第3話 みんな違ってみんな良い、です!

 それから無事に『ルックス部門』へのエントリーを済ませた私は、『バトル部門』会場の観客席を確保に向かったエリーさんといったん別れて、再びドール見学を始めました。

『ルックス部門』の会場には既に世界中のドールがズラリと並んでいて、私以外にも多くのマイスターさんたちが見学に来ています。もうしばらくすると一般客にも開放され、投票による審査が始まるそうです。中にはこの場でドールの契約を済ませる方もいるのだとか。私はニナを売るつもりはありませんが、マイスターの多くはこの場をビジネスチャンスだと考えている方が多いようです。企業からのスカウトもあるそうですよ。


 そんな『ルックス部門』はその名のとおり、ドールの外見やカスタマイズセンスが大切なので、稼働していないドールでも審査を受けられます。動けるドールならステージ上でちょっとしたお披露目アピールをすることも出来るのですが、ニナはそれが出来ません。

 それにしてもここは一日中……いえいえっ、一年は見ていても飽きないところです! ドールはマイスターの技量、魔力、そしてオーナーの愛情によってすべてが違う個性を持つドールとなります。この世に同じドールは一人もいません。だからこそ、どのドールにも光るものがあるのです! みんな違ってみんな良い、です!


「どの子も本当に素敵です……! けれど、やっぱりニナが一番可愛く見えてしまうのは、マイスターの性というものでしょうか。うふふっ」


 そんなことをつぶやきながら歩いていると、一人の女の子がぺたんと床に座り込んでいるのを目撃しました。周りにはちょっとした人だかりが出来ています。


「あれ? あの方は、同じ学院のルチアさん……でしょうか」


 小走りにそちらへと向かいます。

 艶やかなボブカットと小柄な体型、それに私と同じ制服。やはり、皆さんに囲まれているのはルチアさんで間違いありません。彼女の前に立つ可愛らしいウサギの耳が生えた少女のドールは、ルチアさんが作ったものであることを私はよく覚えていました。ああいったカスタマイズはとても難しいものなのです。


 そして、囲まれているのはルチアさんだけではないようでした。


「――ふんっ。そんな不完全なドールでこの誇りある博覧会のステージに立とうとしていたのかね? やめておきなさい。恥を掻くだけですよ。それも〝耳付き〟の魔族タイプとは……そんなに目立ちたかったのかね」


 座り込むルチアさんを見下ろしながらそう言ったのは、ボーマンさんでした。

『ボン・ボーマン』さん。彼はこの街で一番大きな人形工房――『ボーマンカンパニー』の新しい社長さんなのです。まだお若いのにすごい方です。


 ルチアさんが彼を見上げ、震えた声で言います。


「で、で、でもっ。こ、この日のために、あの、たくさん、がんばってっ。ちゃんと、事前にカスタマイズチェックして、う、動いてくれたん、ですっ! さっき、までっ!」

「だが今は動かないじゃないか。この博覧会の協賛スポンサーをしている身として、そんなドールをステージに上げるわけにはいかないね。君の審査は中止とする。ここで大人しくしていなさい」

「そ、そんなっ……」

「この博覧会には世界中から名のあるマイスターたちが訪れる。お忍びで王が来られるという噂もあるのだぞ。つぶれかけの小さな工房には荷が重いだろう。どれ、耐久性をみてやろう」

「え――」


 そこでボーマンさんがルチアさんのドールの頭部を軽く手で押し、ドールはそのまま固い床に倒れてしまいました。その衝撃で頭部のウサギの耳が外れてしまい、肩のパーツが一部欠けてしまいます。ルチアさんが短い悲鳴を上げました。


「『カプリス』っ! あ、ああ……っ!」

「ふむ。やはり耐久性に難があるようだな。次はこんな不良品が出ないよう、もっとしっかりカスタマイズするのだね。それこそ我がボーマンカンパニーのように。はっはっは」


 集まっていた人たちが身を引いて、部下の方たちが道を作り、ボーマンさんはご機嫌そうに歩き去っていきます。周りの人たちが気の毒そうな顔をしながら散っていく中、私はルチアさんの元へ駆け寄りました。


「ルチアさんっ」

「…………え? ……パルルミッタ、さん……?」

「大丈夫ですか? ドールの状態は? 少し見せてくださいね」


 すぐにルチアさんのドールを確認します。

 頭部の破損は大きいですが、一時的に修復するくらいならどうにかなりそうです。ステージには立てないでしょうが、展示だけなら耐えられるかもしれません。


「ルチアさん、今からでもカスタマイズを行いましょう。まだ少し時間があります。替えのパーツはありますか? 私も協力します」


 けれどルチアさんは、ふるふると首を横に振りました。


「替えは、ないん、です。もう、こんな状態じゃ……審査、は……むり、です……」

「ルチアさん、けれどこの傷は――」

「いいんですっ!」


 ルチアさんは傷ついたドールをギュッと抱きかかえながら、その背中を震わせていました。


「あの人の、言う、とおりです……。わたしなんか、まだ、見習いで……お父さんの、代わりに、エントリーしただけ……。わたしなんかじゃ、だめ、なんです……。自分のドールの状態にすら気付けなかったわたしが、未熟、だったんです……」

「ルチアさん……」

「痛い思いをさせてごめんね、『カプリス』。工房を守れなくてごめんなさい、お父さん。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ルチアさんは、ポロポロと涙をこぼしながら消え入りそうな声で謝っていました。

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