いたい」


 ボーマンさんは、訝しげに私を見つめました。


 私は胸の前で手を組み合わせ、心からの願いを伝えます。



「ドールを――大切にしてほしいのです!」



 思わず大きくなってしまった私の声に、ボーマンさんが眉をひそめます。


「ボーマンさんほどの方なら、『魔導人形技師』がどんな想いを込めて『魔導人形』を作っているかよくおわかりだと思います。お祖母ちゃんは言っていました。ドールには心が宿る。だから、すべてのドールを大切になさってほしいのです。あなたのドールが……泣いています」

「っ!?」


 ボーマンさんがそちらを見ました。

 彼の後ろに控えているのは、一体の女性型ドール。ボーマンさんのドールです。

 先日発表されたばかりの最新体で、カンパニーの粋を集めて作られた最高級の『魔導人形』だと聞きます。ドールに詳しくない方なら普通の女の子と見間違えてしまうであろうほど精巧に出来ていて、さらに少しなら人語を話すことも出来るのです。


 彼のドールは口を開き、


『ワカリマセン。ワタシハ、ナイテ、オリマセン。ドールハ、ナミダヲ、ナガシマセン』


 淡々と、そうつぶやきました。

 また周囲に集まってきた人々が、こちらを見てひそひそと何か話しています。ルチアさんも騒ぎに気付いたのか、涙を拭ってこちらを見ていました。


「ボーマンさん、ルチアさんに謝りましょう。同じマイスター同士、仲良く支え合って、切磋琢磨しましょう。そうすればきっと、お互いにもっと立派なマイスターになれると思うのです。ドールの未来のため、手を手を取り合いましょう!」


 私はにっこりと笑いかけました。

 誰かのドールに細工をしてしまうことは良くありません。けれど私は、決して彼を非難したいわけではありません。ただ、ルチアさんがどれだけの想いでドールを作っていたのか、ボーマンさんに理解してほししかったのです。


 ですが――ボーマンさんは耳まで赤くなりながら私を睨みつけました。


「この僕を……! ボーマンカンパニー最高傑作のドールをコケにするのかぁぁぁッ!」

「え? いえっ、そんなつもりは」

「君のドールは何番だ! エントリーしているのだろう!?」

「ひゃっ。え? わ、私の?」

「いいから言え!」

「ひゃい! え、えっと、138番の『ニナ』といいます」


 すると、ボーマンさんは突然こんなことを言いました。


「わかった。ならば君のドールを『バトル部門』開始前のエキシビジョンに招待してやろう!」


「えっ!?」

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